第235話 明日への対策

「助けてほしい? いったいどういうことだ?」

「やめなさいナッシュ! 余所様を巻き込んだらだめよ」


 俺がナッシュくんに問いかけるとミドリさんがその言葉を遮る。


「いや、俺はもう我慢できない! このままなら例え1人でもあいつらの所に乗り込んでやる!」

「ナッシュ⋯⋯」


 少年の身ながらナッシュくんは決意をした瞳をしている。どういうことかわからないが、今彼が言った乗り込むということを本当にやりそうな雰囲気だ。


「何か困っていることがあるのかな?」


 リアナが姉弟のやり取りに何か感じるものがあったのか、心配そうな表情で問いかける。


「自分でいうのも何だけど俺達けっこう強いぜ」

「私達に出きることがあるなら言ってください」


 どいつもこいつもお人好しばかりだ。俺達は今ティアの護衛でここにいるんだぞ⋯⋯だがそれがいい。そんな仲間達の言葉を嬉しく思う。困っている人を助けるのも冒険者の仕事だからな。

 俺は護衛のクライアントであるティアに視線を向ける。


「お兄ちゃん私がこの状況で断ると思ってるの?」

「思わない」

「ですよね⋯⋯だったら2人の話を聞いてみようよ」


 ティアも王族として困っている人は見過ごせないと思っていたが、一応話を聞いてもいいか確認を取ってみた。


「ですが⋯⋯」


 だがミドリさんは俺達に話していいものかまだ迷っている。


「いいよミド姉ちゃん。俺が話すから」

「ナッシュ⋯⋯」

「実は1ヶ月前くらいに突然盗賊の集団がこの村に来て⋯⋯」


 盗賊⋯⋯だと⋯⋯。

 だがナッシュくんの家に到着するまで、村の中を観察していたけど焼き払われたり壊されたりしている建物はなかった。

 普通村が盗賊に襲われたら殺され、何もかも根こそぎ奪われるだろう。

 盗賊が捕まってるわけでもないのに、盗賊で困っている? やはりこの村には何か特別な事情がありそうだ。


「この村には戦える人はいないから、何もすることができなくて⋯⋯子供が盗賊達に拐われちゃったんだ。もし国の兵士や冒険者に助けを求めたら子供達を殺すと⋯⋯そして初めは食糧を要求して来て次に金品を、そして⋯⋯」


 ナッシュくんの視線がミドさんへと向く。

 まさか⋯⋯。


「次は村で一番綺麗な人を差し出せって⋯⋯」


 ナッシュくんが言葉を紡ぐとミドさんは顔を下に背ける。


「俺やだよ! ミド姉ちゃんをあんな奴らに渡すことはできない! だから兄ちゃん達助けてくれよ⋯⋯盗賊達が言ってきた期限が明日なんだ⋯⋯」


 なるほど。

 盗賊退治にしろ何にしろ、なぜ俺達みたいな若造に頼んできたのかわかった。正直な話俺達はお世辞にもパッと見強そうには見えない。それでもナッシュくんが声をかけてきたのは、ミドさんを渡す期限が明日までで時間がないからだ。


「グレイの兄ちゃんは頭も良さそうだし、俺達の力になって下さい」


 ナッシュくんは俺達に頭を下げてくる。それに対してケイトさんとミドさんは、俺達に頼んでいいのか不定的な表情だ。


「どうする?」


 俺は仲間達に聞いてみる。


「わかりきったことを聞くな」

「お兄ちゃんは私達がここまでお話しを聞いて断ると思う?」

「私はヒイロくんに従います⋯⋯ですが個人的には力になりたいです」

「早く子供達を助けて上げようよ」


 このお人好しな仲間がナッシュくんの頼みを断るわけないか。

 俺も同じ気持ちなので、心の中で思わず笑みを浮かべてしまった。


「というわけで僕達に任せて下さい。必ずミドさんを⋯⋯子供達をこの僕、グレイが護って見せます。キリッ!」


 グレイはミドさんに良い所を見せようとしているのか、普段とは比べ物にならないほど真面目な表情を浮かべている。


 キリッじゃないよキリッじゃ!


「ほ、本当に大丈夫でしょうか。もし失敗してしまえば私達はともかくグレイさん達にも迷惑が⋯⋯」

「大丈夫です。盗賊ごときに殺られはしません!」


 ミドさんじゃないが、今のグレイを見ると俺の方が心配になってくる。ミドさんに良いところを見せようとしてミスしないだろうな。


「と、とりあえず盗賊達のことで何かわかることがあれば教えて下さい」

「それなら今私の旦那が明日のことで、村の村長達と話し合いをしているからそこに行くといい」


 ひょっとしてさっきここに来るときにナッシュくんが言ってた集会のことかな?


