第215話 勇者の想い
「リアナ!」
慌てて駆け寄るとリアナの顔は顔面蒼白で、呼吸が乱れていた。
「急いで部屋へ! お医者さんの手配をお願いします」
ティアの指示でメイドさん達がテキパキと動き始める。
「ご、ごめんね⋯⋯」
「いい、しゃべるな!」
迂闊だった⋯⋯15歳の少女が、自分のせいで戦争が始めると聞かされたら正気でいられるわけがない。
俺はリアナを抱きかかえ、急ぎ医者が待つ部屋へと運んだ。
「身体に異常は見られませんね⋯⋯おそらく精神的なものなので、自室に戻って大丈夫ですよ」
「⋯⋯わかりました」
女医の診断は、思った通りというかやはり身体の問題ではなかった。
リアナは真面目だから、どうしてもルーンフォレストとの戦争について、自分のせいだという考えてしまうのだろう。
「リアナちゃん気にすることないぜ」
「そうよ! あのランフォースとかいう奴⋯⋯今度あったら私がぶんなぐってやるわ」
「もしリアナさんの件がなかったとしても、私が襲われたデュランという騎士のことを持ち出してきたはずですから、気になさらないで下さい」
皆は優しい言葉をリアナにかける。
「心配かけちゃってごめんね⋯⋯もう平気だから」
そう言って身体を起こそうとしたが、よろけて倒れそうになったため、俺は身体を支える。
「⋯⋯ヒイロちゃんありがとう」
「たくっ⋯⋯辛いなら辛いって言えよ。嘘ついても俺にはわかるからな」
リアナは昔からそうだ。
本当に辛い時は、人には言わない。
だから今、リアナがよろけることを予測することができ、地面に倒れる前に支えることができた。
他人のことになると無茶をするくせに、自分のこととなると我慢する⋯⋯ほんと困った勇者だよ。
「リアナさん無理しないで下さいね」
「そうですよ⋯⋯ヒイロさんこのままリアナさんの部屋まで連れていって上げてください」
ルーナとマーサちゃんも心配そうな顔でリアナを見ている。
「そう⋯⋯だね⋯⋯ヒイロちゃんお願いできる?」
「ああ」
本当にここにいる仲間は、リアナを含めいい奴ばかりだ。
だからこそランフォース⋯⋯お前だけは許さない!
俺の仲間に手を出す奴はどうなるか思い知らせてやる。
必ず貴様の命を奪いに行くから、首を洗って待っていろ。
そう心に誓って、俺はリアナを部屋まで連れていった。
部屋に到着すると、俺はリアナをベッドまで運び、横にさせる。
「さっきみんなも言ってたけど、戦争になったのはリアナのせいじゃないからな。ランフォースはリアナのことやティア達のことがなくても、絶対に同じ様に宣戦布告をしてきた⋯⋯だから気にするな」
「や、やだなあヒイロちゃん⋯⋯私は気にしてないよ」
その顔は気にしてないって顔じゃないだろ。
リアナはいつもの笑顔がなく、明らかに沈んだ表情を見せている。
「何かあったら相談しろ。少なくともここにいる人達は、頼れる人ばかりだろ⋯⋯ほら、リアナが得意の一生のお願いを使って」
「ふふ⋯⋯なにそれ⋯⋯変なことを言わないでよ」
少し笑顔が戻ってきたかな。
「それじゃあ俺は行くけど、ゆっくり休めよ」
いくら幼なじみだからといって、男の俺がいたら気が休まらないだろう。
「ま、まって⋯⋯」
ベッドに背を向け、部屋を出ようとしたその時、背後から聞こえてきたか細い声が俺を引き止める。
「もう少し部屋にいてほしいかな⋯⋯ほら、今まで忙しくてあまりお話もできなかったから⋯⋯」
確かにメルビアに来てからは、リアナと2人で話す機会はほとんどなかったな。
それに一人になると、逆に色々考えてしまうかもしれない。
俺は部屋の外へと向けていた足を止め、ベッドの側にある椅子に座る。
「そうだな⋯⋯リアナは何か話したいことがあるのか?」
もしかしたら今回の件について、自分の考えを話してくれるかもしれない。
こっちから聞くのは、傷を抉るようで迷っていたが、リアナ本人から話してくれるのなら、はきだしてくれた方がいい。口に出すことによって楽になることもあるから。
「えっと⋯⋯エ、エルミアちゃんとアリエルちゃん助かって良かったね」
リアナは昨日あった巫女の話題を振ってきた。
「まあ一か八かの賭けだったけどな」
だけど助けることができた2人を見て、チャレンジして本当に良かったと改めて思った。
「いつから2人をゼヴェルから救出しようと思ってたの?」
