第207話 魔界獣ゼヴェル(12)
「おい! ヒイロが頭から落ちてるぞ!」
「ヒイロちゃん!」
グレイとリアナが悲痛の叫びを上げている中、1人の少女がヒイロを助けるべく、既に行動を起こしていた。
ラナside
ヒイロは姉さんを長年の呪縛から解き放ってくれた。
それに私も何度も救ってもらった。
今のヒイロは、ゼヴェルを倒した代償で身体がボロボロで意識がない。このまま地面に叩きつけられたら取り返しのつかないことになっちゃう。
そんなの⋯⋯そんなの私が許さない!
「今度は私が⋯⋯私がヒイロを助ける番よ!」
ヒイロを⋯⋯大好きな人を受けとめる。この役目は誰にも譲れない。譲りたくない!
「【風神】!」
私はスキルを使い、風を切るスピードでヒイロの元へと一直線に向かう。ゼヴェルが死んだため、小型ゼヴェルも滅び、私を邪魔するものはいない。
「お願い! 届いて!」
落ちてくるヒイロがスローモーションに見える。
後⋯⋯少し⋯⋯届いた!
けれど勢いがありすぎたのか、ヒイロを受けとめた際に止まることができず、地面を転げ回ることとなった。
何とかヒイロに怪我をさせないよう、私はヒイロを包みこむように抱きしめる。
「いたっ!」
身体中が擦り傷で痛みを感じるけど、土煙が舞う中、私は腕の中にいるヒイロを護ることができた。
ヒイロside
「いてっ!」
身体が火傷と擦り傷の痛みで、俺は失っていた意識を取り戻す。
目を開けるとそこは、柔らかい感触があるラナさんの胸の中であった。
ひょっとしたらゼヴェルを倒した時、意識を失って落下した俺を受け止めてくれたのか。
「ラ、ラナさん⋯⋯ありがとう⋯⋯」
俺はかろうじて出すことができた声で、ラナさんにお礼を言う。
「ヒイロ大丈夫⁉️ 今回復魔法をかけてもらうからもう少しまってね!」
視線の先には、城壁からこちらに向かってくる仲間達の姿があった。
その中にはルーナとティアもいる。どうやらゼヴェルを倒したことで石化が解けたようだ。
「ラナちゃん、ヒイロちゃんを助けてくれてありがとう!」
「凄い速かったわね⋯⋯これも愛の成せる業からしら」
レナの言葉を聞いてラナの顔が一瞬で真っ赤になる。
「な、な、な、何を言っているの姉さん! 仲間を助けることは当然でしょ!」
「もうその様子を見て黒だと思うけどね⋯⋯ラナは本当に可愛いわ」
「そ、そんなことよりルーナ! 早くヒイロに回復魔法を!」
「誤魔化したわね」
レナの言葉に皆同意する。
意識を保つので精一杯なため、何を言ってるのかよくわからないが、早く治してくれ⋯⋯このままだと本当に死んでしまう。
そして俺は目を閉じかけたが、ルーナが回復魔法を唱えてくれたおかげで、何とか助かることができたのであった。
「ヒイロくんありがとう」
傷が癒えた俺に対して、レナがお礼を言いながら胸に飛び込んでくる。
「いや俺の方こそ助かったよ。石になった時はもうダメだと思ったけど⋯⋯」
あの時誰かが石化を解いてくれなかったら、俺はゼヴェルに負けていただろう。
「何言ってんだヒイロ。石化を解いたのはお前だろ?」
「いや俺は何もしてないぞ」
紋章に願いはしたが、紋章から何かが発動した感じはしなかった。
「ひょっとしてザイドが助けてくれたのか」
「あれ? そういえばザイドさんは何処にもいませんね」
俺達は辺りを見渡すが、既にザイドの姿は見えなかった。
まあ本来は敵同士だから、いつまでも馴れ合いはしないってことなのかな
。敵ではあるけど次にあった時に礼を言いたい。
そうしないとザイドと戦う時に、何かモヤモヤしたものが残って全力で力を出せないからな。
「ヒイロが光出して驚いていたから、ザイドじゃないと思うわ。けど勝手にいなくなるなんて⋯⋯敵だけどせめて礼は言いたかったわ」
どうやらラナさんも俺と同じ気持ちのようだ。
