第230話 いざアルスバーン帝国へ

「3人共お疲れ様です」

「こっちは特に何も無かったから安心していいぜ」


 俺達は昨日宿泊した宿屋に戻ると、エントランスでティアとグレイが出迎えてくれた。


「ヒイロちゃんが来てくれたおかげで、何とか全員助けることが出来たよ」

「いやいやリアナとルーナが頑張ってくれたおかげだろ」


 実際、俺が来る前に大勢の人を救っているしな。

 今回爆発に巻き込まれた人を救ったことがリアナの自信になればいいけど⋯⋯ティアの護衛に入ってから普段通りに振る舞っているように見えるけど俺にはわかる。今のリアナはみんなに心配させまいと元気な振りをしているだけだ。

 アルスバーン帝国までの旅で、リアナが少しは元気になってくれればいいが⋯⋯。


「とりあえず1度部屋に戻って、詳しい話しを聞かせてくれよ」


 グレイの提案により、俺達は昨日宿泊した部屋へと向かった。



「ソルト司祭ですか⋯⋯」


 まずはリアナとルーナがティアに教会で起こった出来事を伝えた。


「確かにお父様が懇意にされていました。私も何度かお会いしたことがあります」


 ソルト司祭が言っていたことは本当だったようだ。これは警戒レベルを1つ下げてもいいかもしれない。


「それよりヒイロはどうだったんだ? お姫様を助けたんだろ? 何かお礼のキスでもしてもらったのか?」


 グレイの言葉を聞いてか、女性陣が一斉に俺の方へと視線を向ける。


「ふ、ふ~ん⋯⋯ヒイロちゃんはそういう目的でお姫様を助けたんだ」

「ヒイロくんは両国のお姫様ともフラグを立てたようですね」

「助けられてキスって⋯⋯そんな軽薄なお姫様はやめた方がいいですよお兄ちゃん」

「「「「えっ?」」」」


 ティアの言ったことに皆驚きの表情を浮かべる。


「ティアちゃんがそれを言う?」

「初めてお会いした時、ヒイロくんに助けられてキス⋯⋯していましたよね」

「わ、わたしはいいの!」


 何がいいのかわからないが、俺としては可愛い娘からキスされるのはうれ

 しいから何も言わない。


「くそっ! 今ヒイロの頬には、お姫様達の唇の温もりが残っているはずだ! 俺に舐めさせろ!」

「血迷ったことを言ってるんじゃねえ!」


 グレイが俺の顔に猛スピードで近づいてきたので必死に、いや死ぬ気で止める。


「それにキスなんてされてないから!」

「そうなのか?」

「そうだよ。俺は認識阻害魔法で仮面の騎士になっていたし、両国の姫もヴェールを着けたままだったから、顔すら見てない」


 助けたお礼にせめて姫達の顔を見てみたかったけど。


「まあ俺はヒイロを信じてたけどな」


 そう言ってグレイはようやく俺から離れてくれた。


 どの口がそれを言うか!


「それでリズリット姫とミリアリス姫を狙った人達はわかったの?」

「いや、それはわからなかったけど――」


 俺は両国の姫が襲われた状況を皆に話す。


「投げナイフと爆弾で攻撃されただと⁉️」

「ああ、それとどうもリズリット姫が優先して狙われていた気がする」


 本人も認めてたしね。


「おいおい大丈夫かよ。このままだとルーンフォレストに行くまでにまた襲われるんじゃねえ?」

「そうかもしれない」

「だったら⋯⋯」

「だけど⋯⋯それでも今おかしくなっている国を救うんだと言ってたよ」

「ですがそれで殺されてしまっては⋯⋯」


 グレイとルーナの気持ちはわかる。けどリズリット姫から感じた決意は、赤の他人である俺が言っても揺らぐことはないように思えた。


「シズリアの街を出れば、ルーンフォレストもアルスバーンも多くの兵士を護衛に付けるはずだから大丈夫だろ」

「そうだな⋯⋯1度襲われているし、今まで以上に厳重に警戒するだろうな」

「それに俺達にはアルスバーン帝国と同盟を結ぶために、ティアを護衛する役割があるだろ?」

「そう⋯⋯ですね。申し訳ありませんヒイロくんの奴隷なのに意見してしまって」

「いやそれは気にしなくていいから」


 またルーナは奴隷であることを強調してくる。


「そ、それよりリアナとルーナは疲れただろ?」

「そうだね。こんなに魔法を使ったのは初めてだよ」

「私もです」

「それじゃあ今日はもう解散して、明日の旅に備えよう」


 2人が疲れているのは明らかだったため、特に俺の意見に異論はなくこの日は解散となった。



 翌日


「ええ⁉️ まだ街から出ることができないの!」

「申し訳ないね。まだお姫様達を襲った犯人が見つからなくてね」


 俺達は翌朝、宿屋を出発しアルスバーン帝国へと向かうためシズリアの街の東門へと向かったのだが、門番をしている方に外へ出るのを止められてしまう。


「上からのお達しで誰も通すなと言われてるんだ」


 まだ見つからないのか。ルーンフォレストの方に逃げたんじゃないか?


