幽霊の僕
川の湯煙
幽霊は眠る
僕は幽霊なんです。驚いたかもしれませんが、本当なんです。
誰も僕のことを見てくれません。話しかけても、無視します。なので僕は話すことを諦めてしまいました。目を合わせようとしても目が合いません。なので僕は人の目を見ることをやめてしまいました。
何年が経ったのでしょうか。僕は成長できないまま、ずっとこの世に漂い続けています。その間、僕を見てくれた人はいませんでした。
僕は幽霊ですが、何故だか物には触れるみたいです。映画みたいに壁をすり抜けたりしてみたかったのですが、生憎それはできないようで、僕は少しがっかりしてしまいました。もしも壁をすり抜けられたら、家の中に入ることだって簡単だと思うんです。冷たい夜空の下で震えることも、じりじりと焼けるアスファルトの上で汗だくになることだってありせん。ああ、つまんないの。僕は小さく舌打ちをしてみました。誰にも聞こえないだろうと思ったのです。
ですが誰かが僕のことを見つけてくれました。僕の胸ぐらを掴んで、僕の目を見て、僕に拳を振り落としました。ほっぺが燃えるように熱くて、痛いのかどうかもわかりません。口の中で血の味がいっぱいに広がって、視界がぐらぐらと揺れます。ですが僕はそれでも嬉しかったのです。僕を見つけて、僕に触ってくれる人がいるのですから。確かこの人は僕の父親とかいう人でした。やっぱり血が繋がってるということは他の何にも代え難い、強い絆で結ばれているのですね。僕は感動して涙しました。
嬉しい、ありがとう、僕は咽び泣きながら喜びました。ですが男性は僕を突き飛ばしてどこかへ行ってしまいました。突き飛ばされた僕は、どこかに頭をぶつけたようで、鈍い音がしました。本当におかしなことです。幽霊が物に当たって音を立てる!ポルターガイストと勘違いされては困ります。幸い男性には僕が見えているようなので、僕は、待って、行かないで、ひとりにしないで、と手を伸ばしました。しかし残念ながら男性は振り向きませんでした。
僕は途方に暮れてしまいました。僕を久しぶりに見てくれた人がいなくなってしまったのですから。僕はこれからどうしようかと考えを巡らせました。ですが僕のすっからかんの頭では何も良い考えが浮かびません。
そうこうしているうちに、僕は何故だか急に眠たくなってきて、床に寝そべってしまいました。このままだと誰かに踏まれてしまいます。僕は幽霊ですが、すり抜けることが出来ないのですから、踏まれては重いし痛いのです。僕は体を起こそうとして腕に力を入れてみましたが、面白いくらいに力が入りません。ぬるぬると滑って上手く床に手をつけないのです。誰でしょう、こんなに床を汚したのは。ううん、なんだかとても眠いのです。幽霊も眠くなるのですね。
なんだかとても気持ちが良いのです。
僕は目を閉じました。
幽霊の僕 川の湯煙 @kawa_no_yu
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