O Sole Mio
俺っちには男はだいたい何をしようとしていたのかが分かった。
それと同時に、さっき頭の中でした声の主が、きっと彼であることも気づいた。
今すぐに逃げなければならない。それはそうだ。どうみてもこの不審すぎる男のそばにはいられないし、少女をそばに置けない。
だが体は言うことをきかない。きっと、あのタバコに何か仕込まれたに違いないだろう。
「二人というのが実に面白い」男は一人で言った。
——どうしてだ? ここには、一人でしか来れないのだろうか。
「そもそもここまで来るのがとても珍しいというのに」男はそう言って、歌を歌った。
俺っちの記憶が確かなら、それは『オー・ソレ・ミオ』に違いない。
男はゆったりと静かに『オー・ソレ・ミオ』の一番を歌い終わると、テーブルの上にあった小さな鏡を手に取る。
「これが最後になるだろうから、よく見ておくといい」そう言って、鏡をこちらに向けた。
そこには、二人の少女の顔が映っていた。
そして二人の顔は、間違いなくまるっきり同じ顔をしていた。
俺っちは驚いた。それは晴天の空から唐突に強烈な雷が頭のてっぺんから足の指先まで流れたような巨大なショックだった。
——二人というのが実に面白い。
男のにやついた顔とともにその言葉が頭の中で響く。
俺っちは鏡から視線を外して、男のもう片方の手を見た。
男は何か刃物のようなものを手にしていた。
ナイフのような。
男は俺っちの身に着けているものを脱がした。そしてそれを部屋の隅に投げる。
ナイフはゆっくりと腹に近づいてくる。
体はかたまっている。
ナイフはとても慎重に腹の中に入り込んでくる。
じわり、と血が噴き出て、痛覚が震えるように脳に訴える。鋭利なものが、俺っちの内蔵を少しずつ傷つけながら入り込む。
ナイフはまだ
ずぶずぶと。
気づけば床は鮮血で満たされていき、男はどんどんと狂気的な笑みに溢れていく。
ナイフが体に完璧に刺さったとき、男はナイフから手を離した。
そして男は血に染まった両手を広げ、天を仰いで『オー・ソレ・ミオ』の二番を歌いだした。その声は鼓膜をひりひりと揺らした。ビブラートが強くかかって、男は古代の神に恵まれた異教徒のように情熱的に謳った。男はいつまでも不気味に嗤っていた。
「Quanno fa n
me v
sott
quanno fa no
俺っちは後ろを振り返る。そして倒れ込む直前、残った力を振り絞って、少女を突き飛ばした。
地面に倒れ込むと、強い衝撃でナイフは柄まで通った。
記憶と血が零れていく。
俺っちは、役目を果たせただろうか。
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