第111話 急展開! 幼き日の約束
「皆様、父から話があると思いますが、このまま王都まで護衛していただけないでしょうか」
護衛? 俺達が?
「聞けばリアナさんは勇者で、皆様もかなりの実力がおありだとか」
俺を抜かすと対外的には、ラナさんがかなり強い部類に入るとおもうけど、ルーナとマーサちゃんはちょっと厳しいかもしれない。けれどまた襲われる可能性もあるので、ここは受けたいと思う。
なぜなら目の前の少女である、ティア王女のことを死なせたくないと思っているからだ。自分が死にそうな時に、他の人を優先したあの行動は正直俺の心に響いた。だからけして裸を見た罪滅ぼしとか、そういうことではないということをわかってほしい⋯⋯本当だよ。
「わかりました。俺達もそろそろ王都に戻ろうと思っていたので、お供いたします」
いつもなら、何で変態エロ男のあんたが決めるのよとラナさんが言ってきそうだが、今はクロを胸に抱き、御満悦のため、こちらの話をよく聞いていないようだ。若干クロが嫌そうな顔をしていたが、見なかったふりをしよう。
「ありがとうございます。皆様に御一緒頂ければ、安心して王都まで行くことができます」
ティア王女は、頭を下げるという王族らしからぬ行為をする。
「それとリーダーであるヒイロさんに少しお話が⋯⋯」
なんだろう? 報酬の件か? 仮面の騎士の話はやめてほしいぞ。
「トーマス隊長、彼女達を先に父の元へと連れていって下さい」
「はっ!」
皆がここから去り、残るは俺とティア王女、そしてクロだけとなった。
「⋯⋯ヒ、ヒイロさん!」
どういうことだ? 先程の冷静なティア王女とは違い、顔が紅潮し、態度はもじもじして、とても同じ人物だと思えない。
「お話があります!」
「は、はい!」
一生に一度の勝負をかけるような、真剣な表情で俺を見据えてくる。
報酬の話とかじゃない⋯⋯よな。そもそもわざわざ俺と2人で話をする理由はなんだ。
まさかひょっとして仮面の騎士のことがバレたのか!
「わ、わ、わ⋯⋯」
「わ?」
ティア王女は、1度深呼吸をすると大声で叫ぶように言葉を発する。
「私と結婚して下さい!」
「はっ?」
結婚して下さい?
予想外のことで、俺は思わず間抜けな声を出してしまう。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 結婚ってあの結婚のことですよね」
「そうです。その結婚です」
ど、ど、ど、どういうことですか!
仮面の騎士のことかと思ったらそのさらに斜め、いや真上に行く話だった。
「してくれるのですか? してくれないのですか?」
いきなりそんな究極の選択を迫られても困る。
「俺達、今初めて会ったばかりですよね」
まさか一目惚れ? 俗にいうビビッときたってやつか⋯⋯いや、ないない。しかしそれ以外だと、何か裏があると考えた方がしっくりくる。
その結果。俺の灰色の脳細胞が一つの結論を導き出す。
無理矢理どこぞのエロ貴族と結婚させられそうだから、婚約者のふりをしてくれというやつか。それなら納得できる。
「違います。
バ、バレてる。
何で俺が仮面の騎士だと見破られたんだ。特にミスなどしていないはず。
いやまだそう決めつけるのは早い。ただ単に直感で答えているだけかもしれないからな。
「何のことかな? 俺には身に覚えがないけど」
俺の答えを聞くと、ティア王女の表情が険しい物になる。
「本当に忘れているの?」
小声で何かを呟くティア王女。
「でしたらもういいです」
諦めてくれたかな。けれど仮面の騎士だと疑われているのは間違いない。今後ティア王女の前で軽率な行動は慎もう。
「今ここに来たばかりなんだから、俺が仮面の騎士のはずがないよ」
「仮面の騎士様ですか⋯⋯
どういうことだ!? 今まで仮面の騎士の話をしていたんじゃないのか? しかも確信があるって⋯⋯。
今の俺は、殺人を犯した罪人が、なんとか罪を逃れようと言い訳をする犯人のように思えた。
「証拠が3つあります」
3つ⋯⋯だと⋯⋯。
「一つ目は私以外には懐かないクロが、初対面のはずのヒイロさんに懐いていること。これは仮面の騎士様がクロを助けたからだと思います」
「たまたま俺が動物に好かれやすい体質だった可能性もあるよね」
「そうですね。その可能性も0ではありません」
よし! 1つ目は論破した。さあ次の証拠を出してみろ。
「2つ目はヒイロさんの足元にあります」
足元⋯⋯だと⋯⋯。
「盗賊の首を刺した時、靴に返り血を浴びていました。その血が今も残っています」
確かに靴には、乾いた赤い血が塗られていた。
「きょ、今日は皆で魔物退治をしていたから、その時に着いたのかもしれない」
実際にあり得る話だ。矛盾はないはず。
「それでは最後に決定的な証拠を提出します」
まるで犯人を追い詰める憲兵のようだな。この娘は本当に王女様なのか?
