第229話 治療の後

 教会で負傷者の治療を終えた俺とリアナとルーナは、疲れのせいかその場に座り込んでしまう。


「おお⋯⋯あなた方のおかげで多くの命を救うことが出来ました。本当にありがとうございます」


 この教会の神父がシスターを連れて、俺達に向かって頭を下げてくる。


「困った時はお互い様だよ」


 リアナの言うとおり、あの負傷者達を見て何もせずにいることはできない。


「よろしければお名前を教えて頂きたいのですが」


 どうする? 俺やルーナはまだしも、勇者であるリアナのことを伝えてもいいものか⋯⋯この神父が、戦争が起こる原因をどれだけ知っているかわからないが、迂闊なことは言わない方が良いかもしれないな。

 中立都市とはいえ、もしこの神父達がルーンフォレストよりの人間だった場合、俺達を捕まえようと行動する可能性が高い。


「リアナだよ」

「ルーナです」


 しかし人を疑うことを知らない2人はあっさりと名前を言ってしまう。

 もう少し危機意識を持ってほしいが、この人を信じる心が2人の良いところだからな。


「⋯⋯ヒイロです」


 俺だけ言わないのはおかしいので、仕方なく名前を伝える。


「ヒイロさん、ルーナさん、そして⋯⋯リアナさんですな。私はシズリア南地区の教会で司祭をしていますソルトと申します」


 ソルトさん白髪で優しそうな顔をしており、その丁寧な物腰からも聖職者が似合いそうな雰囲気を持っている。


「それにしても⋯⋯3人共すばらしい回復魔法をお使いになられますね。おそらくルーナさんの職業は僧侶ですね。ですがヒイロさんの職業はわかりませんでした⋯⋯まさか聖女様⋯⋯いえ、聖者様でしょうか?」

「はは⋯⋯そんな大層な職ではありませんよ」

「そうですか、逆に何の紋章をお持ちなのか気になりますが、余計な詮索はしないでおきましょう」


 紋章を知られると弱点などを調べられてしまうため、基本どの紋章を持っているか教える者はいないことをソルトさんはわかっている。

 それにしてもこの人は⋯⋯今の言葉であることがわかってしまった。あえて言わないでくれるということは少なくとも敵ではないということか、それとも秘密裏に兵を集めて襲うつもりなのか⋯⋯。


「それで皆様に多くの命を救って頂いたお礼を差し上げたいのですが⋯⋯」


 ソルトさんの申し出に俺達は顔を合わせて頷く。


「お礼はいらないです」

「私達は当たり前のことをしただけだもん」


 ルーナとリアナがソルト司祭からのお礼を断る。


「あなた方がいらっしゃらなかったらどれだけの命が失われたか⋯⋯少ないですが遠慮せず受け取って下さい」


 そう言ってソルト司祭は懐から数枚の金貨を渡してくる。


「いえ、このお金は負傷者の治療で無くなってしまった回復薬に使ってください。もしそれでも納得がいかないのであれぱ、俺達がここでやったことを秘密にして頂けませんか?」

