第65話 緊張感がない決闘前

「けっ、決闘!」


 お昼時の食堂にリアナの声が木霊し、周りにいた冒険者達も決闘という物騒な言葉が聞こえてきたため、こちらを注視している。


「リアナ、声が大きいぞ」

「ご、ごめん」


 しかしこの集まった注目はどうするか。

 だがエリスさんがジロリと周囲を見回すと威圧感を感じたのか、冒険者達はこちらに向けられていた視線を外してきた。


 けれどこのままここで話す訳にはいかないな。


「御2人ともとりあえず部屋に行きましょうか」


 エリスさんとダリアさんは俺の提案に頷いてくれてので、リアナとマーサちゃんも連れて移動する。


「お、おい何だったんだ今の」

「騎士団に連れて行かれるなんてあの男は何やったんだ。しかも決闘だなんて」

「けどあのお姉様達にお仕置きされるならありかもな」

「そうだな」


 冒険者達は他人事だと思い、好き勝手言ってくれてる。

 こっちは突然決闘と言われ、内心ヒヤヒヤだ。

 まさかリアナと一緒にいるのが気に入らなくて、どさくさに紛れて俺を排除する気じゃないだろうな。

 エリスさんはリアナのことが好きだから、その可能性は大だ。


 部屋に着くと密閉された空間で距離が近いせいか、エリスさん達の威圧感を更に感じる。


「とりあえず座って下さい」

「いえ、このままでけっこうです」


 立ったまま話すのも何だから座るよう促したが拒否された。

 座ったままだと俺を殺すために、思う存分剣を振るうことができなくなるからか。

 俺は2人に対しての警戒レベルをさらに1段階上げる。


「それで⋯⋯さっき食堂で決闘と言ってましたが、本気ですか?」


 エリスさん達に問いかけると、2人は真っ直ぐとした目で答えた。


「本気です。理由は⋯⋯貴方が私達に勝ったら教えましょう」


 勝ったら教えるか。なら勝利して教えてもらうか。


「わかりました」


 俺は2人の申し出を受ける。


「ヒイロちゃん!」


 リアナから悲痛の叫びがする。

 本来であればこんなことは受けたくないが、あまりにも2人の表情が真剣だったため、承諾することにした。


「何でエリスさんとダリアさんが、ヒイロちゃんと戦わなきゃならないの」

「その答えも勝ったら教えてくれるみたいだからさ」

「で、でも⋯⋯」


 リアナは納得がいってないようだ。

 それもそうか。

 1度決闘を始めたら、大怪我を負ったり死ぬことだってありえるからな。


「エリスさん! ダリアさん! どうしても決闘しなければダメなんですか」

「はい。これは私達に取って必要なことなのです」

「ごめんね~。リアナ様の大事な人なのに~」

「べ、別にヒイロちゃんは恋人じゃないよ」

「ふふ、大事な人と言っただけで恋人とは言ってないよ~。それにって言ったね~、って~」

「う~」


 ダリアさんの言葉でリアナの顔は真っ赤になり、俯いてしまう。

 そして突然俺の肩に激痛が走る。


「調子に乗らないで下さいねクズが!」


 唾をこちらに吐きそうな顔つきで、エリスさんが俺の肩を掴む。

 痛い痛い、俺は何もしてないですよ。


「エリスさんでしたっけ。安心して下さい」

「安心できますか! リアナ様のあの恥じらいの表情。あの男のためだと思うと身が引き裂かれる思いです」

「ヒイロさんの婚約者は私ことマーサですから」

「婚約者?」


 マーサちゃんの言葉で、1度エリスさんの怒りが収まったかのように見えた。しかしまた何故か憎悪を含んだ表情になる。


「この変態ロリコン不審者が!」


 まるでゴミくずを見るような視線でこちらを見てくる。

 まずいこれは。このままだととんでもない変態野郎に思われてしまう。


「いや、誤解だから。マーサちゃんとも婚約者というわけじゃないです」

「ひ、ひどいよ! ヒイロさんは私の心を弄んだのね!」


 マーサちゃんは涙を流し、いや泣いた振りをしてエリスさんの胸元に飛び込む。


「やはり決闘を申し込んで正解でした」

「な、何でですか?」


 答えは大体わかるが、一応聞いてみる。


「社会のゴミを合法的に処理することができるからです」

「ひぃ!」


 こ、この人。俺を殺す気だ。

 これは決闘をするのを止めた方がいいかもしれない。


「はいはい~、冗談はそこまでにしましょう~。エリス副団長~」


 なんだ。冗談だったのか。危うくチビるとこだったぞ。


「はっ? 冗談じゃありませんけど」


 俺、死にたくないから、決闘するのを止める。


「え~ん、え~ん」


 マーサちゃんが泣き真似をして何かをアピールをしている。


「エリスさん。決闘の条件に、ヒイロさんが勝ったら私をお嫁さんにするって付け足しておいて下さい」


 さすがにこの言葉の前では、エリスさんは開いた口が塞がらない。

 暗にマーサちゃんは俺が勝つと言っているような物だからだ。


 殺気を振り撒いているエリスさんにそんなことを言えるなんて。この娘は逞しいなと改めて思った。


「いいでしょう。私が勝ってマーサさんの目を覚まさせて上げましょう」


 もうやだ。最悪だ。

 俺は決闘で死なないように闘おうと心に誓った。


 そういえばこういう話が出た時に、必ずリアナがギャーギャー騒ぐが今日はそんな様子はない。


 リアナside


 そりゃあまだ恋人じゃないけど、それも時間の問題というか。

 ちょっと話してない時もあったけど、私が今まで1番側にいたからヒイロちゃんのことは何でも知ってるからね。


 恋人かあ。

 冒険者学校を卒業したら私達は世界中を回るのかな。

 世界を回る?

 そそそそれって、ししし新婚旅行ってやつですかあー!

 けど裸を見られたし、ヒイロちゃんに責任を取ってもらわなきゃいけないからそうなるのも時間の問題だよね。


「さあヒイロちゃん! 世界を巡る旅に行くよー!」

「何がだよ!」


 突然叫びだしたリアナに向かって俺は直ぐ様突っ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る