魔法のような無意識の森に這入り込んだ。その結果。
ドアノブの吹き飛んだ扉をユリは足でける。扉は破れるような音を立てて勢いよく開いた。
私の体は思わずびくっとふるえた。
家の中はほこりっぽい。イスとテーブルが奥に二つ。くたびれたソファーがてきとうに右横に置いてある。
床は木できているけど、私にはなんの木でできているのかなんて分からないし、このような建物の名前すら分からない。
けど、明かりのないその部屋のイスに、深く座っている男がいることは分かっていた。
男はユリがズカズカと部屋に入り込んだのを見て、立ち上がった。
まるで、それを毎日の朝の目覚ましにしているかのようにごく自然な動きだった。
男は背が高い。私たちの二倍——いや、それ以上? とにかく高い。
いっぽうで横幅は小さい。細長い野菜のような見た目をしていた(野菜の名前は確かゴバオだと思う。あるいはゴバーかもしれない)。
「たまげたな」男は私たちを交互に見やって、そしてタバコに火をつけて、たっぷりと息を吸って、吐いて、ようやく言った。
私は怖くてたまらない。この男が何をするのかがまったく分からないし、私自身も何をしたらいいのかが分からなかった。私はどうすることもできず、ユリの方を見た。
彼女は真顔で男を見つめている。
「何が」彼女はとても低い声で言う。
「二人もいることにだよ。どうして二人もいるんだい?」男は火をつけたタバコでゆっくりと私とユリを指す。
「二人で来たからだ」ユリは私の一歩前へ出て言った。
「まあいい」
「あなた以外に、この街には人はいないの?」私は男にたずねた。すぐにユリがこちらを振り返った。彼女は目をくわっと開いて鋭くにらみつける。「何も言うんじゃない」という言葉が聞こえてくる。
「いるさ。でも、そっちは行ったら戻ってこれない」と男は言う。そして動き出した。私たちの方に向かって少しずつ近づいてくる。
「お前は例外なのか?」半歩だけさがってユリが言った。
「例外じゃないよ」男はそう言って笑う。ひどく不気味だ。それは、誰もいない夜の美術館に飾られているように不気味で、それを見れば一生頭にこびりついてしまうくらいに強くて静かな力がある。
「どういうことだ」かんはつ入れずにユリが聞いた。
「戻ってこれないと言っただろう?」男は言う。そしてタバコを深く吸い込み、吐く。
タバコのけむりが、森の妖精のようにすばやく私たちを包み込み、たちまち私たちは動けなくなった。
魔法にかけられたように体が固まった。動かせるのはしせんだけ。
ユリも、必死に体を動かそうとしているけど、うまくいかない。わきの下が汗でびっしょりとしてきた。恐怖もそれにともなって増幅していく。
「————」声も出ない。舌が死んだように動かない。
男は私たちの目の前で笑いだした。からからと乾いた音を立てて、彼は笑う。
不気味な表情が私の頭の中までびったりと貼りついて取れない。
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