第161話 世界樹

「【水回復魔法アクアヒール】」


 ルーナが俺に回復魔法をかけてくれている。もちろん武道家であるラナさんに顔面を殴られたからだ。


「ヒイロくん大丈夫ですか」


 心配そうな表情で、俺を見つめてくる。以前よりレベルが上がったことで1度の魔法での回復量もかなり大きくなっているのがわかる。


「ありがとうルーナ」

「どういたしまして」


 そして俺は、罰が悪そうな顔をしているラナさんと向き合う。


「元はと言えばラナさんから近くによってきたのに、ひどいぞ⋯⋯」

「わ、悪かったわよ」


 反省しているのか、いつもよりシュンとしている様子が伺える。

 これはチャンスかもしれない。日頃変態ロリエロ男と蔑まれているからその態度を改めさせてやる。


「俺だったから良かったものの、普通の人だったらどうなっていたか⋯⋯」


 俺は頬を抑え、大袈裟なリアクションでラナさんを言葉攻めにする。

 だがレベル30越えのラナさんの拳を食らったら、一般人なら即死してもおかしくないというのは本当だ。


「ごめんなさい⋯⋯どうすれば許してくれるの」


 きた! この言葉を待っていました!

 ここは何て言うべきか⋯⋯俺の中の勇者と魔王が争いを始める。


 勇者:彼女は素直に謝っているのです。許して上げなさい。

 魔王:何を言ってるんだお前は! ラナからマウント取れる機会なって滅多にないんだぞ! 昔の偉い人が言ってたろ、チャンスは最大限に生かせって!

 勇者:ですがここで許してこそ、信頼関係が生まれるのです。魔王に惑わされてはいけません。

 魔王:うるせえぞ! 今こそエロいことをお願いするんだ! 勇者の甘言に騙されるな! 食らえ【煉獄魔法インフェルノ】!

 勇者:あぁっ!


 勇者は魔王の炎で燃え尽きてしまった。どうやら脳内の魔王が勝ったようだ。


「それじゃあ今度俺の⋯⋯」

「ヒイロくん⋯⋯ラナさんに何をお願いするつもりですか?」


 し、しまった! そうだここにはラナさんだけではなく、ルーナとティアがいることを忘れていた! 少し脳内の魔王と勇者に気をとられすぎたか!


「ラナさん⋯⋯どんな理由があれ乙女の下着を見たお兄ちゃんが悪いから気にすることないですよ」

「そうですね⋯⋯傷も私が治しましたから大丈夫です」

「そう⋯⋯ね。ヒイロの言うことを聞いたらどんなエッチなことを要求されるかわからないわ」


 ティアとルーナが余計なことを言ったため、ラナさんの中の、俺を殴ってしまった罪悪感が消えてしまったようだ。


 勇者:だから言ったのです。初めから許していれば好感度が上がったのに⋯⋯。


 しかしもう後の祭で、ラナさん達は俺を置いて、セルグ村の奥へと向かってしまった。




 3人の後に続いて行くと、目の前には他の木とは明らかに違う大きさの大木があり、何かここの場所は他とは異なる雰囲気を持つ。


「これは⋯⋯」


 何だかこの大木は普通の木と違う気がする。


「世界樹よ」

「世界樹? たしか⋯⋯世界を支えている神聖な樹と言われている?」

「そうよ。もしグリトニルの眼鏡があるとしたら私はここにあると思っているわ」


 確かに村の方は荒れ果てているため、魔道具がある気配はない。

 それにこっそり探知魔法でも確認していたが、ここに来るまでは少なくととグリトニルの眼鏡はなかった。

 あるとしたらやはりこの神聖な場所であるここに、封印されているのだろうか。


「皆、手分けをして探しましょう」

「「はい」」

「おう」


 俺達はラナさんの号令で分かれ、世界樹の周りを調査する。

 それにしても世界樹は高いなあ。

 ここに来るまで、こんなに大きな樹があるとは思わなかったよ。おそらく結界が張ってあるから、森の外からは見ることが出来なかったのだろう。


 俺はその巨大な世界樹に圧倒されながら、グリトニルの眼鏡を探すが、見つけることができず、再び皆と合流する。


「ヒイロくん見つかりましたか?」

「いや、ルーナは?」

「私も特に⋯⋯」


 ラナさんとティアに目線を送ると、首を横に振っていた。どうやら見つけることは出来なかったようだ。


「ここにないとすると私にはお手上げだわ」


 ラナさんがわからないのなら、俺達が探し当てる可能性はかなり低いと思う。


「せめて父さんか巫女である姉さんがいれば⋯⋯」


 長である父親か、跡継ぎであるラナさんのお姉さんがいればわかるかもしれないのか。だが2人は行方不明だ。探すのは難しい。


「巫女ですか?」

「初めて聞く言葉ですね」


 俺も聞いたことない。何だろう巫女って。


「巫女は職業よ。代々エルフの村では【ぬきの紋章】を持つ者が現れて、村の皆はその紋章を持つ姉さんを普通とは違う⋯⋯何か神様を崇めるように接していたわ」

「何か⋯⋯特別な役割でもあったのでしょうか」

「私には教えてもらえなかったから良くわからないわ⋯⋯でもエリウッド兄さんならわかるかもしれない」


 メルビアで会った俺達に好意的じゃないエルフか。


「巫女のことはともかく、このまま探していても埒が明かないから、村の護り人をしていたエリウッド兄さんにグリトニルの眼鏡について聞いてみましょうか」


 確かにいつまでもここにいてもしょうがない。それに早く戻らないと暗くなって野宿をすることになるため、俺達はラナさんの意見に頷く。


「それでは、1度メルビアに戻りましょうか」


 しかしその時。突如足元が揺れ、俺達はその場に立つことが出来なくなる。


「な、なんですかこれ!」

「地震です!」


 グラグラととても立つことができない程振動が走り、ティアとルーナは俺の左右の腕にしがみついてくる。


「お、お兄ちゃん」

「ヒイロくん」


 そして次第に揺れは収まり、森は静けさを取り戻していった。


「こ、怖かったあ」

「ここまで大きい地震は初めてです」


 揺れが収まったことで、2人は俺の腕から離れる⋯⋯しかしさっきは地震に集中していてわからなかったが、後ろから俺の腰に抱きついているもう1つの手があることに今気づいた。


「コ、コホン! さあみんな!メルビアへと戻るわよ」


 ラナさんが何事もなかったかのように、前へと歩き初めるが、その耳は、俺に礼を言った時と同様に、恥ずかしくてかなり真っ赤になっていた。


「無意識に頼っているということは⋯⋯」

「やはりラナさんには注意した方が良さそうですね」


 ティアとルーナが何かよくわからないことを言っていたが、俺達はメルビアへと戻るため為、ラナさんの後に続いた。

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