「レナから⋯⋯ゼヴェルは巫女が封印した姿と聞いた時かな。巫女の紋章なんて聞いたことがなかったから、おそらくエルフが授かりやすい紋章だと推測できた。後は寿命が長いエルフなら【
何たってあらゆる異常を治す魔法だからな。
「それで自分が死ぬかもしれないのに?」
リアナは少し怒った顔でこちらを見てくる。
「⋯⋯助けられる命は助ける。それにレナが同じ様にゼヴェルになるかと思ったら⋯⋯巫女を絶対に救いたかった」
後1つ付け加えるとしたら、救うのは善人だけで悪人は容赦なく処分する⋯⋯リアナには言わないけど。
「すごいなあヒイロちゃんは⋯⋯紋章を授かって元魔王を倒して⋯⋯力を失っても諦めないで⋯⋯そして色々な人を助けて⋯⋯」
「リアナだってマーサちゃんが拐われた時、街の人を護ったじゃないか⋯⋯それに今回のゼヴェル討伐だって、みんなの力があったからこそ勝てた」
「⋯⋯私の力なんて⋯⋯結局ルーンフォレストでもヒイロちゃんに助けてもらわなきゃ⋯⋯」
死んでいた⋯⋯そう言おうとしていたので、俺は言葉を遮る。
「俺だって⋯⋯俺だって一人じゃ勝つことはできないよ。仲間がいるから戦えるんだ」
リアナは俺の言葉を聞いて、目線を横に逸らす。
「ねえヒイロちゃん⋯⋯勇者って⋯⋯勇者ってなんだろうね」
「世間一般で言うなら、皆の希望かな」
魔王ヘルドを倒したアレルによって、勇者は皆の憧れ、世界を照らす光と示唆されるようになった。
「私⋯⋯教会で勇者の紋章を授かった時⋯⋯すごく嬉しかった。みんなの役に立てる⋯⋯ヒイロちゃんと冒険に出られるって⋯⋯けど私はみんなの希望どころか、ルーンフォレストで⋯⋯」
ランフォースが先導していたとはいえ、民達に心無い言葉を浴びせられて、魔物に差し出された。
「なんで私なんかが勇者なのかな⋯⋯」
今リアナは思い悩んでいる。ルーンフォレストであったこと、そして先程聞いた宣戦布告に、自分が関与していると思い込んで。
だがそれらは全てランフォースに仕組まれたことで、誰が勇者であろうと同じような結果になったはずだ。
「リアナ⋯⋯俺はさ、リアナが勇者で良かったと思っているよ」
「な、なんで?」
「リアナのすごい所は、勇者の力じゃなくてその心にある⋯⋯自分のことより他人のことを優先して考えられるなんて、普通はできないよ」
「そんなことヒイロちゃんだって⋯⋯」
「いや、俺は違う」
俺は悪と決めた奴に関しては平気で斬り捨て、命を奪うことができる。だがリアナはできないだろう。
「教会でリアナが勇者の紋章をもらった時驚いたけど、それ以上に納得した部分が俺の中にあったよ。誰よりも優しさを持つリアナが勇者に相応しいって」
リアナならきっと紋章の力を正しいことに使うことができる。
「確かに今はうまくいってないかもしれない。けど俺達の冒険はもう終わりなのか? まだ始まったばかりだろ? 勇者が相応しいかどうかなんてまだ決められることじゃない」
「ヒイロちゃん⋯⋯」
「だから今は余計なことを考えず、元気になることだけを考えろ⋯⋯もし寝れないなら添い寝でもしてやろうか?」
俺は冗談交じりで言う。
「べ、別にいいよ⋯⋯けど⋯⋯私が寝るまで手を握ってもらってもいいかな」
「わかった」
リアナの冷たい手が俺の手を握ってくる。
そういえば手を繋いだの久しぶりだな。昔はよく遊んでいた時に繋いだりしたけど。
小さい時は同じくらいの大きさだったけど、今では俺の方が大きい。それだけ俺達は大人になったのだろうか。
「えへへ⋯⋯」
リアナが突然笑いだした。
「どうした?」
「ヒイロちゃんと手を繋ぐの久しぶりだなって思って」
「俺も同じ事を考えてたよ」
「そうなんだ」
リアナに笑顔が戻ってきたことは良いことだが、まだ本調子とは程遠い。いつものとろけるような笑顔じゃない。
まあ今回の件はすぐに解決するようなものじゃない。少しずつ自信を取り戻せるよう俺もなるべくサポートしよう。
そんなことを考えていたら、リアナの手から力が抜けていたので視線を向けると、軽い寝息を立てていたため、俺は手を離す。
良い夢が見れるといいな。
そして俺はリアナに背を向け、部屋を出るのであった。
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