「⋯⋯承知しました」


 ソルト司祭はなぜそのようなことを言うのか疑問を持ち、俺に何か質問をしてくるかと思ったけど特に何もなく、こちらの言うことに頷いてくれた。


 やはりこの人はリアナが勇者だと気づいているな。


「それでは俺達はこれで失礼します」

「ヒイロさん、リアナさん、ルーナさん、本当にありがとうございました。あなた方に神の導きがありますように⋯⋯」


 俺達はソルト司祭に背を向け、教会の外へと通じる扉へと向かう。


「おっと、1つだけお伝えすることを忘れていました」

「なんでしょうか?」


 まさかリアナが勇者だということか⁉️

 俺はいつ襲いかかられてもいいようにソルト司祭の動向を注視する。


「私は以前、メルビアの教会に赴任していたことがありまして、ディレイト王やティア王女とも懇意にさせて頂いていました。ですからご安心下さい」

「わかりました」


 俺はこの言葉を聞いて少しほっとする。

 そして俺達は改めて教会の外へと足を向けるのであった。



「ヒイロくん⋯⋯帰り際に司祭様がメルビアのお話をされたのって⋯⋯」


  教会の外へ出た後、直ぐ様ルーナが先程の俺とソルト司祭のやりとりを疑問に思ったのか質問をしてきた。


「簡単に言ってしまうとリアナが勇者だと気づいているけど、ソルト司祭はメルビアの味方だから、ルーンフォレストに通報することはしませんってことだ」

「「えっ⁉️」」


 ルーナもリアナも俺の言葉に驚きの表情を浮かべる。


「な、何でそんな話しになってるの⁉️ 私、何かしゃべっちゃった?」


 リアナが慌てた様子を見せる。


「強いて言うなら、名前を告げたことだな」

「「あっ⁉️」」


 2人は俺に名前のことを指摘され、しまったという表情をする。


「ご、ごめんなさい」

「申し訳ありません。迂闊な行為でした」

「まあそれは気をつけてくれ。もしソルト司祭が敵だったらこれからルーンフォレストの兵士に取り囲まれるだろう」


 2人は俺の言葉を聞いて辺りを警戒し始める。


「大丈夫、敵じゃないって証明するためにディレイト王と懇意にしているって去り際に告げてくれたんだ」

「そ、そうなんだ」


 リアナとルーナは安心した表情を浮かべ、安堵の息を吐く。


「ですがなぜソルト司祭はリアナさんのことを御存知だったのでしょうか?」

「詳しくはわくらないけど入学式や勲章をもらった時にいたのか、それともさっき治療で使った回復魔法でバレたのかもしれない」


 聖属性の魔法が使える紋章は少ない。聖女や勇者、後は俺みたいによくわからない紋章を持つ者だけだ。

 リアナは服装からいって聖女には見えないからソルト司祭は勇者だと予想したのだろう。


「それに回復魔法を褒めた時、俺とルーナのことは言葉にしたけど、リアナのことはわざと言わなかった気がする」


 教会には負傷者を含め大勢の人がいた。もしソルト司祭が勇者だと口にしたらパニックになっていただろう。


「ちょっと軽率だったね⋯⋯勇者だということが知られたのがソルトさんで良かったよ」


 とはいえ俺の考えはあくまでも憶測の範疇だから、教会を出た後直ぐに探知魔法を唱え、ソルト司祭が怪しい行動をしていないかチェックしている。


「兄ちゃん!」


 俺達は宿屋に向かって歩いていると、教会の方から先程魔法で治療したゴンくんとナナちゃんの兄妹が走ってきた。


「私の傷を治してくれてありがとうございました」


 ナナちゃんが丁寧に頭を下げてお礼を言ってきた。

 まだ5、6才くらいだろうに、ちゃんとお礼が言えて偉いな。


「ナナが兄ちゃんにどうしてもお礼が言いたいっていうから⋯⋯それにナナを治していくれたら何でもするって兄ちゃんと約束したからな」


 ゴンくんは中々律儀な少年だな。


「元気になってくれたらならそれで十分だよ⋯⋯ねっヒイロちゃん」

「そうだな⋯⋯けど男と男の約束だから2つだけいいか?」

「「えっ⁉️」」


 リアナとルーナは、俺がゴンくんにお願いをするとは思わなかったのか、声を上げる。


「う、うん。男と男の約束だからな」


 ゴンくんは緊張した面持ちで、俺の言葉を待っている。


「1つは⋯⋯強くなってナナちゃんを守ってあげること」

「わ、わかった」

「お兄ちゃんはドッカーンてなった時も私を抱きしめて庇ってくれたよ」


 ゴンくんは偉いな。あの状況でナナちゃんを守ろうするなんて大した少年じゃないか。


「そっか、それじゃあもう1つは⋯⋯ナナちゃんといつまでも仲良くすることだ」

「そんなのいつもやってることだからお願いになってないよ」

「ナナ、お兄ちゃんのこと大好きだよぉ」


 この仲が良い兄妹を見て、俺達の心はほんわかと暖まる。


「お兄ちゃんからはその2つだ。ちゃんと守ってくれよ」

「わかった⋯⋯俺、兄ちゃん達みたいに強くなってナナを守ってみせるよ」


 こうして俺はゴンくんと男と男の約束を交わして、ティアとグレイが待つ宿屋に戻るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る