第81話 目覚めの眠り姫
俺がリアナ達から逃亡してから3日後。
ふう。シャバの空気はうまいな。
俺は無理矢理【聖約】を結ばせたという罪状で、無実の罪着せられたためラームの街に隠れていた。
しかしそれも今日までだ。
後数分でルーナが目覚めて、俺の濡れ衣を晴らしてくれるからもう逃げ回る必要がなくなる。
「【
王都ルファリアにあるエールの宿屋へと移動すると、俺の部屋の中でリアナ、マーサちゃん、ディアナの3人が待ち構えていた。
まさかルーナの目覚めを出迎えるより、俺を糾弾することを選んだのか!
静かな時が流れる。
3人から出ているプレッシャーのせいか、俺は言葉を発することができない。
そしてそんな沈黙を破ったのは勇者であるリアナだった。
「さあ、ルーナちゃんの所に行こう」
「さすがに今日は戻ってくると思ってましたわ」
「【聖約】の件は、ルーナさんが目覚めてからにしましょう」
良かった。とりあえず俺の命は長らえた。
後はルーナが目を覚めし、誤解を解いてもらえばいいだけだ。
「それじゃあ皆で行こうか」
全員が頷き、ルーナの元へと向かう。
部屋に着くといつもと変わらず、静かな寝息を立てた眠り姫が、ベットに横たわっている。
「本当に起きるんでしょうね」
不安な表情をして、みんなより一歩下がった位置にいるディアナ。
2人が最後に会った時は最悪な別れ方をしたから、ひょっとしたらルーナと顔を合わせるが怖いのかもしれない。
しかし時は待ってくれない。
俺の予想が正しければ後数秒で起きるはずだ。
「う、ううん」
ルーナの目がゆっくりと開いていき、1ヶ月ぶりに意識を取り戻す。
「あ、あれ~、皆さんどうされたのですか? それにここは?」
呪いを受ける前と変わらぬ優しい声を聞いて、俺は安心する。
念のために【「
「良かった。良かったよ!」
「ルーナさん、私マーサです。わかりますか? その節は助けて頂きありがとうございました」
マーサちゃんの感謝の言葉を聞いて、ルーナは頭にはてなを浮かべる。
「その節はって、随分昔のように言うんだね」
「それは⋯⋯」
マーサちゃんが事実を言っていいのか迷っていたので、俺が代わりに経緯を話す。
「ルーナはエリザベートが使った魔道具の影響で、1ヶ月間寝ていたんだよ」
「えっ?」
俺の言葉を聞いてキョトンとする。あのとき自分の身に何が起きたか覚えていないのかもしれない。
「王都に魔物が攻めてきて、エリザベートが魔道具を使用したことは記憶にあるか?」
「う~ん、よくわからないです」
可愛らしく首を傾げて考えるポーズをする。
「そのことより⋯⋯ディアナちゃんだよね」
部屋の角で小さくなっていたディアナの肩がビクッと震える。
「え、ええ⋯⋯そ、その⋯⋯」
呪いのせいとはいえ、盗賊団に暗殺依頼した後ろめたさがあり、うまく話せないでいるようだ。
そんなディアナに向かってルーナが語りかける。
「⋯⋯ディアナちゃんも私のお見舞いに来てくれたんでしょ? ありがとう」
その言葉を聞き、ディアナの目から涙がこぼれ落ちる。
「わたくしのせいで⋯⋯ごめんなさい。ごめんなさい」
ルーナは泣きじゃくるディアナの肩にそっと手を置き、そのまま自分の胸へと導く。
「私、この旅で辛いことがあったけど、ディアナちゃんがあんなことをするはずがないって信じてたよ」
「で、でもわたくしはルーナさんを⋯⋯」
「いいの⋯⋯私を心配してこうして来てくれた。それでいいじゃない」
「ルーナさん⋯⋯」
そして数分間、ディアナはルーナの胸で泣き続けた。
事情を知らないリアナやマーサちゃんは、2人の雰囲気を悟って、見守ることにしている。
それにしてもすごいなルーナは。
まだ呪いのことを話していないのに、それでもディアナを許すことができるなんて。2人の友情の積み重ねがそれだけ大きな物だったとも言えるが、とても俺には真似できない。
