第71話 暗殺者キルガ

「この指輪を売ってきた行商人は今どこに?」


 平常心を取り戻したディアナに問いかける。


「2年前に指輪を購入してからは見かけていませんわ」


 そう簡単にはいかないか。

 後は強奪者スナッチャーのことだが。果たしてどれほどの情報を持っているか。


強奪者スナッチャーについてわかることは?」

「私がわかることはほとんどありませんわ。彼の居場所もわかりませんし」

「接触するときはどうしてるんだ」

「いつも向こうからどことなく現れるので、こちらからコンタクトを取ったことはありません」


 やはり依頼者に情報を渡すようなマネをするはずがないか。

 ん? 今、彼って言ったな。彼らじゃないのか。


「今まで強奪者スナッチャーと何人くらい接触したことがある?」

「3人です。けれど今はもうリーダーの1人しかいないと思いますわ」


 リーダーだけ? どういうことだ。


「何でも仲間に裏切り者がいたためか、盗賊団の方々が次々に検挙されているとおっしゃってました」


 裏切り者か。

 おそらく俺が前に捕まえた強奪者スナッチャーのサブリーダーであるドゥウマのことだ。

 あいつ、ちゃんと約束通り仲間のことを話したのか。

 まああれだけの恐怖を与えたのだからしゃべるのは当然だな。

 けれどこれで、依頼者であるディアナがやめるように言ったのにも関わらず、なぜルーナを殺すことをあきらめないのか理由がわかった。

 強奪者スナッチャー壊滅の原因となった、サブリーダーであるドゥウマを捕まえた俺達を抹殺するためだろう。

 その恨みもあって、ディアナの言うことを聞かなかった可能性が高い。

 待っていれば向こうから来てくれるなら迎え撃って反撃するだけだ。


「ディアナさんはこれからどうするのですか?」

「おそらくここで貴方と会っていることを見られていると思いますから、宿屋には戻れません」


 ディアナの様子を見るとカタカタと震えている。

 指輪で悪意が増幅されている中、リスクを負ってここまで来てくれたのか。

 嫉妬心は誰でも持つものだ。俺だってもし力を失った時に【悪意増幅の指輪】をはめていたらどうなっていたか⋯⋯俺はそんなディアナを信じることに決めた。


「わかりました。ここまで伝えに来てくれてありがとう。後は俺がディアナさんを守るから安心して下さい」

「⋯⋯貴方はその、お名前はなんていうのかしら」

「そういえばまだ名乗ってなかったね。俺はヒイロ。よろしくねディアナさん」


 俺は握手をするために手を差し伸べるが、ディアナからの反応はない。

 そこまで俺のことが嫌いか? まあこの間殺気を思いっきりぶつけたからしかたないか。

 しかし俺の考えとは裏腹に、ディアナさんはおそるおそる手を差し伸べてきた。


「し、しかたないですけど、握手してあげてもよ、良くってよ」


 何かよくわからないけど俺はディアナさんの手を取った。

 怒っているのか顔が少し紅潮している。これはすぐ手を離した方が良さそうだな。


「あっ!」


 あっ?


「いえ何でもございませんことよ」


 何か話し方が変だな。

 と、とにかくこれからディアナをどうするか考えないと。

 とりあえずエールの宿屋へと戻ろう。



「ル、ルーナさん!」

「起きないよ。もうずっと眠ったままなんだ」


 ピクリとも動かないルーナを見て、ディアナさんは困惑する。


「どういうことですの?」

「呪いだよ。1ヶ月目が覚めることはない」


 だから強奪者スナッチャーにとって、ルーナを殺すには絶好の機会だ。


「ディアナさん、君は俺が必ず護る。だから君はルーナを護ってくれ」

「は、はい」


 おそらく今日の夜にでも強奪者スナッチャーは仕掛けて来るだろう。


 こうして俺とディアナさんは、夜の襲撃者を迎え撃つ準備を行った。



 ホーホー。

 夜の宵にフクロウが鳴く頃。

 1人の男が闇夜に紛れてエールの宿屋へと侵入する。

 その動いている様は気配、足音をまるで感じさせず、一流の暗殺者を思わせる。

 それもそのはず、強奪者スナッチャーのリーダーであるキルガの紋章は盗賊の上級職でもある暗殺者の紋章。

 並みの者では日中でさえ彼がいることに気づかないだろう。


 1階から2階へと上がる。

 凡人が階段を上れば、どんなに静かに歩いた所で、木が軋む音がする。しかしキルガはまるで無重力空間にいるかのように昇りきった。


 どの部屋にいるかは宿泊した冒険者達から聞いている。廊下を確認するが静まり返っており、人がいる様子はない。

 ルーナの泊まっている部屋の前まで行き、ゆっくりとドアを開ける。この時だけはキルガは警戒心を特に高めている。さすがに物が動くことだけはどうにもすることができない。

 ドアが音もせず閉まり、目標がいるベットへと近付く。

 暗闇で顔は見えないが、間違いなくいる。この闇夜で唯一光る物、短剣を取り出し、暗殺対象者に向かって静かに振り下ろす。


 キインッ!


 俺は翼の剣で受け止める。

 いくら気配を消そうと【探知魔法ディテクション】から逃れることはできない。


 確実に殺すなら心臓か頭だ。

 だが視界が悪い中、布団の中にある心臓は狙うのが難しい。となると頭しかないと山を張って頭部にくる攻撃に備えていた。

 さすがに横になったままでは予測していなければ、一流の暗殺者の攻撃を防ぐことは難しい。


 しかし暗殺者は寝ている女の子だと思い油断していた、だからこれからが本当の戦いだ。

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