第234話 黒歴史?

「ヒイロどうした? 何か怒らせるようなことを言ったのか?」

「いや、普通に宿屋の場所を聞いただけだぞ」

「バカヤロー、それであんな風に怒鳴るわけないだろ。今度は俺が聞いてくるから馬車を頼むぜ」


 そう言ってグレイは道を歩いている老人の下へと向かった。


 俺、あの男性に何か失礼なことを言ったのか? 先程話しかけた光景を頭の中で思い返してみるが、やはりおかしな対応はしてないはずだ。


「この村にお主らを泊める場所などない!」


 突然老人から大きな声がしたので見てみると、グレイが逃げ帰るようにこちらへと戻ってきた。


「なんだ⋯⋯お前も怒鳴られてるじゃないか」

「おっかしいなあ⋯⋯何であのじじいはあんなに怒ってるんだ? やはり宿屋の場所を聞くなら女性の方がいいな」


 今度は二十歳くらいの女性を目ざとく見つけ、グレイは話しかけているが⋯⋯。


「消えなさい⋯⋯あなたと同じ空気を吸いたくないわ」


 さっきより酷いことを言われてないか?


「わりぃ、無理だった」


 さすがのグレイも、若い女性にあそこまでボロクソに言われて少しへこんでいるようだ。


「どうしたのですか?」


 村人達の大きな声を聞いてか、ルーナが馬車の中から顔を覗かせる。


「俺とグレイが村の人達に宿屋の場所を聞いたら突然怒鳴られてな」

「そうですか⋯⋯もしよろしければ私が聞いてきましょうか?」


 僧侶の法衣を身に付け、容姿は可愛い、そして何より巨乳のルーナが話しかければ、質問に答えない男はいるだろうか? いやいない。


「お願いできるか?」

「わかりました」


 ルーナは道端で会話をしている20歳くらいの青年2人に向かって話しかけている。


「おめえさん悪いことは言わねえ。早くここを立ち去った方がいいべ」

「んだんだ⋯⋯何かあってからじゃ遅いべ」


 なん⋯⋯だと⋯⋯ルーナ断られたのか⁉️ だが⋯⋯。


「申し訳ありません。宿屋の場所を教えて頂けませんでした」

「いやいやさすがはルーナだ⋯⋯なあグレイ」

「そうだな⋯⋯何の情報も得られないヒイロとは違うぜ」

「お前も俺と同じだろうが!」

「えっ? えっ? どういう意味でしょうか? 私、宿屋の場所を聞くことができませんでしたけど⋯⋯」


 ルーナは俺とグレイの言葉を聞いて頭にはてなマークを浮かべている。


「俺とヒイロが村の人に宿屋の場所を聞いた時は、泊める場所がないとか消えろとか言われたけど」


 言っとくが消えろはグレイだけだからな。


「ルーナちゃんがさっきの2人に聞いた時は、まるでこっちの身を案じているようだった」

「あっ? はい⋯⋯確かにそのように見受けられました」


 まあルーナは可愛いから、もうすぐ日が暮れることもあり、夜出歩くことは危ないので心配したというのも無きにしもあらずだが。


「早くここを立ち去った方がいい⋯⋯ということは何か危険なものがこの村に来ることが考えられる」

「魔物でしょうか?」

「それか⋯⋯人間っていうのもありえるぜ」


 グレイが言葉にしたことは俺が考えていることと同じだ。

 魔物が襲撃してくるにしては村の中が綺麗過ぎる。おそらく人間だろう。


「ヒイロくんもグレイくんもすごいです。あれだけのやり取りでそこまでわかるなんて」

「そうだな! 兄ちゃん達中々やるじゃないか」


 突然背後から声が聞こえたので振り向くと、そこには10歳くらいの少年がおり、俺達の方に歩み寄ってきた。


「君は?」

「俺か? 俺はナッシュ。未来のSSランク冒険者だ」


 SSランクか⋯⋯中々大きく出たな。

 現状では勇者パーティーしかいないランクだ。


「兄ちゃん達宿を探しているんだろ? だったら家に来なよ」

「それは助かるよ。本当にいいのかい?」

「いいよ。一流の冒険者は困った人を見過ごせないのさ」


 こうして俺達はナッシュ君の後に続き、村の東へと向かう。


「何かちょっと生意気そうなガキだな」


 グレイがナッシュ君を見て率直な意見を小声で話してくる。


「そうですか? 何か一生懸命な感じで、私は可愛いと思いますけど」


 俺もグレイと同じ少し生意気そうに感じたけど、子供が好きなのかルーナは微笑ましくナッシュくんを見ている。


「私はナッシュくんのような子供をどこかで見たことがあるような気がするかな」

「それってお兄ちゃんじゃない?」


 えっ? 俺?


「そうだヒイロちゃんだ⁉️ 昔凄腕の冒険者は~みたいなこと言ってた⁉️」

「確かにそんなことを言っていたような気がするが俺はもう少し可愛げがあったぞ」


 素直で真面目な少年だったと村で評判だった⋯⋯はず。


「そんなことないよ⋯⋯イタズラとかして怒られてたよね。その罪を私に擦り付けてたりもしてたし」

「そ、そんなことあったっけ?」


 ちくしょう! 余計なことを覚えている幼なじみはやっかいだ。

 これ以上俺の黒歴史を話されてたまるか。話題を変えるぞ。


「そ、そんなことより村の人がなんで俺達を追い出そうとしているか聞いてみないか?」

「そういえば4年前だったかな? ヒイロちゃんがエッチなことに興味を持ち始めた頃、近所のお姉さんに⋯⋯」

「おおいっ! リアナは何を言っちゃってるのかな!」


 あれは幼き日


「どうしてお姉ちゃんの胸は僕と違って膨らんでるの? どうなってるか見せて」と純心な好奇心から知りたくて聞いた時のことだ。

 しかしお姉ちゃんは承諾してくれたけど突然現れたリアナの手によって、俺の夢は阻まれてしまった。

 もしみんなに知られたら、エロガキ認定されることは間違いないだろうから何としてもリアナを止めねば!


