第160話 セルグ村
「こ、これがセルグ村?」
家だと思わしき建物は焼け落ち、田畑は荒れ果て、雑草が無造作に伸びていることから、ここはもう何年もエルフの手が入っていないことがわかる。
「そうよ⋯⋯残念だけどね」
そう答えたラナさんの横顔は、とても寂しそうに⋯⋯そして悔しそうに俺は見えた。
「お兄ちゃん」
「ヒイロくん」
ティアとルーナが急に佇まいを正し、俺と正面から向き合う。
何だ? 急にどうしたんだろう。
「先程はありがとうございます」
「ヒイロくんが枝を避けたり、道を作ってくれたから私達は楽に歩くことが出来ました」
頭を下げて2人がお礼を言ってくる。
気づいていたのか。
「ん? 何のことだ? 俺は普通に歩いていただけだよ」
だが俺は認めることをしない。もし認めてしまうと⋯⋯。
「ごめんなさい! 私、早く歩き過ぎてしまったわね」
ラナさんがティアとルーナに謝罪をすると、今この場では、俺以外頭を下げている状態になっている。
「いえ、無理を言って連れて来て頂いているので、私のせいで旅を遅らせる訳にはいきません」
「森の道を歩くことに慣れていなくて⋯⋯私の方こそ申し訳ありません」
ラナさんはあまり俺のことを良く思っていないから借りを作りたくないだろう。だから俺は惚けることにする。それにたぶんラナさんは久しぶりの故郷で逸る気持ちが多少なりともあったのだろう。
「別に俺は何もしていないし、とりあえずここまでこれたからいいじゃないか。それより早く村の中に入ろう」
俺は3人の背中を押して先に進むことを促し、セルグ村の中へと俺達は入って行った。
「ここに⋯⋯グリトニルの眼鏡が?」
少し疑問系にティアが俺に聞いてくる。正直な話、もしマグナスさんから聞いていなかったら、ここにそのような魔道具があるなんて信じることが、出来なかっただろう。
「私もどこにグリトニルの眼鏡があるかわからないから、二手に分かれて探しましょう⋯⋯行くわよ、変態ロリエロ男」
「えっ? 俺?」
「そ、そうよ⋯⋯早くしなさい」
ラナさんが俺を指名してきたことが信じられない。俺のこと嫌っていたんじゃなかったのか?
そして、その気持ちはルーナとティアも同じで、首根っこを掴まれて連れ去られる俺を見て、呆然としていた。
「ティアさん⋯⋯ラナさんは何か心境の変化があったのでしょうか?」
「故郷に来ているので、何か思うところがあるのかもしれません」
「何だか少しずつ嫌な予感がしてきました」
「奇遇ですね⋯⋯私もです」
ラナとヒイロの仲が少しずつ良くなっている気がする。ルーナとティアは危機感を覚えるが、2人は引きずられて行くヒイロを眺めることしか、今はできなかった。
ルーナ達が見えなくなった頃、ラナさんは俺を掴んでいた手を放す。
「さ、さあ行くわよ」
恥ずかしいのか、俺に背を向けて顔を見せてくれないが、エルフ特有のその長い耳が、赤くなった所は隠せていない。
たぶんどうして俺を指名したのかを聞いても教えてくれなそうなので、黙ってラナさんの後を着いていく。
見渡す限り荒れ果てた景色が続いていく。
ラナさんはいったいどこへ向かっているのだろう。何か当てがあるのかもしれないので俺は黙って着いていくと、他の家とは違い、大きな建物の跡地が見えてくる。
その建物は、僅かに残っている壁や壊れているアンティークから、裕福な者が住んでいたと推測されるが、今は見る影もない。
この家ってひょっとして⋯⋯。
ラナさんはしゃかんで、地面に散らばっている割れた皿の破片を拾い、悲しそうな声で、言葉を紡ぐ。
「ここは私の家だった所よ」
エルフの長の家系だと言っていたのでもしやと思っていたが、やはりラナさんの家だったのか。
「わかってはいたのよ⋯⋯セルグ村に戻ってきても村の人達、父さん母さんそして⋯⋯姉さんがいないってことは⋯⋯」
ラナさんは肩を震わせながら話を続ける。顔は見えないが、ひょっとしたら泣いているのもしれない。
「ただ⋯⋯ここに来れば、皆がいるんじゃないかと淡い期待をしてしまって⋯⋯」
それで森の中で急いでしまったのか。もし俺がラナさんと同じ立場だったら、家族に会いたくて同様のことをしているかもしれないので、文句を言うつもりは初めからない。
「⋯⋯ごめんなさい。ルーナとティアを導いてくれてありがとう」
「別に俺は何もしてないよ」
俺は先程と同じように、何のことわからない振りをする。
別に礼を言われるほどのことをしていない。なぜなら仲間なら困っていたら助けるのは当然だからだ。
「貴方ならそう言うと思っていたわ⋯⋯だったら別にいいわよ。私も勝手に独り言を喋っているだけだから⋯⋯ヒイロ⋯⋯ありがとう」
っ!