「ザイドちゃんは照れ屋なんだよ。お礼を言われるのが恥ずかしくて、みんなに気づかれないように立ち去ったと思うな⋯⋯私は」
リアナの言葉に皆苦笑いをする。
2メートルを越す巨体をもつ魔獣軍団団長が恥ずかしがり屋だって? ありえないだろ。だが本当にそうだったら面白そうだ。
「それなら俺は石になっていて気づいてないだけで、【門と翼の紋章】が力を貸してくれたのか?」
「そうかもしれませんね。ヒイロくんの紋章は何の紋章かわかっていませんから」
何か釈然としないが、ここにいる仲間達が何もしていないというなら紋章の力だったということか。
マーサside
みんなは何も言わないならやっぱり気のせいだったのかな。
ヒイロさんが石になった時、私にはヒイロさんの背中が光ったように見えた。そしてただ光だけではなくて、あれは鳥? いえ⋯⋯そう輝く翼に見えた。
ただ私の見間違えかもしれないので、このことを言う必要はないかな。
今はゼヴェルを倒してみんな喜んでいるし。
ヒイロside
「それにしても危うく死ぬ所だった」
俺は思わず言ってしまった言葉に、皆が神妙な顔つきでこちらを見てきた。
「ヒイロちゃんのバカ! 何であんな無茶をしたの!」
「そうですよ! もしヒイロくんが死んだら奴隷の私はどうなるのですか!」
「お兄ちゃんは自分の命を軽く考えすぎだよ!」
「わ、私は別に心配してないけどね⋯⋯うそよ! 凄く心配したわよ!」
「去り際にあんな事を言って⋯⋯」
「ヒイロくん⋯⋯私の代わりに死ぬつもりだったでしょ!」
女性陣が涙目になりながら俺を問い詰めてくる。
「もし石になってもゼヴェルを倒せば元に戻るかなと⋯⋯」
皆の形相が険しくなってきたので、思わず語尾が小さくなってしまった。
「そ、それにもし石化が戻らなくても、ルドルフさんが治してくれるかなあ⋯⋯なんて」
皆が下を向いて黙ってしまう。何か言われるより逆に怖いぞ。
「⋯⋯やだよ⋯⋯ヒイロちゃんが死んじゃったら私⋯⋯」
「ルドルフさんも絶対に石化が解けるわけじゃないですよ⋯⋯」
「お兄ちゃんに何かあったら私は⋯⋯」
「ヒイロには借りがたくさんあるんだから⋯⋯」
「無茶はしないで下さい⋯⋯」
皆が涙を流し、泣いてしまう。
まいったな。これはどうすればいいんだ。
俺はグレイに助けを求めるため、アイコンタクトをしたが、「お前が悪いと」と一蹴されてしまった。
「みんなの言うとおりよ。だってヒイロくんは、私と恋人になって恋愛を⋯⋯恋を教えてもらうことになっているから♥️」
「「「「「「「えっ⁉️」」」」」」」
思わず俺も声を出してしまった!
ど、ど、どうしてそんなことになっているんだ! 聞いてないぞ!
「ヒイロちゃん⋯⋯どういうことかな、かな」
「奴隷の私には何もしてくれないのに⋯⋯」
「あ、あなたまさか! ゼヴェルを倒したら俺と付き合えって姉さんにせまったのね! 最低だわ!」
「これはお父様に言って処罰してもらわないと⋯⋯私も裸を見られたし⋯⋯」
「私という婚約者がいて、どうしていつもいつも浮気をするの!」
「いやいやいやいや! そんな脅迫みたいな約束してないよ!」
まったく身に覚えがないのに冤罪をかけられるなんて、たまったもんじゃない!
「レナさんはヒイロの奴隷だったんだろ? その時に無理矢理【聖約】を結んだんじゃねえ」
「黙れグレイ!」
さっきまでみんな泣いていたのに、今は般若のごとく怒り顔に変わっている。
「最低だよヒイロちゃん!」
「ちょっとまて! そんな約束も【聖約】もしてないから!」
レナさんは何でこんな嘘を⋯⋯まさか一時的とはいえ奴隷にしたことを根に持っているのか!
「ヒイロくんひどい! 昨日⋯⋯月が綺麗な夜に言ってくれたじゃない!」
これは演技か? 真に迫り過ぎて、何だか俺が約束を破ったんじゃないかと錯覚に陥りそうになる⋯⋯本当に約束してないよな?
