第107話 不穏の影

 マーサちゃんが、俺から借りた短剣でリアナとラナさんの拘束を解いていき、ルーナには羽織る物を渡して、俺のパラダイスが終わってしまった。


「え~と、その⋯⋯冒険者って大変なんだね」


 なんとも言えない表情で、今の惨劇の感想を口にする。


「もう⋯⋯なんでいつもこんな目に⋯⋯」


 ルーナは泣きそうな顔で、地面に崩れ落ちる。


「ヒイロちゃんにパンツを見られた⋯⋯」


 落ち込んでいるところ悪いけど、俺は今回以上に恥ずかしい姿を見たことがあるぞ。


「屈辱だわ。変態エロ男にあんな格好を見られるなんて!」


 ラナさんは俺の方をキッ! と睨み、何やら恨み節を呟いている。

 なんかエロが追加されているぞ。


「けれどルーナさんはしょうがないとして」

「しょうがなくありません!」


 マーサちゃんの言葉にルーナが反論する。


「わ、わかりました。ルーナさんのことは不慮の事故として、リアナさんとラナさんが草に縛られたのは何でですかね?」


 俺としては追求して欲しくないところをついてくる。


「そうね。確かにおかしな出来事だったわ」

「魔物でもないし、草が意思を持ったように襲ってくるなんておかしよねヒイロちゃん」

「そ、そうだな。けど、この世の中には俺達の常識外のことが沢山あるんだ。自分達の物差しで決めつけるのはどうかと思うぞ」

「確かに変態エロ男の言うことも一理あるわね」


 よし! 何とか話を誤魔化せそうだぞ。


「それじゃあどうしてこうなったか詳しく調べてみようよ」


 何だと! リアナが余計なことを口にし始めた。


「最悪、マグナスおじ様に調べてもらうのもいいかもしれないわ。こんなエッチな草、放置出来ないもの」


 まずい! まずいぞ! マグナスさんは俺の実力を知っている。もし調査されたら俺がやったことだとバレてしまう。


 暑い、汗が止まらないぞ。

 俺は発覚されるのを恐れ、動揺を隠しきれない。


「とりあえずルーナさんのお姿を正す為にも、一度着替えられたらどうですか?」


 マーサちゃんが、これからのことを提案する。


「それと今日はルーナさんのレベル上げをしに来たのですよね。せっかく参加させて頂いたので、皆さんがカッコよく魔物を退治するところを私はみたいです」


 カッコよくという言葉に、リアナとラナさんは満更でもない顔をする。


 救いの女神が降臨した!

 今こそマグナスさんを呼ばない方向に持っていくしかない!


「そうだね。代えの服に着替えて、早く魔物退治をしようか」

「わかりました。本日はそのために集まって頂いたので、時間の無駄はできませんね」


 1番エッチな姿になったルーナの言葉により、草の調査をするのではなく、魔物と戦うことに決定した。


 あ、危なかった。次やる時は、うまく気づかれないようにやらないとな。

 俺は絶対絶命のピンチを切り抜けて安堵したのも束の間、マーサちゃんが俺の近くに来て、耳元で囁いた。


「エッチなのもほどほどにしてくださいね。今日助けたお礼にデート⋯⋯お待ちしています」


 そしてマーサちゃんは俺の側から離れていく。

 バ、バレてる! 何でわかったんだ。

 確かに魔法を使ったとき、1番近くにいたのはマーサちゃんだった。

 冒険者じゃないからといって、油断しすぎたのかもしれない。

 このことが3人にバレたら、俺の好感度は地に落ち、殺されるかも知れない。(特にラナさんに)

 そう考えると俺は、小悪魔であるマーサちゃんの要求を飲まざるを得なかった。



「これで終わりよ」


 ルーナが短剣を突き刺すと、一角カラスはその場で絶命した。


「うわあ、すごいですルーナさん」


 スライ、スラぞうの件の後、ルーナは順調に魔物を倒し、レベルが上がっていった。

 4だったレベルも今は6となり、少しずつ強くなっている。


「ルーナちゃんそろそろ休憩にしよう」

「はい、わかりました」


 俺達は平原にある、大きな岩場の影に腰を下ろし、それそれが持ってきた昼食を準備する。

 リアナとルーナはパンに肉や野菜を挟んだサンドイッチを。俺とラナさんおにぎりを、そしてマーサちゃんは女将さんが作ったであろうお弁当を食べる。


「あの⋯⋯ラナさんってやっぱりお肉は食べなかったりするのですか」


 ルーナがラナさんに質問をする。

 確かにエルフの人達は菜食主義の方が多いと聞く。今ルーナが肉の入ったパンを持っているから気になったのかも知れない。


「確かにそういうエルフも多いけど、私は違うから気にしなくていいわ。冒険者がそんなわがままは言えないから」


 どうやらラナさんは一般的なエルフとは違うらしい。冒険者は洞窟に入ったり、未知の秘境に入ったりすることがあるので、食糧は現地調達になることがある。その時に「私、肉は食べないから」なんてことを言ったらパーティーの和を乱す原因にもなるし、下手すると餓死してしまうかもしれない。


