第7話 アイドル ナオ 真実

 何度かLINEのやり取りをしたが、さくらさんからの返事は相変わらずちょっと素っ気なかった。何とか距離を縮めたい俺は友達に相談してみた。

 その日は俺の誕生日。友達に協力してもらって、さくらさんを誘って3人で飯を食べに行くことになった。その後うちに移動して、友達は退場する。そこで俺はさくらさんに告白する予定だ。芸能人にとって一番安全なのは自宅だけど、いきなり家に来てくれでは警戒されそうだからと、友達がこの作戦を思いついてくれた。

 さくらさんは、友達がいなくなったことに気づいて、すぐに帰ろうとした。俺と家に二人きりなのはまずいと思ったのだろう。でもすぐ俺は彼女を引き留める。思い余ってそのまま後ろから抱きしめた。彼女がどきどきしているのがわかる。俺もだ。映画の告白シーンに合わせて、彼女の耳に顔を寄せ、好きです、とつぶやいた。彼女が息を吸い込んだ。驚いている。俺の心臓がバクバクいってて、つい抱きしめる腕に力が入る。俺の腕を抱えて、さくらさんがぼろぼろと大粒の涙を流して泣いているのに気づいた。そっと指を伸ばして涙を拭う。不安がよぎる。俺の指に手を添えて、ごめんね、って言われた。振られた。そう思った途端腕の力が抜けた。でも彼女は振り返って、俺の目を見て「大好きだよ」って言ってくれた。俺は思わず彼女にキスをする。振られてなかった!もう一度、強く抱きしめた。

 急に彼女が痙攣し、俺の腕によりかかるように力が抜けた。驚いた俺は、彼女がぐったりとして、息をしていないことに気づく。名前を呼んでも返事をしない。寝かせて心臓マッサージをしてみる。マネージャーが来たので、救急車!と叫ぶ。マネージャーがいきなり俺を突き飛ばして、彼女をさらった。叫ぶ俺、彼女を抱えて外にでるマネージャー、追いかける俺。表の道路に寝かせて、心臓マッサージを続けろという。彼女が目を覚ました時、マスコミにあれこれ書かれて辛いのは彼女だ、と。道路で倒れたことにしろ、と。とにかく救急車が来るまでマッサージを続け、俺がついていくと騒ぎになるから、と、マネージャーが同乗して、俺は置いて行かれた。

 しばらく路上で放心していた。何が何だかわからない。携帯の通知が鳴って、気が付いた。家に入り、通知を開いてみる。さくらさんは心臓麻痺で亡くなった。

 それからの事はあまり覚えていない。彼女を殺したのは俺だった。さくらさんは心臓病だった。手術の予定だった。その前に、俺が告白して、心臓を刺激してしまったんだ。俺の罪状は傷害致死罪だそうだ。裁判所から通知が来た。さくらさんの娘さんが起訴したそうだ。娘がいたんだ…。

 俺はさくらさんのこと何も知らなかった。病気のことも、娘のことも、離婚していたことさえ確認していなかった。映画の台本を読んで知った気になっていたんだ。

 彼女がどういうつもりで、ごめんね、といったのかがわからない。自分が死んでしまうことを、だろうか。殺したのは俺なのに。もっと彼女の話を聞きだしていれば、病気の事だけでも知っていれば、俺が、あの時告白しようとしなければ。彼女はすぐに帰ろうとしたのに。俺が、引き留めたりしなければ。

 もう、涙は流し尽くした。家のソファで、放心する日々。警察に呼ばれて、取り調べが始まったが、何を言われても何も頭に入ってこなかった。ただ、死刑宣告されるのを待っていた。

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