第180話 空を飛ぶことが楽だということではない

 速い! 速いぞ! おそらく動物のチーターくらいのスピードは出ているとおもう。これならすぐにアッサラーマの街まで着いてしまいそうだ。


「な、なんだあれは!」

「空を飛んでる⁉️」

「しかもとんでもねえスピードだっぺ!」


 まずいな。

 空中を移動していることによって街道を歩く人達の注目を浴びてしまっている。


「ヒ、ヒイロさん⋯⋯も、もう少し⋯⋯」

「そうだな⋯⋯このままだと目立ってしまう。それなら⋯⋯」


 俺はマーサちゃんの忠告を受け、高度10メートルくらいの高さから人に気づかれない300メートルまで垂直に飛び上がる。


「ヒィィィ! ち、違います! もう少し⋯⋯いえもっとゆっくり飛んで下さい!」

「わ、わかった」


 俺はマーサちゃんの願いを聞いてスピードを緩める。


「速すぎて怖いです。またレベル上げの時みたいに大変な目に合うところでした」

「レベル上げの時?」


 聞き返したらマーサちゃんにジト目で返された。


 ああ⋯⋯お漏らしのことね。さすがにあれは悪いことをしてしまったと反省している。

 もしまた同じ事をさせてしまったら、今度こそ責任を取れと婚約の日取りまで決められてしまいそうだ。


「それにしてもラナさんはさすがですね。初めは驚いて声を上げていましたが、今は落ち着いていらっしゃいます」


 まあラナさんは、エルフの村が襲われたり、魔人化したダートと戦ったり

 と修羅場を潜っているから、空を飛ぶことくらいで驚くことはないのだろう。


「どうしたらそんなに冷静でいられるのですか? 私、ラナさんみたいな強くてカッコいい女性⋯⋯憧れてしまいます」


 確かにラナさんは声1つ上げていない。


「ラナさん?」


 マーサちゃんが返事のないラナの顔を覗き込んでみると、ラナさんは目を閉じてこの状況を堪えていた。


「ど、どうしたのですか?」

「だ、だって⋯⋯今私達は凄い高い所にいるのよ! 目を開けられるわけないじゃない⋯⋯もしこのまま地面に落ちてしまったら⋯⋯」

「お、落ちてしまったら⋯⋯どうなるのですか?」

「痛さを感じる間もなく⋯⋯ぺしゃんこよ」

「ぺ、ぺしゃんこですか⋯⋯」

「ええ⋯⋯マーサごめんなさいね。私はマーサが思うようなカッコいい女性じゃないわ。今私も凄く怖いもの⋯⋯」

「い、いえ⋯⋯私の方こそ勝手に想像してすみません」


 だがマーサはラナの告白を受けてどこか安心していた。怖いのは自分だけではないと知って。


 そしてマーサは先程のラナの言葉を思い出す。

 今私達は凄く高い所にいる。落ちてしまったら痛さを感じる間もなくぺしゃんこ⋯⋯。

 マーサは空を飛んでから下を見ないようにしていたが、この時初めて地面を見てしまった。


「た、高い⋯⋯」


 あまりの高度に目が眩み、おもわずヒイロと繋いでいる手を緩めてしまう。


「あっ⋯⋯」


 小さく声を上げた時には既に遅く、マーサは地面へと落下し始めていた。


「キャァァァァァ!」


 マーサのこれまでに聞いたことのない叫び声が辺りに木霊する。


「まずい! ラナさん、スピードを上げるよ」

「えっ? ヒィィィィィ!」


 落ちていくマーサを助けるため下へと向かっていく。ヒイロの飛行魔法の速さと重力による落下の速さが合わさり、今までにないスピードで落下し、マーサの元へと向かう。


「ヒ、ヒイロさん助けて!」


 マーサちゃんは助かるために懸命に空へと手を伸ばす。


「届けえ!」


 俺もマーサちゃんの手を掴もうと、猛スピードで向かう。


 ガシッ!


 そして地面まで後10メートルという所で、なんとかマーサちゃんの手を掴み、地面への落下は収まった。


「マーサちゃん大丈夫!」

「だ、大丈夫じゃない⋯⋯です⋯⋯」


 俺は心配になりマーサちゃんに慌てて声をかけると返事が返ってきたから大丈夫だろう⋯⋯ん? 大丈夫じゃない?


「地面に落ちていくことが⋯⋯こ、怖くて⋯⋯また漏らしてしまいました」

「えっ!」


 俺は驚きの声を上げると共に、マーサちゃんの下半身に目を向けると、確かに衣服が濡れているのがわかった。


「ご、ごめん⋯⋯」


 マーサちゃんは恨みがましい目でこちらを見ていたので、俺は素直に謝罪する。


「ラ、ラナさんも怖かったよね? 大丈夫だった?」


 俺はマーサちゃんの目に堪えられず、ラナさんに話しかけるが、返事がない。まるで屍のようだ。

 どうやら恐怖を通りこして気絶してしまったようで、反応がない。


「ヒ、ヒイロさん⋯⋯ラナさん⋯⋯その⋯⋯」


 ラナさんも?

 まさかラナさんもお漏らしを⋯⋯。

 そこにはマーサちゃんと同じように、ラナさんの下半身も濡れているのが見えた。



 そして数秒後⋯⋯ラナさんは意識を取り戻した。


「えっ? 私は⋯⋯何か下半身が冷たいけど雨でも降ったのかしら」


 どうやら現状を理解していないようだ。


「ラナさんはその⋯⋯」


 ハッキリ伝えて上げたいが、彼女の羞恥心を煽る形になってしまうので、言葉が止まってしまったが、ラナさんはそれだけで何があったか察してくれたようだ。


「う⋯⋯そ⋯⋯私、漏らしちゃってる⋯⋯」


 はいそうです⋯⋯とはとてもじゃないが言えない。

 それはマーサちゃんも同じで、何を言っていいのかわからない表情をしている。

 13歳のマーサちゃんがお漏らしするのはともかく(普通はしない)、100年以上生きているラナさんは普通お漏らしはしない⋯⋯するはずがない。


 俺達がどう触れていいか迷っている間に、ラナさんは1つの決断をする。


「そ、そうね⋯⋯空を飛んでいる魔物のおしっこをかけられたのね。もういやになるわ」


 ラナさんは現実逃避を選択したらしい。


「これは夢ね⋯⋯そうよ! 人が空を飛ぶなんておかしいもの! だから私がお漏らししたことも夢! そ、そうよね⋯⋯ヒイロ、マーサ」

「「⋯⋯」」


 俺とマーサちゃんは混乱しているラナさんに向かって言葉を発することができない。だがラナさんも最後の方の声が小さくなっていたので、本当は夢じゃないとわかっているのだろう。


「こ、これは現実?」


 俺とマーサちゃんはラナさんの問いに言葉ではなく、静かに頷く。


 そして堂々これが現実だと認めたのか、ラナさんの目から涙がこぼれ落ちる。


「うわーん! ヒイロの前でお漏らししちゃうなんて私もう生きていけないよぉ!」


 それからラナさんの鳴き声とマーサちゃんの恨み節が、アッサラーマの街に到着するまで続くのであった。


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