第84話 執念のダード

 俺の3股疑惑も解け、グレイとディアナを含めた5人で入学式が行われる会場に向かうと、周囲にいる学生達の話し声が聞こえる。


「今年の新入生に凄い奴がいるらしいぜ」

「知っている知っている。勇者だろ」

「おっ! さすがに知らない訳ないか」


 どうやらリアナの噂をしているようだ。

 その会話はリアナにも聞こえていたようで、恥ずかしいのか耳を真っ赤にさせている。


「もう噂になっているとは、さすがリアナちゃんだぜ!」

「ちょっと照れちゃうね。けど私は【魔方陣の中に剣と盾の紋章】を持っているだけで、まだ勇者様達のように何かを成しえた訳じゃないんだけどなあ」


 リアナの言いたいことはわかる。神様に紋章を頂いただけで、色々期待されるのは正直プレッシャーがかかるだろう。だけど他の紋章と比べて勇者の紋章は絶大な力を持っているのも事実で、現に魔王も倒しちゃっているからな。

 いつか周りからの期待や重圧に心を痛めないか心配になってしまう。

 だから俺は、リアナが勇者の紋章のプレッシャーに押し潰されないように、フォローできればと思っている。


 そんなことを考えていると、いつの間にか入学式の会場に到着していた。


 壇上から新入生、その後ろが在校生、さらに後ろが保護者の席となっており、教師の方々は左右に配置されている。

新入生でも前は貴族、後ろは平民に別れているため、俺は後ろ側に並ぶ。


「リアナさん、あなたは別の場所になるので、こちらへ」


 教師らしき人に連れられて、リアナは壇上の奥へと行ってしまった。

 どうやらこの入学式で勇者として、紹介されそうだな。

 あまり式典とか目立つのが好きじゃないから、ちょっと可愛そうだが、これは逃れられないだろう。


 俺は新入生の隊列に並ぶ。


 ドンッ


「すみません」


 女の子が人混みに押されてこちらの方へ来たので受け止める。

 あれ? この娘は?


