第148話 幕間1 引っ越し準備前編

 マグナスさん達からグリトニルの魔道具の話を聞いた後。


 俺達は家族にメルビアへ行くことを話すため、そして荷物を取りに行くためにルーンフォレストに戻って来ていた。

リアナだけは正体がばれないように外套をつけている。


「魔物の大群は勇者パーティーのマグナス様、ルドルフ様、そして噂の仮面の騎士が倒してくれたんだぜ」

「この短い期間に2度も攻められて、ルーンフォレストは大丈夫なんでしょうか⋯⋯勇者様も魔物に差し出してしまいましたし⋯⋯」

「お、俺達は悪くねえよ⋯⋯最終的にやったのはランフォース王子、いや王だろ」


 民衆達の声が聞こえる。

 本当は自分が魔物を倒して、民衆の支持率を一気に上げたかったようだが、そう簡単には行かなかったな。ざまあみろ。


「さて、準備ができたらグレイの部屋に来てくれ。わしはそこでのんびり過ごしておるから」

「でも荷物をまとめるのに時間がかかりそうね」

「荷物などそのまま入れてしまえばいいじゃろ⋯⋯ヒイロ、異空間収納は使えるな?」


 ラナさんには仮面の騎士だということは隠しているので、言いたくないが、ルドルフさんはできること前提で話をして来ているので、俺は「はい」と答えるしかない。


「たしか魔法での異空間収納は、かなり魔力が高くないと使えないはずよ」


 ラナさんが本当に使えるの? と疑った目で見てきたが、それは一瞬だけだった。


「リョウト様とユイ様の子供なら使えてもおかしくないわね」


 どうやら父さん達の息子ということで納得されてしまった。


「それじゃあ順番に回っていくので、皆先に家に戻って準備しておいてくれ」


 返事をして、女性陣はそれぞれの自宅へと向かっていく。


 さて、どこから行こうかな。


「ヒイロさん⋯⋯私がメルビアに行くことをお母さんに話したいので、一緒に来て頂けませんか?」


 マーサちゃんが影を落とした表情で話しかけてくる。

 なるほどそういうことか。

 他の皆と比べて年下だし、女将さんが女手一つで育てた大切な娘だから断られることも十分に考えられる。だから不安なのかもしれない。


「いいよ一緒にいこうか」

「はい!」


 マーサちゃんは満面の笑顔をうかべて、俺の左腕を組ながらエールの宿屋へと向かう。



「マーサ! あんたどこへ行ってたんだい!」


 心配した様子で、女将さんはマーサちゃんに駆け寄り抱き締める。


 以前魔物に拐われたことがあるから、今回も行方がわからなくなって、気が気じゃなかったのかもしれない。


「お母さんごめんなさい⋯⋯だってリアナさんが⋯⋯」

「知ってるよ⋯⋯新しくなった王によって魔物に生け贄にされたんだろ! 全く、あんないい娘を犠牲にするなんて⋯⋯とんでもない王だよ」


 どうやら女将さんは、ランフォースの行動を許せないと思っているらしい。


「だから私⋯⋯メルビアに行こうと思うんだ。友達のリアナさんをあんな目に合わせる人達を許せないし⋯⋯それにヒイロさんもメルビアへ行くから⋯⋯」


 女将さんはマーサちゃんの言葉に驚きを隠せない。いつかは巣立つ時が来るとは思っていたが、まさか今、ルーンフォレストを出ていくとは予想していなかったから。

 暫く何が考えた表情で行動が止まっていたが、不意に女将さんが口を開く。


「私もメルビアに行くよ」

「本当?」

「さすがに13歳の娘を、1人で知らない土地に行かせるわけにはいかないよ」

「ありがとうお母さん!」


 マーサちゃんが女将さんの胸に飛び込み、今度はマーサちゃんから女将さんを抱きしめる。その表情はとても晴れやかで、初めに見せた不安な表情は、どこかに吹き飛んでいた。


「だけどそうなると宿は早急に売らないとね」


 女将さんは感慨深い表情で、宿屋を見上げる。


「⋯⋯ごめんなさい」

「良いんだよ⋯⋯マーサ以上に大切な物なんてこの世にはないから」

「お母さん⋯⋯」


 羨ましい光景だな。俺は物心が着いた頃には、両親はほとんどいなかった。当時は寂しく思い、なんで家だけ親がいないんだと荒れていた時期もあったが、父さんや母さんが世界を護る戦いをしていたので、今ならしょうがないことだったと思えるようになった。


「とりあえず荷造りの準備だけしようかね。魔物が攻めてきたことによって、皆避難所か自宅で待機しているから、メルビアに行く準備は直ぐに出来るよ」

「あっ! 女将さん! ちょっと待って下さい」


 宿屋に戻ろうとした女将さんを俺は引き留める。せっかくなので、少し試してみたいことがあるからだ。


「どうしたんだい?」

「今、宿の中には誰もませんよね?」

「ああ、それがどうかしたのかい」


 よし。それならやってみてもいいかな。別に失敗しても特に問題はないし。


「異空間収納」


 俺は魔法を唱えると、2階建ての建物が一瞬で異空間へと吸い込まれていく。


「成功だ! それじゃあ今度は⋯⋯」


 逆に異空間に吸い込んだ建物を元の場所へと戻すと、何事も無かったかのように宿屋エールが佇んでいた。


 この光景を見ていた女将とマーサは、あの大きい建物が一瞬にしてなくなり、また現れたことに対して驚きのあまり言葉が出ない。


「ヒ、ヒイロさん⋯⋯い、今のは何ですか?」

「や、宿屋が急に消えちまったよ」


 人生経験があり、大抵のことでは動じない女将が、目の前で起きた信じられないことに度肝を抜かれていた。


「異空間収納で宿屋ごとメルビアに持っていけたらなと。上手くいったみたいで良かった」


 何事もなくヒイロは答えていたが、このような大きな物を収納できる者は世界広しといえども数えるほどしかいないだろう。


「マーサ⋯⋯これは冒険者の中では普通のことなのかい?」

「ううん⋯⋯ヒイロさんは規格外だから」


 そう苦笑いで答えるマーサであった。

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