「だったら俺が案内するよ」

「頼むぜナッシュ」


 こうして俺達はナッシュくんからの依頼である盗賊退治を受け、明日のミドさん引き渡しのことが話し合われている村長の家へと向かうのであった。



 ナッシュくんの案内で村長の所へ向かうと、他の建物とは明らかに大きさが違う石壁に囲われた屋敷が見えてきた。


 そういえばラーカス村の村長の家もこんな感じだったな。後忌々しいベイルの家も。


 屋敷の中にある別邸のような建物に入ると、20畳くらいの部屋に所狭しと多くの男達が論議をかわしている姿が見えた。


「だから盗賊達の言うことを聞くしかない! 子供達が殺されてもいいのか!」

「ミド嬢を渡した所で、奴らがここから出ていくとは限らない!」

「もうおら達の蓄えもない⋯⋯このままだと冬を越すことができないさ」

「それなら今から兵士や冒険者に頼みに行くか? 期限はもう明日なんだぞ。それにミド嬢を渡せば子供を3人返してくれると奴らも言っていたではないか。今逆らうとそのことも反古されてしまうぞ」


 いやはや、部屋の中では熱い話し合いが行われていて、とてもじゃないが余所者の俺達は入りづらい状況だぞ。

 だがそんな中、ナッシュくんが上座に座っている白髪の老人の下へと一直線に進み、大人達に負けないほどの声を張り上げる。


「村長さん! みんな! 俺は盗賊達の言うことを信じられないし、ミド姉ちゃんを渡すなんてこともしたくない! だから盗賊を退治してもらうために冒険者を連れてきた!」


 村人達は叫ぶような声を上げたナッシュくんを見た後、部屋の入口の方にいる俺達に視線を向け、そしてその目はどれも好意的なものではないと一発でわかるほど殺気立っていた。


「ナッシュ! お前、何勝手なことを!」

「だってこのままだとミド姉ちゃんが連れていかれちゃうよ⁉️ 俺はそんなの絶対嫌だよ!」

「俺だって嫌だよ。どこに娘を喜んで盗賊に渡す親がいる⋯⋯」


 今話しているのはナッシュくんのお父さんか⋯⋯何だか目にくまが出来ていて酷く疲れているように見える。


「だが村のことを俺達で勝手に決めることはダメだ。もしこのことが盗賊にバレて子供達が殺されたらどうする?」

「それは⋯⋯」


 ナッシュくんは父親の言葉を聞いて黙ってしまう。

 子供達が殺されることを想像してしまったのだろうか。


「それにナッシュが連れてきた冒険者っていう奴は若造じゃないか!」

「盗賊を退治できるとは到底思えないな」

「俺達が約束を破ったことを知ったら、子供達が殺されるぞ!」


 先程感じた目の通り、村人達は俺達に対して敵意にも似た感情をぶつけてくる。


「皆の者静まれ!」


 上座に座っている白髪の老人が一喝すると、村人達はその命令に従い、辺りは静けさに包まれる。


「旅のお方ですかな? ですが今は少々取り込んでいるので、すぐにこの村から出ていって下され。それがあなた方のためでもある」


 さすが村のトップと言うべきか、さっき村人達を一瞬で黙らせたことといい威厳のある人だと感じる。


「悪いことは言わねえ。今晩中にここから立ち去った方がいいぞ」

「おめえ達も若くして死にたくないだろう」

「それにもしおめえ達のせいで子供達が殺されたら、おら達何をするかわからねえぞ」


 村人達がまた俺達を追い出そうと騒ぎ始めた。


「兄ちゃん達⋯⋯」


 ナッシュくんがすがるような目でこちらを見てくる。

 さすがに父親や村人から俺達のことを反対され、ナッシュくんは意気消沈してしまったようだ。


 とはいえ村人達の言うことも理解はできる。突然現れた若造の俺達に子供の命を預けるなんて普通なら反対するだろう。

 だがどうする? どうすれば村人達の信頼を取ることができる。

 1つだけ確実な方法があるけど⋯⋯。


「ヒイロちゃん⋯⋯いいかな」


 そう言ってリアナは右手で左手の甲を指す。


 まあそれしかないよな。この方法なら力があると見せられるし、何より信頼されることは間違いない。


「頼む」

「うん⋯⋯ありがとう」


 俺が肯定の意見を口にすると、リアナは左手の甲を隠している服をめくる。


「皆さん盗賊退治は私達に任せて下さい」

「子供の命がかかってるんだ! どこの馬の骨かわからない奴らに任せてられるか!」


 言葉で言っても反対されることは想定済み。ならばとリアナは左手を天高く掲げる。


「私は⋯⋯私はリアナ。勇者リアナです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る