四、夕方そして夜

 太陽は昇り、落ちて夕方となる紅い斜光が家の窓からささる、そんな遅い時間帯に和多々比は家に帰ってきた。

 無言で扉を開け、部屋に入る。

「おかりなのじゃ」

「おかえりなさい」

 シロとクロはまるで見計らったかのように、玄関で「おかえり」と挨拶した。

「ささ、晩御飯が出来ていますよ、一緒に食べましょう」

 シロ達がやったのか部屋の中は綺麗になっていて、食卓にはおいしそうな魚料理が並べられている。

 温かい家庭に和多々比は涙ぐむわけではなく、またもやシロとクロをスルーする。

「いらない、もう食べた」

 和多々比がボソッと言うと、風呂場へと去る。

 シロとクロは肩をすくめて、目を合わせる。

「作戦おつじゃな」

「はい、では私はここれ失礼します」

「うむ、後は頼むぞ」

 するとクロの姿がパッと消え、シロだけが取り残される。

「さてと、もう一肌脱ごうか」

 こうして、シロは何かゴソゴソとしだす。

 そして日は完全に落ちて夜の|帷≪とばり≫が降りる。

 和多々比がもう寝る時間だと寝る準備をしているとシロが声をかける。

「なあ、あわ坊よ今日は儂と一緒に寝んか?」

 豪奢な打掛から可愛かわいらしい桃色の浴衣に着替え、頬を染め、うつむきながら言うシロの姿は色っぽい。

 が、シロの内心は違った。 それはまるで、獲物を狙う狡猾な猫の如く研ぎ澄まされていた。

「儂はいつもクロと一緒に寝ての、クロは今少し仕事があって妖怪の世界へ戻っているのじゃ。 だから寂しくて寂しくて、誰かと一緒に寝たいのじゃ。 だからあわ坊、儂と一緒に寝てくれんか?」

 目に涙をためながら、グイッと和多々比に顔を近づけるシロ。

「勝手にしろ」

 和多々比はシロを無視して布団の中へと潜り込む。

「なら、好き勝手してもうぞ」

 シロも続いて和多々比の布団の中に入る。

 和多々比とシロの体温が混ざり、布団の中は温かくなり、シロはホッを息をつきながら顔をほころばせる。

「良い匂いじゃ、あわ坊の匂いが良くがついておる」

 別に臭いとか馬鹿にしているつもりはないぞ、とシロは付け加る。

「ほれ、ギューじゃ」

 シロが今朝のように和多々比に片腕で抱き着き、もう片方の腕で頭を撫で始める。

「あわ坊はいい子じゃのう、こんなガリガリになるまで働いて偉いのぅ。 今はクロはいない、とんと儂に甘えてもよいぞ」

 そう言うと、ゆっくりとシロは子守唄こもりうたを歌いはじめる。

 その歌声はとても澄んでいて、その歌詞の意味を知らなくても見惚れてしまうかのようだ。

 緩やかな時間は流れていき、和多々比の中でウトウトと眠気が誘ってくる。 それでも、何一つ反応なく、うつ伏せになる事で枕に表情を隠している。

 シロはきっと、喜び癒されているだとうと、子守歌を続けるとやがて、静かな寝息の音が聞こえる。

「うむ、やっと眠ったようじゃな。さて儂も眠るとすかのう」

 大きな|欠伸≪あくび≫をすると、シロは自身の腕を枕にして眠り始めた。

 二人の寝息の夜想曲やそうきょくは、とても静かであるが美しく響いていった。

 翌朝。

「むぅ、もう朝か……」

 シロが起き、隣を確認する。

 そこには誰もおらず、周りを見渡すと隣の部屋に立っている和多々比の姿が見えた。

「まったくあわ坊は早起きじゃのう、もっと猫のように寝ればじゃろて。 まぁいい、おはようじゃあわ坊」

 かれこれ時間が過ぎていって、また和多々比が家を出いくのをシロ出迎えると、すれ違うかのように突然クロが現れた。

「どうでしたか、お姉さま」

 心配そうな目でシロを見つめるクロ。

「ダメじゃ、失敗じゃ。あわ坊はまったく甘えてこん」

「そうですか、では作戦へいに移りますか。 今度は私の番ですね」

「そうじゃ、ではよろしく頼むぞ」

「はい、任せて下さいお姉さま」

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