ラナさんが俺の目を真っ直ぐと見据えて、お礼を言ってきた。しかも普段はほとんど名前で呼ばないのに、ヒイロと呼んできたから、俺は不意打ちを食らい、ラナさんの美しい容姿も相まってか、思わず言葉が詰まってしまう。
「⋯⋯何のことかわからないけど了承はした」
「それでいいわよ」
さっきはラナさんの顔が赤くなったけど、今度は俺が照れて顔が赤くなってきた。とりあえずそのことを悟られないように俺はラナさんに背を向け、今後のことを聞いてみる。
「そ、それよりグリトニルの眼鏡について、場所の検討はついているんですか?」
「ふふ⋯⋯照れてるわね。初めて貴方から一本取った気がするわ」
どうやらラナさんは俺の慌てる様を見て御満悦のようだ。
「グリトニルの眼鏡について⋯⋯思い当たるとしたらあそこしかないわ。着いてきて」
俺はラナさんの案内でさらにセルグ村の奥へと向かった。
「あれ? お兄ちゃん、ラナさん」
どうやらティア達もグリトニルの眼鏡を探している内に、同じところへと向かっていたようだ。
「ねえルーナさん⋯⋯何か分かれる前と比べてラナさんの機嫌が良くなっていません?」
「私も同じように感じました。まさか2人っきりの時に何かが⋯⋯」
「な、何かって何ですか! 私にも教えて下さい」
「いえ、ちょっとティアさんにはまだ早いかと⋯⋯」
「そんなこと言われるとますます気になります~」
ティアとルーナはまた顔を寄せて話をしている。
仲がいいな、あの2人。
「いつの間にあんなに仲が良くなったのかしら」
ラナさんが顔を寄せて俺に話しかけてくる。
ちょっとそんな美人な顔で接近しないでほしい。ドキドキするじゃないか。
「ほら、やっぱり何かあったんだ」
「こんなことなら2人で行かせなければ良かったです」
ティアとルーナがジト目で俺達の方を見てくる。
「ちょちょ、ちょっと顔が近いわよ!」
いや近くに寄ったのは俺じゃないんだが⋯⋯。
そしてラナさんの右手からビンタが飛んできたので、俺は反射的に前に屈み、その攻撃を避けると、顔がラナさんの柔らかい2つの双丘に包まれ、「ポム」っと音がした。
「な、な、な⋯⋯何するのよ!」
今度は俺の頭を狙って、右の上段蹴りが飛んで来たので右手で脚を掴む。
するとラナさんのスカートの中が丸見えになり、薄いグリーンの可愛らしい下着がもろに目に入る。
「あっ! ごめん⋯⋯遂反射的に受け止めちゃった」
「み、見ないで~!」
神のイタズラなのか、俺の腕は掴んだラナさんの脚を放すことができない。
しかし突然背後から俺の右腕が掴まれてしまい、俺はラナさんの脚を解放してしまう。
「ル、ルーナ!」
「ヒイロくん⋯⋯少しお痛が過ぎるのではないですか」
「は、はい」
俺はルーナから滲み出ている殺気の恐怖に、頷くことしかできなかった。
「こ、こ、こ⋯⋯このばかぁ!」
「ぎゃあ!」
ラナさんは涙目になりながら、頬を目掛けて放たれた右の拳を、俺は受けることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます