第5話 マネージャー 南守

 その時俺は、ナオ自宅の茂みに隠れていた。盗聴電波を傍受するためだ。あの女と楽し気に話しているナオの声を聴くのは嫌だが、あの女の弱みを握るためにも、これは必要なのだ。あの女は、ナオが優しいのをいいことに近づき、年増の経験で取り込んでしまった。ナオはだまされている。あの女はナオをいいように使って、芸能界デビューを企んでいるに違いない。ふざけんな。俺がナオを守らなければ。目を覚まさせるために、こうして情報を集めているのだ。

 今日はナオの誕生日だ。ナオは動画仲間とあの女と、3人で外食をした後自宅に移動した。仲間はわかる。高校以来の親友だからな。でも、なんであの女がいるんだ。

 俺はナオ達が店で食事をしている時から、個室のすぐ隣の席で食べていた。誕生日のケーキがサプライズで出されたとき、俺も一緒に心で歌っていた。影で支えるのがマネージャーだ。ナオ、お前がこの世に生まれてきてくれたことを俺が一番に感謝しているよ。

 食事が終わって、ナオの自宅に移動して飲もう、という話になった時、あの女は一旦遠慮する振りをした。そんな言い方して、いやいや是非って言われ待ちなのが見え見えだ。忌々しい。

 ナオの自宅には、部屋ごとに盗聴器を仕掛けている。それぞれに周波数を割り当てているので、どこにいるのかは一目瞭然だ。一聴、か。ふふ。

 リビングで、記念撮影してもいいか?という女に、ナオは快く承諾してやる。いつも動画撮影している部屋だ。ナオは優しいが、SNSにあげたりしたら俺が社会的に抹殺してやる。まあ、合成としか思われないだろうがな。ざまあみろ。

 ダイニングで、乾杯が始まった。3人で動画の話をしている。ナオの動画は俺も好きだ。仲間がいい仕事をしている。ナオの魅力を最大限に引き出している。あれはやはり昔からの親友のなせる技なのだろう。あの女には到底無理だ。あれが面白かっただの、これがどうだのとあの女は言っているが、お前は引っ込んでろ。もし出演したいなどと言い出したら、絶対炎上する前に殺そう。よし、殺そう。

 しばらくして、あの女が手洗いに立った時、仲間が、じゃ俺帰るわ、と言い出した。帰るならあの女も連れていけ。そういうところ気がきかない男だ。

ナオは、じゃあなー、と普通に送り出す。がんばれよーと言われるナオ。ナオはいつでもがんばっとるわ。おう!と返すナオは、常に謙虚で素晴らしい。


 仲間が帰り、あの女が戻ってきた。あれ?帰っちゃったの?と聞く女。しらじらしい。私も帰ろっかな、とわざとらしいセリフを吐く女。

 ナオがあの女を呼び止めている声が聞こえる。ナオーーーー!!!と思わず心の中で叫んだ。それは罠だよ、ナオーー!!女が帰ろっかな、なんて言ったら、引き留めろって言ってるのと同義だよー!その女は後でお前に引き留められちゃって、とか言いふらすに違いない。お前はその女に騙されている、ナオーーーー!!!!

どう止めたものかと考えていたら、ナオが女の名を連呼して、救急車!と叫ぶ声で我に返った。

 すぐにナオの部屋に飛び込み、状況を確認。あの女が倒れており、ナオが心臓マッサージをしていた。俺をみて、救急車呼んで!と叫ぶナオ。

 一瞬で思考をめぐらす。ここで救急車を呼んでしまったら、あの女とナオが付き合っていたと世間で騒がれ、あの女が倒れた原因によってはナオが訴えられる可能性もある。ここで救急車を呼ぶわけにはいかない。だからと言ってすぐに呼ばずあの女を死なせてしまったりしては、それはそれでナオが罪に問われてしまう。 

 出した答えはこうだ。すぐに救急に連絡。だが場所はすぐ近くの路上。女が倒れている、と言った。ナオの家にあった女の靴を持って、女を背負って外へ出る。ナオが後ろで怒鳴っている。路上に女を寝かせると、引き続き心臓マッサージをするようにナオに言う。そしてこう言った。ナオの自宅にいたことが発覚したら、マスコミに追われて辛い思いをするのは彼女だぞ、と。ナオはたまたま路上でこの女が転びそうになっているところを抱き留めてやった。そしたら女が倒れた。親切なお前は心臓マッサージを施し、俺に救急車を呼ばせた。それだけだ。

 家に女のバッグとタオルを取りに戻る。バッグの中から免許証と保険証をみつけ、取り出しやすい位置に入れなおす。これで、もし警察に疑われ、女の持ち物から指紋が出ても、薬や連絡先を探すためにやむを得ず触りました、と言えばいい。

 やがて救急車が来た。俺も行く、というナオに、ナオがついてきては大騒ぎになる、彼女が大変な思いをするぞ、と小声で説得し、その場に留まらせる。LINEで逐一報告するから、と念を押す。

 救急車には俺が乗った。原因や病名を知っておかなければ、今後の対策が取れない。女は病院に運ばれたが、心臓発作が原因で死んだ。不整脈で通院していたようだった。女は独り暮らしだったが、緊急連絡先として病院に登録していたらしい娘に連絡がいき、こちらに向かっているようだった。娘には丁寧に事情を話して、こちらは全く悪くないことを強調しておこう。あの道は人通りもないから、誰にも見られていない。死人に口なしだ。

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