第233話 ボルチ村

「し、信じられん」

「あのオークの大群を退けるとは」

「奴はいったい何者だ⋯⋯化け物か⁉️」


 オークを皆殺しにした後、兵士達から称賛を交えた畏怖の声が聞こえる。


 化け物か⋯⋯これだけの魔物を全滅させたんだ。そう思われてもおかしくないか。


 兵士達は臨戦態勢をとりながら、こちらへとジリジリと距離を詰めてくる。


 まあいくらオークを倒したとはいえ、仮面を被っている俺は怪しさ爆発だからな。兵士達が警戒するのも無理はない。

 しかし改めて兵士達を見てみると皆傷だらけで、血が地面に滴り落ちている。このままだと死ぬぞ。


 俺は右手に魔力を込めると兵士達が慌ただしく動き始めた。


「我らも始末するつもりか!」

「やはり目的はミリアリス姫⁉️」

「ただでは殺られんぞ! せめて相討ち覚悟でお前も道連れにしてやる!」


 一応俺は君たちの命を救っているんだけど。

 もう何を言っても聞きそうにないから魔法を唱えてしまえ。


「【聖結界魔法サンクチュアリ】」


 光の結界が兵士達を包みこみ、俺との間に光の壁が展開する。


「くっ! なんだこれは! 外に出られん!」

「まさか先程のオーク達と同じ様に残虐非道な方法で我らを殺す気か!」


 ああもうそれでいいよ。そのまま大人しくしててくれ。オーク達にやれられた傷が回復するから。


 とりあえず兵士達は無視することにして探知魔法を使い、俺達の馬車がどこにあるか確認する。


 あれ? グレイ達がこっちに来ていない。というか一個小隊くらいの兵士がこっちに向かってきているぞ。ミリアリス姫の周囲に魔物もいないし、もうここには用はないか。


 俺は転移魔法を使ってこの場所を後にした。



「あっ? ヒイロちゃんお帰りなさい」


 俺は馬車の近くに転移した瞬間、リアナに出迎えられる。


「ただいま」

「ミリアリス姫を助けることは出来たの?」

「もちろんだ⋯⋯無事に助けることが出来たよ」


 ミリアリス姫の裸を見たなんてことは死んでも言えない。

 しかしボーカーフェイスで答えたのに、何故かリアナがジト目で俺の方を見てくる。


「本当かな? ヒイロちゃんのことだからまた何かしたんじゃないの?」


 こ、こいつ⋯⋯するどいな。


「な、何を根拠にそんなことを言うんだ」

「う~ん⋯⋯幼なじみとしての勘?」


 嫌な勘だなそれ。まさか勇者になったことによって嘘を見抜くスキルでも身に付けたのか。


「そ、それより何でこんな所に馬車を止めているんだ?」

「それに関しては俺から説明するぜ」


 声がする方を振り向くと馬車の中からグレイが現れた。


「実際対応したのは俺だからよ」


 対応した? ひょっしてさっき探知魔法で見た兵士達のことか?


「ヒイロと別れた後、俺達もミリアリス姫が襲われている場所に向かったんだが、突如アルスバーン帝国の兵士達が出てきてな。話を聞いてみたら港街セーレンから来たと言ってた。何でもシズリアで襲われたミリアリス姫の護衛をするために急いできたらしい」


 ミリアリス姫は一度シズリアの噴水広場で襲われているから、護衛の人数を増やすことはありえる話だ。


「だから兵士達に、今向こうの方に魔物がたくさんいますよって教えたら慌てて跳んでいったぜ」


 姫を護る兵士としては当然の選択だな。


「それでヒイロが戻ってくるちょっと前までは、俺らが魔物に襲われると危ないからって山の方の道は立ち入り禁止になってたんだ。まあヒイロなら魔物にやられることはないと思っていたし、ここでアルスバーン帝国の兵士と問題を起こすことは得策じゃないと考えて大人しく待っていた」


 兵士達と問題を起こしたことが上層部にバレたら、同盟どころじゃなくなるからグレイの選択は正しいだろう。

 だが今の話を聞いて、益々ミリアリス姫のあられもない姿を見たと言えなくなった。特にグレイは、姫とか関係なくても女の子の裸を見た俺を糾弾してくることは間違いないだろう。


