第245話 決死の覚悟

 シズリアで爆発事件が起きた翌日


 リズリットside


 仮面の騎士の転移魔法でシズリアへ戻ってきた後、私を狙う外套の者達が街に行った潜んでいる可能性があるので、昨日宿泊した宿でもう一泊することになった。

 翌朝宿を出ると冒険者らしき男達が辺りを走り回っている姿が見え、まだ外套を着た者達が捕まっていないことが人に聞かずともわかる。


「リ、リズリット姫⋯⋯そろそろ出発致しますので馬車にお乗り下さい」

「ええ⋯⋯わかりました」


 慌ただしく動いている周囲の様子を見ていたら護衛隊長のドマが馬車に乗るよう促してきた。

 彼は私に対してどこかよそよそしい態度を取っている気がする。護衛の任務になれていないのか、いえ慣れていないものが隊長に任命されるはずがないですね。でしたら王族の護衛になれていないのかしら?

 それと護衛の数⋯⋯昨日襲撃を受けたというのに10人にも満たない。これでもしまた外套の者達が襲ってきた時に、私を護ることができると考えているのかしら? それとも初めから護る気がないのかもしれない。これはいよいよ私の命も危なくなってきたということか。


 これからのことを考えていると馬の鳴き声が聞こえ、馬車はゆっくりと動き出す。


 中立都市シズリア⋯⋯まさかこのような人の多い場所で殺されそうになるとは思わなかった。それに⋯⋯。


「仮面の騎士⋯⋯」


 この街で私を救ってくれた者の名前を思わず呟いてしまう。


 いったい誰なのだろう。魔法のことはわかりませんが、あの光の壁⋯⋯それに転移魔法。確か転移魔法は相当魔力が高くないとできないと以前ルドルフ様に聞いたことがあります。シズリアからミリアリスと一緒にどこかへ転移した時、すぐに魔法と気づいたのは私自身が1度ルドルフ様の転移魔法を経験していたからです。ということは仮面の騎士はルドルフ様? いえその割には声が若かった気が⋯⋯。それにルドルフ様はあんなにクールな感じではなかったし、姿を隠す必要はないはず。


 全く素性も顔もわからない人だったけど1つだけわかったことがあります。

 それは仮面の騎士はとても優しい人だということ。

 私やミリアリスを爆発から護ってくれたこともそうですが、殺されるかもしれないのにルーンフォレストへ戻ると私が言った時、あの人はすごく悲しそうな声を出していた。

 それだけで判断するのはどうかとも思うけど、たぷん優しい人何だとおもう。それに普通、王族の命を助けたら地位、名誉、お金などの謝礼を要求すると思うけど仮面の騎士は一切そのような話をしてこなかった。


 もう一度会ってみたい⋯⋯そんな気持ちに駆られるけどそれは難しいかもしれない。


 馬車はシズリアから1時間ほど走った後、突然街道を外れた道を走り始めた。


「ドマ護衛隊長、王都への道のりはこちらでよろしいのでしょうか⁉️」


 私は馬車の横で馬に乗り走っているドマに強めの口調で問いただす。


「ええ⋯⋯通常の道を通ってしまえば、襲撃者達の待ち伏せに会い、リズリット姫様の身を危険に晒すことになってしまうので」


 それならば何故護衛の数を増やさないのか。けれどそれをドマに言っても無駄だろう。私は大人しく馬車の中に座って


「ほう⋯⋯さすがは民衆に気高き姫と呼ばれていることはありますな」


 走っていた馬車が止まり、静まり返った空間にドマの声が響き渡る。先程とは口調がまるで違う。


「なんのことでしょうか?」

「聡明な貴女のことだ。なぜここで馬車を止めたかもうわかっているはず」


 ドマは馬車のドアを開け、私に降りるよう促してくる。


 ここで逆らっても仕方ない。それに馬車の中では逃げ場もないので、外に出ることはこちらに取って好都合だわ。


 私はドマの指示に従い馬車を降りると周囲に街道は見られず、背後には丘の景色が、そして前方には何メートルかわからないほど深い崖が広がっていた。


「さあ? もしかして景色の良い丘でティータイムでもするのかしら」

「クックック⋯⋯中々面白いことを言いますね」


 もうこれは疑う余地はないわ。ドマは⋯⋯ここにいる兵士達は私を殺そうとしている。


「誰の命令ですか?」


 とりあえず今は時間を稼がなくては⋯⋯。


「それは貴女自身が一番わかっているのでは?」

「ええ⋯⋯わかっています。ですがわかりたくありませんでした⋯⋯ランフォースですね」

「いえ⋯⋯ランフォースです」


 ドマは崖の近くを歩き、谷底から上昇してくる風を感じながら答える。


 お父様が魔族に殺されたと聞いたけどほぼ間違いなく、ランフォース兄さんの手によって討たれたことは明白だわ。本当に突然現れた魔族に殺されたのであれば、第一王子であるエリオット兄さんが王になるはず。ですが王になったのは⋯⋯ランフォース兄さんはお父様が死ぬタイミングがわかっていたから用意周到に王位を奪い取ることが出来た。