けれどこの光景を見ても俺はルーナ、それとリアナの人を信じすぎることは危うい物だと思っている。
いつか2人の想いが届かず裏切る奴がいるかもしれない。
そんな時はルーナとリアナが傷つかずに済むよう、裏で処理することを改めて心に誓った。
そう、どんな手を使ってでも。
「そういえば先ほどから気にはなっていたのですが、私の左手についている素敵なブレスレットは何でしょうか? まさかヒイロくんからのプレゼントですか?」
ルーナはそう言って両手を頬に当て、くねくねと体を左右に振っている。
さっきまではルーナとディアナの感動モードの雰囲気だった部屋が、一瞬で地獄に落とされたかのように冷たいものへと変貌を遂げた。
「あれ? どうしたの? みんな何か怖いよ」
何もわからないルーナだけ、ノーテンキな言葉を発する。
そして目ざとく、俺の左手についているブレスレットを視界に捉える。
「ヒイロくんが私と同じ物を! これってまさかペアブレスレットってやつですかあ!」
恍惚の表情を浮かべるルーナ。
それとは対象に、残りの女性陣らは怒気を含んだオーラを放っている。
「何を言ってるのルーナちゃん。1ヶ月間寝ていてまだ夢をみているのかな、かな」
幼馴染の俺にはわかる。俗にいう、笑顔だが目が笑っていないというやつだ。
「リアナさん、夢なんかじゃありませんよ。ルーナさんは寝起きが悪くて頭の中がまだお花畑になっているだけです」
マーサちゃんは可愛い顔して、中々
「ルーナさんは昔から妄想癖がありまして、幼馴染としてわたくしが謝罪いたしますわ」
けっこう皆厳しいことを言ってる。もし俺がルーナだったら、泣いてしまうぞ。
「3人ともどうしたの? いつもと比べて様子がおかしいよ」
さすが聖女の心を持つルーナは、皆が言っていることを悪い方に取っていないようだ。
「気づいていないみたいだけど、ルーナちゃんのブレスレットは、ヒイロちゃんの奴隷という証なんだからね」
「えっ!? 私お金を返せなくて奴隷になってしまったのですか」
この年で男の奴隷になる。きっとルーナは今、絶望した表情になっているだろう。
しかし俺の予想は見事に外れる。
ルーナの顔を見ると嬉しそう⋯⋯だと⋯⋯。
「もう過ぎたことを言っても仕方がないです。ヒイロくんこれからもよろしくお願いしますね」
「あ、ああ」
何故だ! 何故そんな表情ができる。
わかった。きっとショックが大きすぎて、泣くことができなくなってしまったんだ。
俺があのとき【聖約】を承諾しなければ⋯⋯。
ごめん! ごめんよルーナ!
俺は1人のうら若き乙女を奴隷落ちさせてしまった罪悪感に呑まれ、絶望する。
「リアナさん、ディアナさん私わかっちゃいました」
マーサちゃんは2人を手招きで呼び寄せ、ヒソヒソ話を行う。
「ルーナさんは【聖約】が守られても守られなくてもどちらでも良かったのです」
「どういうこと?」
「お金を返せればそれはそれでよくて、お金が返せなくても奴隷としてヒイロさんのそばにずっと居られるから、どちらに転んでもルーナさん的には問題ないということです」
「けど進んで奴隷になる人なんているのかなあ?」
「ルーナさんならありえますわ。昔から他の人に依存するタイプでしたから。それが自分の好きな異性でしたらなおさら⋯⋯」
「でしたら私の予想は当たってそうですね」
「もしそれが本当だったら、ルーナちゃん、恐ろしい娘!」
3人が何を話しているかわからないが、どうやら【聖約】について俺を追及することにはならなそうだ。
こうして色々な問題、そして疑問を残し、ルーナが1ヶ月ぶりに目を覚ましたのであった。
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