「恋愛でも何でも俺が教えてやるって、女神アルテナ様に誓ったよね」
「アルテナ様に!」
アルテナ教信者のルーナは過剰に反応を示す。
「そうなの⋯⋯ヒイロちゃん!」
「いや、それはその⋯⋯」
た、確かに近いニュアンスで言ったけど、都合のいい所だけ切り取って話してないか⁉️
「言ったなこれは。完全に黒だ」
グレイが更にみんなを煽るような言い方をして、俺の株を下げようとする。
「昨日私達がゼヴェルを倒す作戦を真面目に考えている時に、ヒイロは姉さんを口説いていたのね」
「ヒイロくんのこと見損ないました」
「最低です」
「お兄ちゃんはそんなにハーレムを作りたいのですか」
「悪に染まっちゃったんだねヒイロちゃんは⋯⋯」
皆がジリジリと俺に迫ってくる。
こ、こうなったらもう⋯⋯やることは1つ!
「は、早くゼヴェルを倒したことをディレイト王に知らせなきゃ!」
「あっ! 逃げた!」
俺は全速力でメルビア城へ逃げ出した。
とりあえず俺はみんなから隠れるため、自分の部屋へと向かう。
本当はもっとバレにくい場所に行きたいが、もう今日はゼヴェルを倒して疲れたから寝たい。
俺は
「なんじゃ⋯⋯夜這い? いや今は太陽は真上に来てるから昼這いに来たわけではないのか」
「だ、誰だ!」
突然布団の中から女の子っぽい声が聞こえた。
いくら疲れているからといって油断し過ぎだろ俺!
俺は直ぐ様布団を剥ぎ取ると、そこには可憐なエルフの少女が2人、ベットに横たわっていた。
裸で⋯⋯。
綺麗だ⋯⋯エルフということで容姿は美少女で、まだ汚れのない青い果実という年齢だが、シミ1つない白い肌が、何やら今まで感じたことのない色気を出している。
おかしいな⋯⋯俺ってロリコンじゃなかったよな。
「さ、さすがにそこまでマジマジと見られると妾も恥ずかしいぞ⋯⋯」
何やら時代がかったしゃべりをする少女が顔を恥じらい、布団で体を隠す行為をする。
ちなみにもう一人のエルフも美少女だが、しゃべらず、そして表情が変わらないため、何を考えているのか読めない。
「なんじゃその顔は? お主がゼヴェルから妾達を助けてくれたのじゃろ」
わ、忘れてた! ゼヴェルを倒すことに集中してて、その後気を失ったから、巫女2人をこの部屋に転移させたことを!
「まさか忘れていたのか?」
「そ、そ、そんなことはない! 覚えているよ⋯⋯うん」
「本当かのう⋯⋯」
時代がかったしゃべり方をする少女は疑いの眼差しを俺に向けてきた。
そしてもう一人の少女はなぜか裸のまま俺を抱きしめてきた。
う、う、嬉しくなんかないぞ! これっぽっちも全然!
だが少女のその行為が、俺の寿命を縮めることになるとは思わなかった。
トントン
突如部屋のドアがノックされる。
「ヒイロちゃんいる?」
「い、いないぞ」
しまった! 動揺して思わずリアナの問いに答えてしまった!
「いるじゃない⋯⋯さっきはごめんね。レナさんから本当のことを聞いたからみんな怒ってないよ」
「そ、そうか⋯⋯それは良かった」
誤解が晴れたのであれば何よりだ。
「それとヒイロちゃんがゼヴェルから助けた女の子ってどこにいるの?」
ここに裸でいます⋯⋯なんて死んでも言えない。
「なんじゃ? ゼヴェルと戦っていた時にいたおなご達か?」
だがこの時少女が声を上げてしまい、俺は絶体絶命のピンチに陥ることとなる。
「ちょ、ちょっとヒイロちゃん! 今の声は誰⁉️」
「だ、誰もいないぞ。ちょっとゼヴェルを倒した影響で喉の調子が悪くてな」
自分で言っていて、どんな影響だと突っ込みたくなった。
「わかった⋯⋯そこに助けた子達がいるんだね。私達にも紹介してよ」
ガチャ
そして俺の願いも虚しく、無情にも部屋のドアを開けられてしまうのであった。
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