第113話 幼き日の思い出
ディレイト王達が、王都へ出発する頃を見計らって、俺は何気無い顔で護衛の隊列に加わる。
そんな俺を見て女性陣が、殺気を含んだ声で話しかけてきた。
「ヒイロちゃん後でお話があるから」
「お聞きしたいことがあるので、次は逃げないで下さいね」
「ティア王女と幼馴染ですか? そのことも聞かせてください」
口調は丁寧だが、俺は眼に見えない圧を3人から感じて、震えが止まらない。
「変態エロ男、どこに行ってたの? もう間もなく出発するから早くしなさい」
今はラナさんの罵倒も優しく感じる。このまま王都に着いたら俺はどうなってしまうのだろうか。
「大変だねお兄ちゃんも」
「誰のせいだと思ってるんだ」
ティアはまるで他人事のように小声で話しかけてきた。
「けど普通だったら、王女の裸を見た男は貼り付けにされて、拷問にかけられ、死ぬより苦しい思いをして、最後に首をはねられちゃうんだよ」
ひぃっ! そんなことは絶対にいやだ。
「だから私に感謝してほしいなあ。それに良いものも見れたでしょ?」
それを言われると俺は何も言えなくなる。経緯はどうあれ、ティアの裸を見たことは確かだからな。
「わかったよ。感謝してます」
「うむ。よろしい」
王様みたいな受け答えに俺は苦笑する。
「そうだ。今回ティア達がルーンフォレスト王国に行く目的って――」
俺は気になっていたことを質問してみた。最近魔物の数も増えていると聞くし、わざわざ危険を犯しても行く理由に興味が沸いた。
「私も詳しいことは知らないけど、最近ルーンフォレスト王国とアルスバン帝国が軍備を整えているらしいから、他国を侵略しないように会談を行うって、お父様が言ってたよ」
ルーンフォレスト王国は魔物に攻められたこともあり、間違ったことはしていないと思うが、先日エリスさんから聞いた第2王子のランフォースは武力に秀でているということだから、この事を足掛かりに、王宮内の自分の発言力を高めるつもりかもしれない。そして王位の座を奪い、ゆくゆくは他国を⋯⋯。
考えたくもない結果だな。もし戦争になった場合、真っ先に狙われるのはメルビア王国だ。
メルビア王国は両国と比べて10分の1ほどの領土しかなく、左上にはルーンフォレスト王国、右上にはアルスバン帝国と挟まれた位置にあり、南には広大な海が拡がっているため逃げ場がなく、攻められたら一溜まりもないだろう。
「メルビアは古くからある国だけど、それだけだから⋯⋯」
「この大陸最古の国だっけ」
「そうです。南の海から人が渡り住み、そして国を作った1番最初の国家」
確か解明されていない遺跡も多くあり、冒険者にとっては中々魅力的な所だ。
「⋯⋯大きな建物やおしゃれな物もなく、領民もけして裕福ではないけど⋯⋯私は生まれ育ったこの国が好き。だから戦争は絶対にしてほしくない」
ティアの言葉から、メルビアがどれだけ大切な所かが伝わってくる。
「俺も戦争は嫌いだ⋯⋯それに今は国同士が争うのではなく、手を取り合って魔物と戦うべきだ」
「そうですね⋯⋯」
「何か皮肉だな。魔物という共通の敵がいるから、戦争がなくなるなんて」
いつか本当に争いのない世界が出来れば⋯⋯それはとても素敵なことだ。
「お兄ちゃん⋯⋯お願いがあるの⋯⋯」
「何?」
「もし⋯⋯メルビアが⋯⋯私が困っているときは⋯⋯助けに来てくれる?」
そんなことは言うまでもない。
「その願いは聞けないな」
「えっ?」
ティアは俺の答えに驚きの表情を浮かべる。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。
「お願いしなくても、必ずティアを護るよ」
「お兄ちゃん⋯⋯」
「メルビア王国ではなく、王女様のためでもなく、ティアの為ならどんな時も駆けつける。だってそういう約束だろ?」
「⋯⋯うん! お兄ちゃん覚えてたんだ⋯⋯とっても嬉しい」
ティアは涙目になりながら、過去に行った約束を覚えていた俺の胸に飛び込む。
ティアのお願いを聞いている時に思い出した。
幼き日の約束を。
あれは俺がラーカスに戻る際に⋯⋯。
9年前、メルビア王国にて
「嫌だよ! せっかくお友達になれたのに⋯⋯」
下を向き、涙目になりながら駄々をこねるティア。
「こら、わがままを言うんじゃないぞ。リョウトとユイには大事な使命があるんだ。いつまでもここに引き留めるわけにはいかない」
ディレイト王は、ティアの頭に手を置き、頭をポンポンと軽く叩く。
「だったらおにいちゃんだけ残ってくれればいいよ」
その言葉を聞いて皆苦笑いをする。
「お兄ちゃんか⋯⋯ティアは随分ヒイロくんと仲良くなったんだなあ」
「うん! お父さんよりお兄ちゃんの方が好き」
その時ピシッ! と何かが割れるような音がした。
「ちょ、ちょっとヒイロくん。おじさんとあっちの建物の裏でお話しようか」
ディレイト王の顔は笑顔だが、殺気を内に秘め、俺を連れ出そうとする。
「こらこら、ディレイト。子供のいうことじゃないか」
「私のヒイロなら、女の子の一人や二人。落とすのは簡単です」
「ユイもディレイトを挑発しない」
俺は父さんのおかげで、何とかディレイト王の魔の手から逃げることができた。
「僕も離れたくないけど、ラーカス村で待っている人がいるから戻らなくちゃいけないんだ」
「やだ! やだ! お父さん王様なんでしょ? こんな時こそ権力で何とかして!」
この子は中々ませた子だな。
「うむ、わかった。まずは大臣に連絡を⋯⋯後騎士団長にも伝えておけ」
「おいおい。そんなことに権力を使うなよ」
リョウトが諌めることによって、何とか王の暴走を止めることができた。
俺は一歩前に出て、ティアの前にしゃがみこみ、目線を合わせる。
「
「⋯⋯本当にまた来てくれる?」
「ああ、約束するよ」
「⋯⋯2つ」
「ん?」
「2つお願いを聞いてくれたら、今は諦めて上げる」
「わかった」
「⋯⋯1つは⋯⋯私が困ってたり、泣いてたりした時は、必ずすぐに来ること」
「うん。いいよ。必ずすぐに駆け付けるよ」
「もう1つは⋯⋯」
そして幼き日のヒイロとティアは、2つの約束をかわして、互いに別れを告げた。
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