「私はランフォース兄さんを王だと認めてはいません」

「そうですか⋯⋯だがそんなことは私に取ってどうでもいいこと」


 えっ? 何かわからないけれど今のドマの言い方に引っ掛かりを覚える。


「そろそろリズリット姫様の時間稼ぎにも飽きてきたので、死んでもらいましょうか」


 やっぱり時間稼ぎをしていることは見破られていたみたい。けど十分に引き伸ばせたはず。


「ああそうでした⋯⋯1つだけリズリット姫様に御報告することを忘れていました」

「何かしら? 聞いてあげるわ」


 ドマの方から話を振ってきた。時間がほしい私としては願ったり叶ったりだ。


 しかしその言葉が、私を絶望へと陥れることになるとは思わなかった。


「貴女の小飼の兵士は来ませんよ」

「えっ⁉️」


 私には信頼をおける30名の兵士がおり、ルーンフォレストに戻ることになって早馬で手紙を出したら、シズリアまで迎えに来てくれるとのことだった。


「何故ドマがそのことを⋯⋯」


 ドマは笑みを浮かべながら私の問いに答える。


「そんなの決まってるじゃありませんか! 兵士達は私が全て皆殺しにさしたからですよ!」

「み、みな⋯⋯殺し⋯⋯」


 嘘! 皆ルーンフォレスト王国内でも有数の力の持ち主なのに!


「そうです! 全てこの谷底へと突き落としてやりました! いやあ⋯⋯とても無様な死に方でしたよ。皆、リズリット姫申し訳ありません。姫のお役に立てず命を散らすわけにはと貴女のことを思ってここから落ちる姿は痛快でした」

「ドマ! 貴方は! 貴女だけは許さない!」


 私に付き従ってくれた兵士達は幼い頃から側にいて、それぞれが私の父であり母であり兄であり姉であり家族だった。

 そんな皆を嘲笑うように殺すなんて!


 誰もいない場所⋯⋯相手は兵士が10人⋯⋯おそらく私が助かる道はない。


「けれどせめて貴方に一太刀はぁぁ!」


 私は護身用に身に付けている短剣を取り出し、ドマの心臓目掛けて突き刺す。

 しかし力の差が歴然のためか、ドマは身を翻してをかわす。


 ですがその行動は予想通り、初めから私の攻撃が当たるとは思ってはいません。


 私は短剣を手放し、体の体勢を低くドマの両足を掴むとそのまま前方に押し出す。


「何⁉️ まさかおまえ⁉️」

「そうよ! 初めから短剣で貴方を刺そうだなんて思ってないわ」


 ドマは圧倒的有利な状況だったからか、それとも私ごときにはやられないと思ったのか、崖から1メートルの所にいたため、私は短剣をフェイントに両足を手で持って谷底に突き落とすことを選択した。


「は、はなしなさい! このままだと貴女も崖の下に落ちますよ!」

「構いません⋯⋯このままここにいても私は殺されます。それでしたら私の大切な人の命を奪った貴方を道連れにするわ!」


 私はより一層力を入れるとドマの体が少し後ろに後退する。しかし異変に気づいた他の兵士達が、私達の下へと向かって来ているから早くしないと。


 私は体全体を使ってドマを押し出すがこれ以上動く気配がない。


「まさか王族ともあろうお方が玉砕覚悟でくるとは思いませんでした⋯⋯死ぬなら貴女1人で死んで下さい」


 ドマは腰に刺した剣へと手を伸ばす。


 もしこのまま剣を握られたら⋯⋯私は上から背中を一突きで刺され、力尽きてしまう。けれどこれ以上の力は⋯⋯。


「お願いみんな! 私に力を貸して!」


 魔法や力が増すスキルなど私にはない。今私が持っているのは、大切な人を殺したドマに対する怒りだけ。その気持ちを力に変えてドマの両足を押し出す。


 すると徐々にドマの体が後退していく。


「バ、バカ! やめろ!」

「どうしました? 話し方に余裕が無くなってきましたね」


 ドマは私から逃れようと背中を殴りかかろうとしていますが、もう遅いです。


「一緒に地獄へ落ちましょう」


 私はドマの両足を持ちながら、体全体を使って崖の方に身を投げると重力によって私達は谷底へと落下する。


「うわぁぁぁ!」


 もうこれで大丈夫。


 私はドマを掴んでいた手を離し、そして先程から叫び声を上げているドマの顔を見ると恐怖に駆られていた。


「これでみんなの仇は取れました。けれど王族としてルーンフォレストの民を救うことが出来なかったのが残念です」


 落下する度に空気の壁に当たり死を思わせるが、以外と自分の心は冷静だった。もう助からないとわかっているから? それとも目の前にいるドマのように見苦し姿を見せたくないのかどちらかはわからない。


「し、死ぬ! だ、だ、誰か助けて!」


 ドマは先程まで自分に優位性があっからなのか余裕の表情を浮かべていたけど今は⋯⋯本当に浅ましい。


「いやだあ! 僕はまだ死にたくないぃぃぃ! ⋯⋯⋯⋯なんてな」

「えっ?」


 先程まで見苦しくわめき散らしていたドマが突如冷静になる。


「な、何? どういうこと?」

「貴女の余興に付き合うのは面白かったですよ。特に殺されたクズどものために必死に私を崖へと突き落とす姿は最高でした」


 淡々と話をしているドマの体が徐々に黒いものへ変化していき、そして最終的に翼を持った牛の顔を持つ化物に変わっていく。


「あ、あなたは魔族!」


 まさか人間じゃないなんて!

 だから先程のドマの言葉が気になったのね。ランフォース兄さんが王になったことがどうでもいいと。もしルーンフォレスト王国の者でしたら王が誰でもいいなどと言わないはず。けれどドマには関係ない⋯⋯魔族だから。


「ではリズリット姫⋯⋯絶望に苦しみながら死んで下さい」

「ま、待ちなさい!」


 けれど私の言葉は虚しく響き渡り、ドマは翼を翻して上空へと飛んで行ってしまった。

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