「げっ! またあんたなの」


 女の子が、げっ! なんて言葉を使うもんじゃないぞ。

 目の前にいる娘は、試験の時、ダードにいたぶられた受験生を助けに入ったラナさんだった。


「尻尾を巻いて逃げ出したあなた程度でも入れるなんて、この学校のレベルは低いのね」


 どうやらまだ、あの時のことを根に持っているようだ。

 まあ、パンツも見てしまってし、第1印象は最悪だろうけど、それでもひどい嫌われようだな。


「まあ何とか合格できたよ」


 ラナさんは、俺の方を見ずにいい放つ。


「前に話しかけないでって言ったでしょ? 忘れたの? これだから人族は嫌いよ」


 いやいや、話しかけてきたのはあなたでしょ。と言いたかったがさらに怒りを買いそうなため、俺は突っ込むのをやめて視線を壇上へと向ける。


 今のやり取りを見ていたのか、グレイが小声で話しかけてくる。


「おいおい、隣のエルフ美女とも知り合いか? お前どんだけフラグを持っているんだよ」


 グレイよ、見当違いのことを言ってるぞ。


「今の会話を聞いていなかったのか? どう見ても嫌われているだろ」

「いやいや、わかってないなヒイロは。1番良くないのは無関心なことだ。それに比べたら希望はある。俺なら彼氏の座までの一本の道筋、手繰り寄せて見せるぜ」


 またこいつはおバカなことを言ってきた。


「確かに嫌われていそうですね。ヒイロくんあののエルフさんに何をされたのですか?」


 右隣にいたルーナが質問をしてくる。けどなんか今美少女の部分を強調して言っていなかったか。殺気も少し含まれていたし⋯⋯怖い。


「まさかヒイロさん、わたくしの時みたいに威圧して無理矢理⋯⋯」


 ディアナはこのパターンが好きだな。どうしても俺を恐喝野郎にしたいらしい。

 だがもし3人に、試験の時受験生を見捨てて逃亡し、挙げ句の果てにパンツを見ましたなんて言ったら、白い目で見られるのは確実だろう。


「静かに!」


 タイミング良く教師の一声が入ったので、この話は終わりになりそうだ。


 300人ほどいる会場が静寂に包まれる。


「これより第20回冒険者学校入学式を始める」


 白髪混じりの60代くらいの教師が号令をかけ、プログラム通りに式が進んで行く。

 来賓の挨拶や祝いの言葉があり、正直眠かったが、何とか堪えることができた。


 グァーグァー。

 近くにいる新入生達が俺の方を見てくる。

 いやいや、このイビキは俺じゃないぞ。

 音が聞こえる方を振り向いてみると、やはりというかグレイが寝ていた。

 こいつ、立ったまま寝るなんて器用だな。

 隣のラナさんも呆れて、ため息をついている。


 だが、気持ちはわかるぞ。こんな話を聞くなら俺も今すぐベットに横になりたい。


「次に当学校の教師を紹介します」


 次々と壇上に教師が上がり、挨拶をしていく。


「ネネと言います。Fクラスの担任になります」


 ショートカットで若くて綺麗な先生だな。

 グレイが泣いて喜びそうだが、奴は今夢の中だ。


「見ろよヒイロ! ネネちゃんだって! くぅーっ! 俄然やる気が出てきたぞ。Fクラスで良かったあ」


 こいつの女好きはさすがな。綺麗な先生の登場となって見逃すはずがないってか。


 そして最後に登場した教師は、異様な雰囲気を醸し出していた。

 入学式という晴れやかな舞台にも関わらず、陰湿な空気を纏い、とても今日という日には相応しくない。


「ダードだ! 貴様等の学年主任をしてやる。貴族は私の元へ来い! 今以上に強くしてやる」


 あいつが学年主任か。だがFクラスの担任じゃないだけましか。


 っ!


 隣にいるラナさんに視線を移すと、親の仇を見るような目でダードを睨み、殺気を放っている。

 それもそうか。入学試験の実技でダードに殺される所だったしな。

 恩着せがましく言うつもりはないけど、あの時俺が止めなければラナさんと受験生は死んでいた。

 そんな事件があったにもかかわらず、あそこにいるということは、貴族の権力は相当大きいことが考えられる。


「この場で私の嫌いなことを教えてやろう」


 他の先生は名前の紹介だけだったが、ダードは何を言うつもりなんだ。


「それは逃げ隠れする奴だ」


 おいおいそれって。


「正体を隠し、こそこそと姑息な手を使い、偽善者ぶってる者が私は1番嫌いだ」


 俺のことだー!


「そういう奴は必ず私が見つけて、正体を白日の元にさらけ出してやる。そして貴族様に逆らった罰を与えてやるからな!」


 ダードが言い終わった後、会場はシーンと静まりかえる。

 最後の方なんて完全に自分がやられた仕返し宣言じゃないか。

 しかも本人は壇上から周りを見渡し、その犯人を血眼になって探している。


「えっ? あの仮面の騎士様がいるの?」


 ダードの様子を見て、隣にいるラナさんも辺りを見回し始めた。

 これは何としても正体がバレるわけには行かないな。もし見つかってしまったら貴族の権力で死罪になりかねない。

 ラナさんは単純に仮面の男の正体が知りたいだけっぽいが⋯⋯。


「おい、あの先生って実技試験で⋯⋯」

「受験生を殺そうとしてたよな」

「だけど仮面の男に、返り討ちにされて」


 平民出身の新入生から失笑が生まれ、貴族の生徒はダードの意見に同意しているようだ。

 それにしても試験の時も思ったけど、あの教師はやりたい放題だな。よく冒険者学校が採用したもんだ。まあどうせ貴族の力を使ったコネだと思うけど。


「そして次に、理事長の挨拶となります」


 理事長? この学校のトップか。

 ダードを放置する理事長とやらに少し興味が出てきたので、俺は壇上へと視線を移す。

 そして舞台袖から出てきた人物は。


「あ、あの人は!」


 壇上には以前俺を助けてくれたあの人物がいた。

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