二、出会いそして名付け

 燦々さんさんたる太陽の下、一人歩いている人の影があった。

 その影の主は、男で到底裕福とは思えない身なり、筋肉も脂肪もない細い体をしていて、如何にもその場のノリで染めていたかのような茶色の紙と茶色の瞳を持っている。

 トボトボと何か急ぐわけもなく、ゆっくりと歩いていると後ろからニャーという声が聞こえた。

 男は気づかないのか、ただ無視をしているのか、何も気にしない様子で歩き続ける。

 それでもニャーニャーいう声は続き、やがて男は後ろを振り返る。

 するとそこには、白と黒、二匹の子猫がいるではないか。

 男と猫はそれぞれ一瞬目を合わせ、一瞬の沈黙が流れるが、先に動いたのは男で、何事もなかったかのように黙って元通りにあるき出す。

 それに猫は、黙って着いていきやがて男の家のアパートへとたどり着く。

 『もくてん寮』と掲げられた看板にしばし猫達は、パチクリと目を瞬かせ見見つめ視線を戻し、男が玄関から入っていくのに気がつくと駆け足で近づき、男が開けた玄関をスルリと入る。

 男が住んでいる部屋は、簡素な物だ。玄関から入ってすぐのダイニングキッチン、奥には仕切りがありそこは四畳半の和室になっているようだ。

 1DKの部屋の様子を見渡した2匹の猫は、お互いを見合わせる。

 一方男は、荷物を下ろした所で猫が部屋に入っているのに気がつく。

「何だ、着いてきたのか」

 蚊が鳴くような小さな声でつぶやき、くつろぎはじめた。

「何もない所さ、自由に出入りしていいぞ」

 男の声は、深い絶望に染まったかのように落ち込んでいて覇気がない。深淵のように濁った瞳を猫は見つめ、再び2匹がお互いを見つめると。

「なるほど、なら思う存分使わせてもらうぞ。いいな妹よ」

「はい、お姉さま」

 すると、二匹の猫が二本足で立ち上がり、グングンと大きくなったではないか。毛で覆われた肌は服へと変化し、顔はより人間に近い物へと変わっていく。

 そうして、先程2匹の猫が居た所には、2人の女性が立っていた。

 白猫だった方は、白髪金瞳のすらっとした高身長な20代後半の女性になっている。紺色の下地で金の蝶が彩られた豪奢ごうしゃ打掛うちかけを着ていて、その瞳からは優しさが溢れ出るかのようだ。

 黒猫だった方は、黒髪黒瞳の平均的なで整っている20代前半の女性になっている。黒色の落ち着いたドレスを着ていて、その瞳からは何人なんびとをも導く理性が感じられる。

 そこまでは良いのだが、彼女らには本来あってはいけない物があった。

 猫の耳とそれに後ろにある、陽炎かげろうのように揺れている三本の尻尾だ。

 猫が人間の女性、しかもかなりの美女になっても男は、何のリアクションもとらず呆然と見つめている。

 それを腹を立てたのか、つまらないのか、白猫だった方は頬を膨らませいう。

「なんじゃ、何も見ていなかったと申すのか。なんか反応せい!」

 それに対し、黒猫だった方が白猫をさとすようにいう。

「仕方ありません、お姉さま。何せこの世界には私達の存在は知られていないのですから」

 白猫はそれを聞くと、ああそうだったと合点がようで誇らしい表情となり、ない胸を張って言い張る。

「聞いて驚くなよ、儂達は猫貴族ねこきぞくの姫にして、猫のあやかし達の~おさ……長……」

 白猫は何かに詰まったかのようで、シュンと表情が戻り悩みはじめた。

「のう、妹よ」

「はい、お姉さま」

「儂ら、なんて名乗ればいいのじゃろう」

 そう、猫達は名乗り方が分からないのだ。

「まぁ、私達には幾多いくたの名前がありますからね、仕方ないですよ。お兄さん、よかったら仮で良いので名付けてくれませんか?」

 そう黒猫が男に言うと、しばしの沈黙の後、腕を持ち上げゆっくと白猫に指を指す。

「シロ」

 黒猫に指先を移すと。

「クロ」

 聞いた猫達はパァァァッと表情が明るくなり、自身に名付けられた名前をつぶやいた。

 シロ、クロ、シロ、クロ。まるで子供が飴をなめるかのようにいい、それを身に染み込ませる。

「そうじゃ、儂はシロじゃ」

「そうだ、私はクロだ」

 名付けられた嬉しさから、猫達は男にほほえみ礼をいう。

「これからよろしく頼むぞ! ……えっと、名はなんと申す?」

和多々比わたたひ、和多々比あわだ」

 うむ! とシロが頷くと。

「これからよろしくじゃぞ、あわぼう!」

 クロによる垂直チョップのツッコミによりシロが倒れるのは、これまた別のお話……。

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