第3話 アイドル ナオ

 世間ではまだ人気アイドルグループ、と言ってはもらえているが、それも実質5年前の話。今では後輩グループに追い越され、当時からしたら仕事が激減した。YouTubeを始めてみたりして、ファンが少し増えた気はするけど、仕事はあまり変わりない。でも、今はできることを精一杯やるしかない。

 そんな時、映画の話が来た。俺がモデルとして書かれた、年上女性との恋愛ものらしい。原作者が俺のYouTubeのファンで主役を指名してきた、ということだった。

 ヒロイン目線で描かれていて、中年女性の共感を引き出すようなストーリーになっているようだ。俺の役としても、今までは俺が女性を大切にする役が多かったけど、年上にかわいがられる役というのも、演技の幅が広がりそうで挑戦しがいがあると思った。

 ありがたい話なので、すぐに引き受ける。監督や他の配役の名前を聞いたら、みんな経験豊富な方々だった。ただ、原作の人がスタッフとして参加するようで、現場にファンがいる事で仕事し辛くならないか少し心配だった。

 打ち合わせ当日。その人が話しかけてきた。少し構えたけど、意外とビジネスライクに挨拶され、まともな人で良かった。うまくやっていけそうだ。

 台本を読んだら、内容も良かった。年下男性とつきあう中年女性って、こんなこと考えてんのか、と発見もあった。男性が若い女性とつきあうのとは少し様子が違う。女性には出産がある。それが年齢や、相手がどういう男なのかでこれからの人生の覚悟を決めるようだ。男は家族を養わなければならない経済的覚悟がいるけど、女性は家庭を守っていく覚悟、ていうか。

 年齢的なものもあるんだろう。今の若い女性はここまで家庭を守るとかは考えないと思う。男女平等に働き、子供ができたら保育園に預け、子育ても家事も平等にやる。それが今の考え方だ。そもそも子供は作らない、という夫婦もいる。

 子供のいる幸せ、年齢的な出産の難しさ、その後の育児の不安、自分の年齢のせいで子供を諦めてもらわなければいけないかもしれないやるせなさ、彼との年齢差に苦しむだろう未来。その一切を現実的に彼が覚悟しているのかどうかも不安。それら全部をまとめて背負う覚悟、が、この作品のテーマのようだ。はっきりいってめちゃくちゃ男前だ。女性って強いな、と改めて思う。自分がその立場だったら、そこまでの覚悟をするくらいなら別の人と付き合うかもしれない。全部わかっていて、それでも好きな人と生きようとするのが一途でいい。この人を守れるほどの男になりたい、とは思う。

 そして役として、この人が一途に思わずにはいられないような男を演じなければいけない。この女性がきっと未来では幸せになっている、と希望を持てるような男じゃないと、観客はハッピーエンドとしてみることができないと思う。大役だ。

 女性役は有名な女優さんが配役された。安心感があるが、逆に自分の演技が心もとない。台本を読み込み、気持ちを乗せる。原作のモデルが俺なだけあって、素の俺でいいところも多いけど、本当の素では彼女を守れない気がする。本気で覚悟を決めていかなければ。やっぱりファンは俺を美化し過ぎる。そう見えているのは嬉しいけど。それともこの彼女はそれすら覚悟しているのかな。きっとそうなんだろうな。でもきっと期待もしてくれているはず。頑張ろ。

 その後、撮影が始まっても、原作者は特に話しかけてきたりはしなかった。挨拶をしたり、仕事上の話はもちろんしたが、それだけだ。この作品の女性の方のモデルはきっとあの人なのだろう、と思う。年齢も設定もなんとなく同じな気がする。話中の彼女には、俺はかなり愛されているのだけど、実際のあの人はあっさりしたものだ。本当にファンなのか疑うレベル。仕事上はこの方が断然やりやすいけど、ちょっと寂しくなってきた。俺が役に入ってきたのかもしれない。俺が恋をする彼女本人に、冷たくされている気分だ。

 つい自分から話しかけてしまった。この役はまるっきり俺で驚いた、と。モデルとは聞いていても、まさかYouTubeでみているだけで素の俺が知られるとは思ってなかった。そんなに俺わかりやすいですかね?と。あの人は少し笑って、ファンですからね、と言った後、私の思っていた人で嬉しいです、と照れ笑いをした。

 衝撃だった。めっちゃ可愛かった。今までのクールな対応からのこれはずるい。この人、ほんとに俺のこと好きなんだ、って確信できる笑顔だった。つい俺も照れた。

 それからちょくちょく話しかけに行った。笑顔のかわいい人だった。仕事がやりやすいように、ファンである態度は表に出さないように気を付けていた、という。今も、仕事が手につかなくなるから、あんまり来ないでください、とか言われる。可愛すぎる。

 俺の恋心が役にも出たのか、監督に褒められることが多くなってきた。もともと素の俺に近い役だからか、役と現実の境があいまいになってくる。あの人を好きな気持ちが、撮影が進むにつれて膨らんでいく。

 雑談はよくしたけど、まだプライベートを聞けるほどではなかった。撮影が終わったら、もう仕事場で会うことはできない。連絡先を知らないままでは、きっともう会うこともないかもしれない。焦った俺は、アップ後の打ち上げで必ず連絡先を聞こうと決めた。多分、撮影が終わるまでは、あの人はそういう個人的な関わり合いを避けるだろうと思ったから。まじめな人なんだ。そういうところも可愛い。

 撮影は順調に進んで、ついにクランクアップ。打ち上げが始まり、一通りみんなに挨拶を済ませた後、あの人を誘って、テラスの二人席で独り占めした。ほとんどの人が室内にいるから、比較的静かで話しやすい。撮影が終わって少し興奮気味なのか、あの人も嬉しそうな顔で俺の前に座って飲んでいる。今日はファンであることは隠さないようだ。可愛い。

 撮影の話から、俺のYouTubeの話になり、どれが面白かっただの、突っ込みどころだの、盛り上がった。本当に楽しんでくれているのがわかる。酔ってきたのか、饒舌でよく笑う。今まで抑えてきたのがどんどん出てくる感じ。俺より年上なのを忘れる程、めちゃくちゃ可愛い。

 YouTubeのきゅんとさせるシリーズをやってくれ、と言われ、あの人相手にやってみた。いつもは同級生の男相手にやってるから笑いしかないけど、さくらさん相手ではやってる途中で俺が照れてしまい、きゅん返しされて、俺が死にそうだった。くやしくて何度もリベンジしてみたけど、だめだった。そんな所で年上を実感。でも喜んでくれたようだから、まあいっか。

 それでも、LINEの交換はできた。あの人は期待していないようだったから、帰ってすぐに今日のお礼ととおやすみのスタンプを送ってみた。少しして、社交的な返事が来た。ちょっと寂しい。

 もっと話したい。もっと会いたい。もっとそばにいたい。俺は完全にさくらさんを好きになっていた。

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