「それよりマーサのお弁当はすごいわね」

「女将さんが作ったのかな、かな」


 マーサちゃんのお弁当は、量は少ないがカラフルな食材で彩られており、栄養があって、とても食欲をそそりそうだった。


「違いますよ。これは私が作りました」


 マーサちゃんが少しだけ胸を張って、お弁当の中身を見せてくれる。


「うそ!? すごいねマーサちゃん」

「私もお料理はできますけど、ここまでのを作れるか⋯⋯」

「彩りも素敵だわ」

「とてもおいしそうだね」


 それぞれが感想を述べると、マーサちゃんが玉子焼きを一つ箸でつまんで、俺の方に持ってくる。


「どうぞ召し上がって下さい」


 俺は反射的に口を開き、美味しそうな玉子焼きを口にする。


「「あっ!」」


 あっ? 外野から何か声が上がったが、俺は気にせず食す。

 塩で味つけしてあるのか、絶妙の塩梅でふわふわの感触が口に広がる。うまい! 以前エールの宿で食べた味とそっくりだ。


「おいしい」

「本当ですか? 良かったです」

「ひょっとして宿屋で食べた玉子焼きもマーサちゃんが?」

「はい。昨年くらいから作ってます」


 12歳で客に出せる料理が作れるなんてすごいな。


「マーサちゃんは良いお嫁さんになれるね」

「ここで、好きな男の子に言われたいランキング5位のセリフを頂けるなんて嬉しいです」


 そう言ってマーサちゃんは頬を赤く染め照れてしまう。


「何だかあの二人、良い雰囲気ね」


 ラナは単純に思ったことを口にすると、両左右にいたリアナとルーナから声が上がる。


「私も次はお弁当にします。ヒイロくんの分も作ろうかなあ」

「ずるいルーナちゃん! 私も作りたいから料理を教えて!」


 その光景を見てラナは、みんな何であんな変態男のためにと溜め息をついた。



「それじゃあそろそろレベル上げの続きをしようか」


 食事が終わり休憩をしているみんなに俺は声をかける。


 ん?


 だが突如、昼を安心して食べれるように使用していた俺の探知魔法の網に、複数の人物が引っかかった。

 これは⋯⋯十人強くらいの盗賊か何かが、馬車を襲っている?

 護衛らしき人達は次々と倒れ、このままだと殺られてしまう。

 だけどラナさんがいる手前、探知魔法で人が襲われている所が見えましたなんて言うこともできない。

 どうしようか考えていると、午前中にあった出来事を思いだし、マーサちゃんを手招きで呼び寄せる。


「えっ? そんな遠くは見えませんよ」

「とりあえずマーサちゃんが言ってくれればいいんだ。後はこっちで何とかするから。早くしないと馬車が――」

「わ、わかりました」


 一瞬マーサちゃんは躊躇していたが、人命がかかっているということで、俺のお願いを聞いてくれた。


「み、みなさん⋯⋯2キロ後方、午前中スライムと戦った所で馬車が襲われているのが見えます」


 マーサちゃんは俺が視たことを口にしてくれる。


「うそ! 本当なのそれは!」

「は、はい」

「なら急いで助けないと」


 ラナさんは率先して救出を訴える。先程マーサちゃんの目が良いことが証明できたから、特に疑ってないようだ。


「リアナとラナさんは先に行って、馬車を助けに行ってくれ。俺達は後から行く」


 2人の能力はずば抜けているから、先に行ってもらった方が良いだろう。


「わかったわ。行くわよリアナ」

「うん」


 リアナとラナさんは馬車の所まで、風のように駆け走って行った。



 さて、これで俺も全力を出すことができる。


「ルーナ、マーサちゃん。2人はこのまま馬車の所へ向かって」

「ヒイロくんはどうするの?」

「俺? 俺は勿論先に行くよ」


 そう言って認識阻害魔法を使い、仮面の騎士へと変身する。


「それが噂の仮面の騎士さんですね」


 マーサちゃんは仮面の騎士を見ると歓喜の声を上げる。


「馬車の所まで魔物は視えないから大丈夫だと思うけど、油断はしないでくれ」

「ヒイロくんも気をつけて」


 リアナとラナさんが馬車の所に着くのはおよそ2分。

 それまでに決着をつける。

 俺は転移魔法を使ってスライ、スラぞうと再会した所まで飛んだ。

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