「けどよ、あそこにいる馬車は通っていくぜ」


 グレイが指差す方を見てみると豪華な馬車が一台、シズリアの街を出るところだった。そして街の外には一個小隊ほどの兵士がいる。


「あそこにいる方々は絶対に犯人ではないからね」


 あれは⋯⋯ミリアリス姫の馬車だ。


「お姫様の馬車か⋯⋯ならしかたないな」


 このままここにいてもしょうがないので、俺達は昨日、一昨日と宿泊した宿屋へと向かうことにした。


「どうするよ。ここままだといつアルスバーンに行けるかわからないぜ」


 俺の隣でグレイが馬車の運転をしながら話しかけてくる。


「認識阻害魔法で兵士になって、堂々と出て行くか」

「ですが、もし見つかってしまったら⋯⋯それに聖職者の紋章を持つ者として、その方法はあまりお勧めできません」


 ルーナが背後から最もな意見を上げてくる。


 う~ん⋯⋯本当にどうするか。最悪もう一泊してもいいけどいつ検問が解けるかわからないしなあ。


 俺達3人は良い方法がないか考えるが、何も思いつかない。


「おお、ヒイロさんとルーナさんじゃありませんか」


 突然どこからか声をかけられ辺りを見渡すと、そこには昨日教会で会ったソルト司祭がいた。


「「ソルト司祭」」

「昨日はお世話になりました。今日はこれからどこかへお出かけですかな?」

「いえ、アルスバーン方面へ行きたかったのですが、昨日の襲撃事件の影響で東門を通ることができず、途方に暮れていた所です」

「そうですか⋯⋯まだ犯人は捕まっていないのですね」


 どうせなら襲撃の時シャドウを捕まえれば良かったか⋯⋯いやお姫様達があの場に留まれば、それだけ周囲の被害が増えたはずだ。人命を優先する為にはあの時の判断は間違ってなかったと思う。


「それでは私も一緒に東門へと行きましょうか」

「えっ? どういうことですか?」

「東門を統括している隊長さんとは顔見知りなので、私がいれば通してくれますよ」

「本当ですか⁉️」

「ええ、ヒイロさん達には多くの命を救って頂きましたからこれくらいのことはさせて下さい」

「ありがとうございます」


 渡りに船とはこのことだ。もう1日くらい足止めされるかと思っていたが、ソルト司祭のお陰ですぐに出発することができそうだ。


「では東門まで馬車に乗せて頂いてもよろしいですかな?」

「どうぞお乗りください」


 俺達の話しを聞いていたのか、ティアがソルト司祭に馬車に乗るよう促す。


「では失礼致します」


 そしてソルト司祭は馬車の中へと入る。


「こんにちはソルトさん」

「おお、やはりリアナさんもいらっしゃったのですね。それとあなたは⋯⋯」

「久しいですねソルト」

「ティア王女⁉️ まさかこのような所でお会いするとは⁉️」

「昨日は大変だったようですね」

「いえいえ、リアナさんやルーナさん、そしてヒイロさんが居てくださったお陰で多くの命を救うことができました」

「それは何よりです」

「なるほど⋯⋯3人はティア王女の護衛ということですか、道理で若いのに腕が立つはずですね」


 ティアとソルト司祭は和やかに話しをしている。一瞬ソルト司祭をティアに会わせていいものかと考えたが、昨日探知魔法で視ても怪しい所はなかったので、どうやら杞憂だったようだ。


 久しぶりの再開で話が盛り上がっている2人には申し訳ないが、馬車は東門へと到着する。


「どうした? 何か忘れ物か? ここは通せないってさっき言っただろ?」


 先程俺達を担当した兵士が、再度馬車の行く手を阻む。


「トールさん」


 ソルト司祭が馬車を降りて、兵士に声をかける。


「これはソルト司祭。本日はこのような場所にどうして⋯⋯」

「この方々を通して頂けませんか? 身元については私が保証致します」

「ソルト司祭のお知り合いの方ですか?」

「ええ⋯⋯古くから知っている方です」

「そうですか、わかりました。どうぞお通り下さい」


 本当にあっさり通れたよ。


「でもどうして⋯⋯」

「ふぉっふぉ、まあ長く生きていると色々な貸しがあったりするものですから」


 なるほど。何を貸しているか気になる所だけど今の俺達にはアルスバーン帝国への道が開けただけで十分だ。


「それでは皆様、道中お気をつけ下さい」

「ソルト⋯⋯世話になりました」

「いえいえ、あなた様のお力になれただけで嬉しく思います」

「今度はもう少しお話しできるといいですね」

「私もその日を心よりお待ちしています」


 こうしてソルト司祭が力を貸してくれたお陰で、俺達はシズリアの街を出発し、アルスバーン帝国へと向かうのであった。



「おっと、ここが分かれ道だな」


 馬車で街道を走って3時間ほど経った頃、道が左右に分かれており、その前には看板が立っていた。


 右 港街セーレン

 左 ボルチ村 山道魔物注意


「おいおい、これはどう見ても左には行きたくないぞ」


 確かにグレイの言うとおり、この看板の文字を見て左に行くのは、余程のバカか、腕に覚えがある奴だけだろう。


「それにしてもこの左の看板、右の看板と比べて新しくないか?」


 2つの看板を見比べると右の看板は木がボロボロになっていて年季を感じる。片や左の看板はまるで今立てたかのように新品で破損している部分など皆無だ。


「確かにヒイロちゃんの言うとおりだね。魔物が出始めるようになったのは最近なのかな」


 確かにリアナが言うように考えるのが普通だ。


「お兄ちゃん、どうしましょうか?」


 安全を取るなら港街セーレンを行くのが正しい。だが⋯⋯。


「当初の予定通り左に行こう。シズリアで足止めをされたこともあるけど、姫達が襲撃されて両国の戦いがいつ始まってもおかしくない。なるべく早くバールシュバインへ向かった方がいいと思う」


 戦争が始まってしまったら、俺達も巻き込まれるかもしれないからな。


「ちっ! ヒイロの言うとおりだな。だけど索敵だけはしっかりしてくれよ。いきなり魔物に襲われるのはゴメンだ」

「わかってるよ」


 俺はすぐに探知魔法を使って周囲を確認すると、予想外の出来事が視えた。

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