「ヒイロは俺が押さえておくから、早く教えてくれ」

「こ、こら! やめろグレイ!」


 リアナの口を塞ごうとしたら、逆にグレイに羽交い締めにされて動きを止められてしまった。


「リアナさん早く続きを」

「私も昔のお兄ちゃんのこと知りたい」


 どうやらここに俺の味方はいないようだ。


「それでお姉ちゃんのむ⋯⋯」

「リアナやめてくれぇぇぇ!」


 俺は何とかリアナを阻止しようと必死の思いで叫ぶ。


「ちょっと兄ちゃん達うるさいよ。このままだと村のみんなの注目を浴びちゃうだろ」


 俺の懸命の祈りが通じたのか、思わぬ所から助けが入る。


「そ、そうだぞ! ナッシュくんの言うとおりだ。くだらない話しなんかしないで早く行くぞ!」

「⋯⋯まあいい。リアナちゃん後でゆっくり聞かしてくれよ」

「うん」

「うんじゃないよ!」


 結局俺の黒歴史は先延ばしにされただけか。いや後でリアナに誰にも言わないよう口止めさせればいいんだ。

 大丈夫⋯⋯リアナを黙らせることなんて余裕だぜ。



「おいヒイロ」


 馬車を運転しているグレイが、俺の肩を叩きながら名前を呼んでくる。


「何だ? 昔のことは話さないぞ」

「いや違う。さっきからこの村の人達を観察しているけど、皆同じ方向⋯⋯村の中央に向かっている気がする」


 グレイに言われて、俺も周囲を確認して見るが、村人達は少数ながら確かに同じ方向へ動いている気がする。

 もう夜が近い時間なのに今さらどこへ?


「村の人達はこれから始まる集会に参加するため、村長の家に行ってるんだ」


 集会を開くことは別段珍しいことじゃない。俺の村でも定期的にあったしな。ただもうすぐ夕飯になろうとしているこの時間から始めるのは異常だ。何か緊急の案件でもあるのだろうか?


「着いたぞ⋯⋯ここが俺の家だ。もう暗いから大丈夫だと思うけど馬車は誰にも見つからないよう裏手に止めてくれ」


 ナッシュくんの家は茅葺きの家で歴史を感じさせる雰囲気を醸し出していた。


「わかった」


 そして先程のナッシュくんの言葉で、やはり俺達といることは何かマイナスの要因があることがわかった。それが何なのかわからないけど。


「母ちゃん帰ったよ」


 ナッシュくんがおもむろにドアを開けると、髪が茶色のセミロングくらいの1人の綺麗な女性が出てきた。


「あらあらお帰りなさいナッシュ」


 えっ? この人がお母さん? いくらなんでもナッシュくんのお母さんにしては若すぎないか。


「ミド姉ちゃんただいま」


 何だ? ナッシュくんのお姉ちゃんか。そりゃそうだよな。こんな若くて綺麗な人がお母さんなわけないか。


「え~と、後ろの方は?」


 この時目にも止まらぬスピードでナッシュくんの前に立つ者がいた。


「初めまして⋯⋯僕はグレイと申します。いや~ナッシュくんにこんなに綺麗なお姉さんがいるなんて⋯⋯今日という日を神に感謝します」


 何なんだお前は。綺麗な人がいるとすぐこれだ。しかも一人称が僕になってるし、グレイは神様の信者ってわけじゃないだろ。もう突っ込みどころが満載だ。


「え、ええ⋯⋯よろしくねグレイくん」


 ミドさんもグレイの動きに圧倒されて、弱冠引いているように見える。


「そういえば、兄ちゃん達の名前を聞いてなかったな」


 名前も知らない人を自分の家に連れてくるなんて、ナッシュくんは警戒心がないのか、それともよほど切羽詰まった状況だったので聞くのを忘れたかのどちらかだ。


「とりあえず中に入ったらどうだい」


 部屋の奥からナッシュくんのお母さんらしき人が出てきて、俺達を家の中に入れるよう促す。



「それでは改めまして⋯⋯俺はヒイロです」

「ティアと申します」

「ルーナです」

「私は⋯⋯」


 リアナが自分の名前を言うのを躊躇う。

 たぶんシズリアの教会で俺が言ったことを思い出しているのだろう。だがさすがにこの村では勇者を知っている人はいなそうなので、俺はリアナに視線を向けて頷く。


「リアナだよ⋯⋯よろしくね」

「ご丁寧にありがとうございます。私はナッシュの姉のミドと言います」

「母親のケイトだ」

「俺は⋯⋯」

「グレイはもういいから」

「何でだよ! もっとアピールさせろよ!」


 何のアピールをするんだよお前は! そんなことよりナッシュくんが何で俺達を連れてきたのか聞いてみたい。


「ナッシュくんに聞きたいことがあるけどいいかな? 村の人達は俺達にここから出てけって言ってたけど君は――」

「ナッシュお前まさか⁉️」


 俺の言葉を聞いてケイトさんは驚きの表情を浮かべる。どういうことだ? やはりこの村に何かあるのは間違いない。


「だってこのままじゃミド姉ちゃんが⋯⋯兄ちゃん達冒険者だろ⁉️ 俺達を助けてくれよ!」


 ナッシュくんの悲痛の叫びが部屋の中に響き渡った。

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