第2話 第一回公判 2
当時自宅から現場を見ていた浦野翔子が証人として証言台に立っている。まずは検察官から質問が始まった。
「あなたは当日夜10時頃、被告人自宅前が騒がしいことに気づき、2階の窓から道路を見たので間違いありませんか。」
「間違いありません。」
「その時の様子を詳しく話してください。」
「その時私は自宅2階の窓辺の机で、パソコンを使っていました。お向かいの玄関のドアが乱暴に開けられる音と、何かを叫んでいる声が聞こえて、驚いて外を見てみたら、女の人が抱えられて道路に寝かされているところでした。男の人が二人いました。その後一人が女の人に何かしていて、もう一人は自宅を行き来していました。しばらくして救急車が来て、女の人は運ばれて行きました。」
弁護士が立ち上がり、尋問する。
「あなたが見たときには、女性は道路上にいたのですね。」
「はい。」
「では、玄関から運ばれていたところは実際には見ていない、ということですね。」
「いや、敷地の門のところを通っているとこから見たと思います。」
「それは確かですか。」
「多分。驚いていたのではっきりとは覚えていません。」
「何かを叫んでいた、とのことですが、何を言っていたかはわかりますか?」
「それはわかりません。」
「大声に驚いた、とのことでしたが、何を言っているかはわからなかった?」
「ヘッドホンで音楽を聴いていたので。」
「では、その他の音も、確実に聞こえたと言えますか。」
「…聞こえました!それで外を見たんです!私は嘘ついてません!」
続いて怪しい人影についても証言をしたが、ナオ宅の生垣で夜の9時頃見たということがわかっただけで、それが山野であるとは断定できなかった。
裁判は拮抗していた。お互いの言い分が全く違い、証拠もはっきりとはしない。傍聴席も、先の見えない裁判に、困惑していた。
そもそも、山野さくらとナオは同じ映画のスタッフと主役だった。ただのファンではなく、仕事仲間である。山野の自宅はナオの自宅からは徒歩で30分ほどかかる。しかも駅近くでもないので、通りかかるような道ではない。
しかし、映画は未公開だが、原作は公開されており、作者は山野である。内容は年上女性とアイドルの恋愛もので、妄想の激しいただのファン、と言われれば、否定できない内容だった。
ナオが証言台に誘導されている。ほぼ放心状態で、半開きの口で何かをつぶやいていた。
被告人質問
「さくらさんは俺が殺しました…俺が、殺しました…」
「あなたは山野さんが心臓病だったことを知っていましたか?」
「俺が、ころ…、心臓病は、知らなかった、それは知らなかった…、知っていたら抱きしめたりしなかった!知っていたら、知っていさえすれば、さくらさんは生きていた、きっと。今も、いま、も…俺が、殺してしまった…俺が…さくらさん…」
ナオは言いながら、泣き崩れてしまった。傍聴席でも泣き声が聞こえる。ナオが話せないので、当日側にいたマネージャーの南守(みなみまもる)が代わりに証言台に立った。
「あなたは当日夜10時頃、被告人の家に行ったところ現場に出会したとのことでしたね。その時の様子を詳しく話してください。」
「あの夜は、ナオに呼ばれてナオの家に向かっていました。そしたら、門の前あたりで女性を抱えて救急車!と叫んでいるナオを見つけて、慌てて救急車を呼び、ナオの家からタオルを持ってきて女性の頭の下に敷いたり、バッグの中を勝手ながら薬などないか探したりしました。そのうちすぐ救急車が来て、ナオがついていては騒ぎになりかねないので、自宅で待っているように言って、私が同乗し病院へ行きました。
山野さんは本当に残念でした。ナオは転びそうになったところを抱き留めただけです。その後すぐに心臓マッサージをしていたし、傷害致死だなんてとんでもない。むしろ最初から最後まで助けようとしかしていませんよ。
山野さんはナオの熱烈なファンだったようですし、こういうのきゅん死にっていうんですかね。抱き留めただけで死んでしまうなんて、だれが思います?はっきり言っていい迷惑ですよ。ナオは人がいいからこんなに自分を責めてしまって、あれからすっかりやつれて。こっちが慰謝料でも貰いたいくらいですよ。」
「以上です。」
裁判後、この内容はすぐにニュースやワイドショーにさらされた。ナオの憔悴した様子から、さくらに対する誹謗中傷が止まらない。さくらのストーカー疑惑は、コラ写真やデマのSNSが横行し、収拾がつかない状態だった。娘の自宅にもマスコミが押し寄せたが、娘がまだ学生だったせいか世間の目は同情的で、こんな親がいてかわいそう、親がきゅん死になんて思いたくなくて訴えたい気持ちはわかる、妄想に巻き込まれたかわいそうな娘、という感想だった。
ナオに対しても同情の声が多かった。事件派の間でも、例えナオが自宅に山野を連れ込んだとしても、山野が部屋で自撮りしている時点で同意とみていいだろうし、ちょっと激しく迫ったくらいでまさか死んでしまうとは思わないよね、恋愛は自由、これも事故、というものだった。
初公判後もナオは相変わらず引きこもっていて、世間の声に何も反応しなかった。おそらく見てもいなかったのだろう。自殺したんじゃないよね?と心配する声もあった。
事故以前のナオはSNSを頻繁に更新していたから、心配されるのも無理はない。ファンに楽しんでもらえるようにと、2日と開けることなくその日の出来事や楽し気な自撮りをあげていた。映画の撮影の様子も時々上げており、ファンは公開を楽しみにしていた。
その映画の撮影が始まったのは、さくらが亡くなる約半年ほど前だった。
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