第206話 魔界獣ゼヴェル(11)

 俺が転移した先は、ゼヴェルの上空1,000メートル。

 地面より高い位置にいるせいか、強い風が鳴り響いている。


「よし! 行くぞ!」


 俺の体は当然ながら、重力に逆らえず地上に落ちていく。

 並の人間なら恐怖で失神か、失禁することは間違いない(誰とは言わないが)。

 だがまだスピードが足りない。俺は頭から落下していく中で魔法を唱える。


「【飛翔魔法ハイウイング】」


 速く! 速く! 速く! もっと速く!

 俺は右手に持っている剣を突き出し、重力と魔法、2つの力でゼヴェルの頭部目掛けて突き進む。


 しかしゼヴェルはレナ達の攻撃を受けている中、上空に魔力を感じたのか、石化ブレスを俺に向かって解き放つ。


「ヒイロくん!」

「ヒイロさん!」


 レナとマーサちゃんの悲痛の叫び声が聞こえる。だが止まるわけには行かない! 俺もレナのように命をかけてこいつを倒し、を救ってみせる!


「いけえぇぇぇっ!」


 俺は上空へと放たれた石化ブレスをもろに食らうが、気にすることはない。なぜなら石になるには数秒のタイムラグがあるからだ。


「ナニ!」


 ゼヴェルは俺が石化ブレスをかわさずに突っ込んでくるとは思っていなかったようで、頭部が隙だらけだったため、容赦なく突き出した剣を眉間にぶっ刺す。


「グワァァァァァァッ!」


 翼の剣の剣身部分が全て埋まり、ゼヴェルの頭に掌サイズの穴が開く。


「オノレェェ! ダガソノテイドデハ、ワタシヲコロスコトハデキナイゾ!」


 そんなことはわかっている。これはこの後やることの布石だ。


 俺は剣を引き抜き、開いた穴に手を入れ、全魔力の半分を使って魔法を唱える。


「【女神の息吹きアルテナブレス】」


 まばゆいばかりの光の中、女性を司った粒子が、ゼヴェルの体内に入っていき輝きを放つ。


「ナニヲバカナコトヲ⋯⋯ギャァァァッ! カ、カラダガ!」


 さすがに体の中までは魔法無効化出来なかったようだな。


 ゼヴェルは、これまでに出したことのない声を出し、苦しみ始める。するとゼヴェルの体の一部が剥がれ落ち、そこにはが裸で地面に横たわっていた。


「2人⁉️」


 予想とは違ったが、エルフは長寿のため、あらゆる異常を治す【女神の息吹きアルテナブレス】なら前回封印した巫女も、もしかしたら生きているかと思い試してみたが成功したようだ。


 とりあえず2人を安全な所へと移動させないと。

 俺はエルフに向かって転移魔法を唱える。


「【転移魔法シフト】」


 これで後はゼヴェルを倒すだけだ!


 しかしこの時俺の体に異変が起きる。

 元々石化していた左腕だけではなく、右足、左足。そして胴体としだいに身体が石になっていく。


「ザンネンダガ、イッポオソカッタナ」


 そして右手までもが石化してしまう。


「くそっ! 遅かったか!」


 後はゼヴェルの体内に魔法をぶちこんでやるだけなのに!


「ヒ、ヒイロちゃんの身体が⋯⋯」

「石に⋯⋯」

「速く助けないとヒイロが殺されてしまうわ!」


 だがゼヴェルまでは距離があり、そしてその道のりには無数の小型ゼヴェルがいるため、誰も助けに行くことができない。


「ヒイロしっかりしろ!」

「ええい! どけ! この狼どもが!」

「ヒイロくぅぅぅん!」


 みんなの声が聞こえるが、もう首から下は動かすことができない。


「オマエハイシニシテ、フミツブシテヤル」


 堂々唇も石になり、ゼヴェルの言葉に返すこともできず、俺はただジット見ていることしか出来なくなった。


 動け動け動いてくれ! 今動かなきゃ何にもならないんだ!


 しかし俺の体は応えてくれない。


 ここまで来たのに、もうダメなのか⋯⋯このままだとレナが封印を使ってゼヴェルを⋯⋯ふざけるな! その未来を回避するために戦っているのだろ! お前にはまだ考える力がある! 思考することができる限り、最後の最後まで戦うんだ!


 だが今の俺に何ができる? 魔力は少なく、体は目から下はもう石になって動かすことができない。


 その時不意に左手の甲にある【門と翼の紋章】が目に入った。

 この紋章には本当に感謝している。中退したが冒険者学校に入れたし、何より多くの人を、仲間を護ることができた。

 全ての魔法を使える奇跡のような紋章。


 最後に⋯⋯最後にもう一度だけ力を貸してくれ! 【門と翼の紋章】よ!



「シネ⋯⋯カトウセイブツヨ!」


 自分の眉間にいる石になったヒイロを砕くため、ゼヴェルの右の前足が迫ってくる。

 ヒイロの命はもう風前の灯だった。


「いやだ⋯⋯いやだよ⋯⋯ヒイロちゃぁぁん!」


 そしてリアナの叫び声が木霊した時、ゼヴェルから⋯⋯いやヒイロの背中が輝き出した。


「何⁉️ この光は⁉️」

「ヒイロちゃんから出てるよ!」

「何も見えんぞ!」


 その光はあまりにも眩しすぎて、ここにいるもの達は目も開けられない。


「コ、コノヒカリハ⋯⋯マサカキサマハ!」


 光の洪水が消えたとき、俺の体の石化は治っていた。

 よくわからないがこのチャンスを逃すことはできない。


「魔法の恐ろしさをその身に感じるがいい!」

「ヤ、ヤメロ!」

「これで終わりだゼヴェル!【煉獄魔法インフェルノ】!」

「ギャァァァッ!」


 ゼヴェルの眉間の穴に入れていた右手から地獄の業火が炸裂し、ゼヴェルの体内が焼滅し、断末魔を上げる。


「や、やった⋯⋯」


 だが至近距離で【煉獄魔法インフェルノ】を撃ったため、その火の余波が俺の体を侵し、ゼヴェル同様焼け焦げる。


 く、くそぉ⋯⋯身体が動かない。というかもう意識が⋯⋯。


 そしてヒイロはゼヴェルの頭部から地面に落下するのであった。



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