第9話 さくらの娘 華

 これは、生前母が書いたものです。遺品の整理をしていて見つけました。書いていたのは、多分去年の今頃だと思います。

 読んで貰えばわかると思いますけど、私達は母にずいぶん踊らされていた様ですよ。私ですらこれ読んで、呆れ果てましたから、あなたは怒りだすかもしれません。でも、テレビで見かけるあなたがあまりに悲痛な顔をしているものだから、これを読んで、馬鹿馬鹿しくなってくれれば、母も本望かな、と思って、あなたに渡すことにしました。

 母は、あなたのファンになるまでは、家族のためにはいろいろしてくれましたが、自分のことには無気力な人でした。一度、私は50歳で死ぬ予定、と言っていたことがありました。私が成人すれば、自分の役割は終わりだと。図書館で借りてきた本を読んだりはしていましたが、その他に趣味を楽しんだり自分にお金をかけたりしているところを見たことがありませんでした。洋服ですら、私のおさがりを着てたんですよ。出かけることもあまりなかったから、なんでもよかったみたいで。

 それが、私の学費を稼ぐために始めたバイト先で、アイドル好きな人と出会って。初めは、そんなに自分勝手にしていいご身分だね、みたいなちょっと皮肉めいた事を言っていました。でも、その人があまりに楽しそうなのをみて、しかもその人子供も連れてライブにいったりして、家族も巻き込んで楽しんでいるのを見て衝撃を受けたみたいで。こんなに自由にしても許されるんだ、って。

 それからそのバイトの人のおすすめで、少しずつあなたの動画を見たりして、楽しんでいたようでした。毎日のようにあなたの話題が上がって、今日はナオさんが何をしていた、素敵だった、とか。母が言うには、あなたは自由に自分の人生を楽しんでいて、失敗しても気にしないで前に進んでいく感じがいい、と。

 母が、「私も、自由に生きても、いいのかな?」とつぶやいたことがありました。今まで私は、母がつまらなそうにしているのは私のせいだ、と思うことがよくあったから、前向きになってくれたことが嬉しくて、もちろん!って言いました。でもまさか、ここまでやるとは。今までの反動なんですかね。

 小説を書き始めたのは知っていました。ストーリーの展開について相談されたりしてましたから。書く、と決めた後の母はすごかったですよ。今までの無気力が嘘みたいに勉強し始めて、時間もかかったし何度も書き直してはいましたけど、初めて完成させた作品が映画化される程ですから。私が高校を卒業して独り暮らしを始めたら、母は離婚しました。父はかなり自由なタイプで、それを支えるために母が自由を失っていたことはわかっていましたから、特に反対もしませんでした。

 他にもたくさん書きかけの作品がありましたが、これはずいぶんと書き込んであって、母がどれだけあなたのことが好きだったのか、よくわかります。本当に自分勝手で、はっきり言ってクレイジーな母ですが、どうか、許してやってください。母の人生で最初で最後に打ち上げた特大の花火だったと思います。派手過ぎてびっくりしたけど。

 あなたは自分を責めていらっしゃるけど、言葉通りのリアルきゅん死にだなんて、母は本当に幸せだったと思いますよ。どうか、あなたも前に進んでください。前向きなあなたが、母は好きでしたよ。


 華さんからプロットと、お願いして、証拠になっていた俺の自宅で撮った自撮り写真を携帯に転送してもらって帰った。読めばわかる、といって華さんはプロットの内容については話さなかったけど、さくらさんの過去の話が聞けて、あの映画の女性の言葉や表情の意味が少し変わって見えて、今更ながら彼女のことがわかった気がした。思っていたより、彼女は激しい人だった。

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