窓の向こう側には、小林滝ちゃんの姿が見える。(滝ちゃんの席は窓際の私の一つ後ろの席だった)

 滝ちゃんはそこからぼんやりと、(退屈な数学の授業をさぼりながら)窓の外に咲いている美しい満開の桜の木々の姿を見ていた。

 その滝ちゃんの視界には、間違いなく桜の木の枝に腰掛けている私の姿も入っている。でも、滝ちゃんは私のことに全然気がついてくれない。(手を振っても振り返してくれない。それは普段では絶対にありえないことだった)

 滝ちゃんには私のことが見えていないんだ。

 以前からのいろいろないたずらで、わかってはいたことだったけど、やっぱり少し寂しかった。

 滝ちゃん。

 私はここにいるよ。

 真っ白なお花の飾ってある、誰も座っていない滝ちゃんの前の席じゃない。

 私はちゃんとここにいるよ。


 そう思っても、(実際に声に出してみても、聞こえないのだけど)滝ちゃんは福のことを見てくれない。

 滝ちゃんは銀縁の眼鏡の奥から、ただぼんやりと福の腰掛けていない、別の桜の木をさっきからずっと、ただ、眺め続けていた。

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