「そ、そうなんだ⋯⋯さすがはグレイくんだ。その適切な判断に惚れ惚れしちゃうよ」

「ん? 何かお前いつもと様子が違くないか?」

「グレイくんもそう思う? やっぱりヒイロちゃんおかしいよね」


 や、やばい! バレるのを恐れて、ついうっかりグレイをくん付けで呼んでしまった。


「そ、そんなことないぞ。それよりそろそろ昼食の時間だ⋯⋯宿屋の女将さんがくれたパンを頂こうじゃないか」

「あれ? もうそんな時間? よく考えたら私もうお腹ペコペコだよ。早く食べよ」


 どうやらリアナは昼食のことで頭がいっぱいになり、俺への追求はなくなったようだ。

 良かった⋯⋯単純な娘で。


「そうだな。それじゃあ馬車の中で食べようぜ」


 グレイの案により、俺達は馬車の中へと入り、皆で昼食を取ることにした。



 昼食を食べ終った後、俺達の馬車の横を50名を越す兵士達が馬に乗り、駆け抜けて行く。

 どうやらミリアリス姫は、新たに追加された護衛達と合流し、港街セーレン方面へと向かっていくようだ。


「すごい数の護衛だね」


 皆はその数の多さに圧倒されていたが、俺としてはそれどころではなかった。正直な話、兵士達が通りすぎる時仮面の騎士が俺だとバレないかヒヤヒヤだった。冷静になって思い返して見れば、ティアが暗殺されようとした時も同じ様に裸を見てしまったが、仮面の騎士になっていたので俺だとわからないだろうと思っていたらあっさりと見破られてしまったことがあったからな。

 もし今、ミリアリス姫に仮面の騎士が俺だとバレたら、同盟が破綻となってしまう。


 頼むからこのまま通りすぎてくれ!


 しかし俺の願いも虚しく、1人の兵士が馬車の前で止まり、御者をしているグレイに何か話しかけている。


 ひぃぃぃ! 止まった!


 まさか馬車の中にいる犯罪者を引き渡せと言ってるんじゃないだろうな。

 けれど俺の予想ははずれ、グレイと一言二言言葉をかわすと兵士はそのまま馬に乗って走り去って行った。


「へ、兵士の方は何を言ってたんだ?」


 俺は2人が何を話していたのか気になってしまい、グレイに聞いてみる。


「ああ⋯⋯さっき俺達に話しかけてきた兵士で、この先の魔物は討伐されたからもう通って大丈夫だってよ」

「そ、そうか⋯⋯それは良かった」

「良かったってお前が倒したんだろ?」

「そういえばそうだったな⋯⋯はは⋯⋯」

「変なやつ」


 グレイには怪しまれてしまったけど、とりあえずミリアリス姫には俺の正体がバレていないと思って良さそうだ。


「足止めを食らっちまったから少し急ぐぞ。何とか夕方までにはボルチ村に着きたいからな」


 その言葉どおり、グレイは馬に鞭を入れて、馬車のスピードを上げるのであった。



 夕暮れの虫が泣く頃、山道の街道を進んでいた俺達は、一つの村へと到着する。


「ふう⋯⋯何とかボルチ村に着いたぜ」

「グレイさんお疲れ様です」

「万が一襲撃されることを考えると、野宿はしたくなかったからな」


 確かに野宿だと誰に襲われるかわからないし、見張りも立てなくちゃいけないので、今日中に村へ到着出来て良かった。


「えっと⋯⋯この村に宿屋はあるのかな?」


 俺は辺りを見渡すと、荷物をまとめ畑仕事から帰ろうしてる中年の男性がいたので声をかけてみる。


「すみません」

「何だ? おめえらは」


 ううん、何か機嫌が悪そうだぞ。だが1度話しかけてしまったため、何も聞かないわけにはいかないので俺は宿屋のことを訪ねてみる。


「宿屋の場所を教えて頂きたいのですが」

「宿屋? おめえ達のような余所者を泊める場所なんてこの村にはねえぞ! 早く村から出てけ!」


 中年の男性はそう言い放つとそのまま村の奥へと行ってしまった。

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