第70話 ディアナとの密会

 宿屋のドアを開け外に出ると、俺を待っていたのか、ディアナと目が合う。


「ぐ、偶然ね。こんな所で」


 偶然だと?

 ディアナは、奇跡的にたまたま会ったかのようなセリフを言ってくる。

 お前はこちらの様子を1時間前から伺っていただろうが。と思わず口にしそうになったが、何のつもりでここにいるかを聞き出すため、向こうに話を合わせるか。


「今日の試験ぶりだな」

「そ、そうね。貴方は今日のテストの問題は解けたのかしら」

「まあそれなりにできたとは思う。そういうディアナさんはどうなんだ?」

「私もまあまあできたと思うわ」


 とりあえず世間話をしてみたけど、違和感のない内容のはずだ。

 そろそろなぜここにいるか聞いてみるか。


「ディアナさんはここで何をしているんですか?」

「べ、別にたまたま通りかかっただけよ。用はないから帰るわ。さよなら」


 捲し立てるような口調でディアナは話、この場から立ち去る。

 やはり本当のことを言うつもりはないか。

 それならこのままディアナを尾行して強奪者スナッチャーの所まで案内させてもらうおう。

 俺は去り行く背中を見つめながら後を追う準備をするが、突如ディアナがこちらを振り向き、駆け足で戻ってきた。


「はあ、はあ。ここにルーナさんがいるのでしょ」


 やはり知っていたか。だがなぜそれをわざわざ言いに戻ってくる。

 俺はディアナの真意が読み取れなかった。


「そんなことを教える義理はないね」


 バレているかもしれないけどルーナの暗殺依頼を出した奴に、素直に言うことはない。


「もうわかっています。が教えてくれましたから」


 あの人っていうのはフードの男、すなわち強奪者スナッチャーのことだろう。


「今までのことで少しお話がありますわ」


 そう言ってディアナは辺りをキョロキョロと見回す。

 どうやら周りに人がいるのを気にしているようだ。

 ここは人通りがあるため、込み入った話をするのには向かないだろう。


「こっちだ」


 俺は手招きをしてディアナを路地裏へと誘う。

 一応、これが俺を誘い出す罠かもしれないので【探知魔法ディテクション】を使って、常に周囲とルーナの周りを探知しておこう。


 ディアナを連れて陽が入らない路地へと向かう。

 俺をはめるための話かそれとも⋯⋯。

 さて、どんな話をしてくれるか楽しみだ。


 路地に着くとディアナはビクビクと緊張した顔つきだった。

 そりゃあそうか。良くわからない男と暗闇で二人っきりになれば不安になるだろう。


「【光よライト】」


 俺は明るさを抑えた魔法で、辺りに光を灯した。

 若干明るくなったため、どうやらディアナも落ち着きを取り戻したようだ。

 そして俺はディアナからの言葉を待つ。

 10秒、20秒と経つが、何も言う気配がない。しかし30秒ほど過ぎると絞り出すような声でディアナは語る。


「あ、あなたがラームの街で聞いた声は私ですわ」


 今の言葉で、自分が強奪者スナッチャーに暗殺依頼を出したとディアナは認めたようなものだ。


「この間貴方達に会って、そのことを指摘されたら、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまって⋯⋯私はとんでもないことをしたことに気づき、盗賊にもうやめるように言ったのですが聞き入れてもらえず」

「思わずここに来てしまったと」

「そうです。ルーナさんがいる場所は教えてくれていたので」


 この話を信じていいものか。罠の可能性も否定はできない。

 とりあえず今、周りにもルーナの所にも怪しい奴はいないが、ここまでの話だけでシロと判断することは難しいから、もう少し聞いてみるか。


「そもそも何でそんな依頼を出したんだ?」


 ディアナは下を向きワナワナと震えている。


「⋯⋯単純な嫉妬ですわ」


 嫉妬? それで同郷の友人を殺すのか?


「ルーナさんは昔からがんばり屋で、何て言ったらいいのか心が綺麗で、皆さんから大切にされていましたわ」


 その心は俺と会った時も変わっていないな。


「私は自分にないもの持っているルーナさんに苛立ちを持ち、嫉妬しました」


 まあそのような感情は誰にでもありそうだけど。


「そして成人の儀の日。私は戦闘職でもある踊り子の紋章を頂き、これで自分にも自信が持てると思った矢先に⋯⋯」

「ルーナが僧侶の紋章をもらったと」

「ええ⋯⋯ただその時もルーナさんのような方なら、良い紋章をもらえて当たり前⋯⋯と思って別に殺意が沸くことはありませんでした。ですが数日経ってから突然憎しみの心が増し、ルーナさんを⋯⋯ルーナさんをめちゃくちゃにしたい気持ちが高ぶり、思わずあの指輪を購入していました」


 地面に膝をつき、両手で自分の顔を覆い、ディアナは涙を流している。

 これは演技なのか? 俺の目にはとてもそうは見えないぞ。

 それに気になる言葉を言っていた。突然憎しみの心が出てきたこととルーナが着けていた封印の指輪を行商人から買ったことだ。


 今まで溜まり溜まった物が爆発して殺意を覚えることがあるが、ディアナは殺したいほどルーナに対する嫉妬心を持っていたのか。

 まさかとは思い、俺はディアナの身体の隅々まで注視する。


「な、なんですか女性の身体をジロジロと見るなんて。い、いくらカッコ良くてもそんなことは許されませんわ」


 何か変なことを言ってるが、俺は気にせず身体を見ていると、微弱だが左手の指から悪意を持った気配を感じる。


「その左手の中指に着けている指輪はどうしたんだ?」

「これはさきほどお話した行商人から購入した物です。何でもリラックスする効果があるらしくて」


 残念ながらその逆だ。

 鑑定魔法の結果を見ると、気になる効果が書いてあった。


【悪意増幅の指輪】

 悪意を増幅する指輪。

 情緒不安定であったり、感情が高ぶるとその効果は増す。


 一応呪いのアイテムじゃないから、前に会った時も気づかなかったのか。


「ディアナさん。ひょっとしたらその指輪を着けてからルーナに対する殺意が芽生えてきたのではないですか?」

「そ、そういえばそんな気がしますわ」

「俺は鑑定が使えますが、その指輪は、着けている人の悪意を増やす道具ですよ」

「えっ!」


 俺の言葉を聞いて慌てて指輪を外す。


「こ、これが悪意を増す指輪」

「どうですか? 少し身体の中から嫌な物が抜けたのではないですか」

「そ、そうですね。胸の中でうずくまるモヤモヤして感じがなくなりましたわ」


 くそ! こんな物を売り付けるなんてどこのどいつだ!


「私にこんな物が⋯⋯」


 ディアナは恐怖で震え、顔面蒼白の状態になっている。

 無理もない。自分の悪意を増幅され、一歩間違えば友達を殺害していたかもしれないのだ。

 そして畏れのあまり、ふらっと倒れそうになる所を俺は抱き止める。


「ご、ごめんなさい」

「大丈夫ですか」

「怖くて⋯⋯足が⋯⋯このままでいてもらってもよろしいですか」

「はい」


 1分、2分⋯⋯いやそれ以上だったかもしれない。そしてディアナはふと俺から離れる。


「ありがとうございます。指輪の件と、その⋯⋯支えて頂いて」


 顔を赤らめながら、恥じらう仕草で礼を言ってくる。

 プライドの高そうなディアナにとって、恐怖で男に支えられるのは恥ずかしかったのだろう。


 もう大丈夫かな? これで行商人や強奪者スナッチャーのことを聞くことができそうだ。

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