「私には【精霊の眼】という特殊スキルがあります。この眼で見た人の、魂の大きさや輝きを認識することができ、ヒイロさんと仮面の騎士様は全く同じなんです」
背後に雷が落ちそうな雰囲気で俺を指差し、問い詰めてくる。
「ですからもう、言い逃れはできません! わ、わ、私の裸を見たのですから責任を取ってください!」
特殊スキルか。これはもう言い逃れはできない。だが! ここで認めてしまうとロリ姫ルートが決定されてしまう。けれど嘘ついたらそれはそれでまずいことになるかもしれない。
どうすればいいか頭を抱えている俺を見て、ティア王女は深くため息を吐く。
「もうお兄ちゃん。まだ気づかないの?」
お兄ちゃん?
急にティア王女の尊厳さがなくなり、まるで俺の妹のように接してくる。
「私だよ⋯⋯ティアだよ。覚えてないの?」
ティア⋯⋯だと⋯⋯。
どこかで聞いたことがあるような気がするけど、思い出すには至らない。
「え~と⋯⋯9年前、お兄ちゃんが6歳の時に、リョウトおじ様とユイおば様に連れられてメルビアに来たこと覚えてないの?」
6歳? 父さんと母さん? どこか遠くに連れていかれたのは覚えているけど⋯⋯。
「私のお父さんがおじ様とおば様と知り合いで、3人が話している時、一緒に遊んだじゃない」
そういえば小さい女の子と遊んだ気が⋯⋯。
「けどその子⋯⋯確か自分のことチアって言ってたぞ」
「それが私だよ。幼かったから上手く発音できなかったの」
確かにティア王女はあの時の子供の面影がある。
「しかしあの時も可愛かったけど、今はさらに可愛くなっていたから全然気づかなかったよ」
「か、可愛いなんてそんな⋯⋯」
ティア王女はうつむき、両手を頬にあて、頭を左右に揺らしている。
「それに昔は泥だらけになって遊ぶ、お転婆のイメージがあったから――」
「い、今は淑女になるために頑張っているんだから⋯⋯誰かさんの為に」
最後の方の言葉は聞こえなかったが、確かに先程までは見事に王女を演じていた気がする。
この9年間がんばったんだなと思い、ティアの頭を撫でる。
「お、お兄ちゃん!」
「ごめん。つい手が出てしまった。王女様に失礼だよな」
「いいよ別に。メルビアは小国だからそんな権威はないよ」
「そうなのか?」
「うん。領民のみんなも気軽に話しかけてくるし⋯⋯それにお兄ちゃんには資格があるでしょ。誰もが羨む勇者パーティーの子どもで、王と姫を救った騎士様だから」
「そうか?」
俺の答えにティアはニンマリとする。
「そうだよ。やっと認めてくれたね。仮面の騎士様」
ついうっかり返事をしてしまったが、ティアならバレてもいいだろう。
ただ、口止めだけはしておかないとな。これでラナさんにもバレるのは勘弁してほしい。
「けどこれでわかったよ。結婚の話が冗談だってことが」
「⋯⋯そうだよ。お兄ちゃんが私のことを忘れていたから、驚かせようと思って⋯⋯」
どこか元気がなく答えるティア。
「どうした?」
「ううん、何でもない。それより早く皆さんの所に行こ」
俺はティアに背中を押され、リアナ達の所へと向かう。
「次に会ったときは、お嫁さんにしてくれるって言ったのに⋯⋯お兄ちゃんのバカ⋯⋯」
ティアは幼き日の約束を誰にも聞こえないように呟き、この場を後にした。
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