第64話 火花を散らす二人

「お帰りヒイロちゃん」

「お帰りなさいヒイロさん」


 宿屋エールに戻ると、リアナやマーサちゃんが出迎えてくれた。


「ヒイロちゃん試験はどうだった?」


 嬉々とした表情で問いかけてくる。


「ダメですよリアナさん。受験はデリケートな問題ですから気軽に聞いては」

「そんなこと言って、マーサちゃんもヒイロちゃんの試験がどうだったか聞きたいんでしょ?」

「そ、それはまあ⋯⋯聞きたいです」


 マーサちゃんはリアナの質問に素直に頷く。


「大丈夫。ヒイロちゃんなら余裕で問題を解いてるから」


 そんなこと言われると、試験の出来が悪かった時言いづらいじゃないか。

 ああ、マーサちゃんもリアナの言葉で、期待に満ちた視線を送ってきた。


「もちろん筆記試験は問題なくできたぞ」


 まあ、特に難しい問題もなかったからいいけどさ。


「さっすがヒイロちゃん!」

「すごいです。ヒイロさん! さすが私の未来の旦那様」


 そしてマーサちゃんが俺の胸に飛び込もうとしたが、勇者としてのステータスの高さがそうさせたのか、リアナがいち速くその行動を阻止する。


「マーサちゃん。淑女が濫りに、男性に触れるのはよくないと思うな」

「別に私は淑女じゃないからいいんですぅ。それにヒイロさんと結婚するから問題ないです」


 結婚という言葉に反応したのか、リアナは威圧感を出してマーサちゃんに近づく。


「結婚は15歳にならないとできないよ」

「では婚約者です。これならいいですよね」


 2人の間に火花が飛び散る。


 別にリアナもそんなムキにならなくてもいいのに。マーサちゃんは俺に助けられて、一時的に憧れのような気持ちを持っているだけだろう。


「あんた達! 昼御飯は食べないのかい」


 女将さんから昼食の準備ができたと呼び掛けがあった。


「「「は~い。今行きます」」」


 料理の匂いに釣られて俺達は食堂へと向かう。


「そうだ。ルーナの調子はどう?」


 機嫌がよろしくない2人に、呪いで寝ているルーナについて聞いてみる。

 実際に会ってはいるが、見ているだけなので、彼女の状態を把握しているわけではない。

 まだ呪いは3週間ほど残っている。目覚めるのは冒険者学校入学式の前日だ。

 ギリギリ憧れの冒険者学校が始まる前なので良かったと見るべきか。


「問題ないと思うよ」

「栄養に関しても、お母さん直伝の万能ドリンクを飲んでもらっているから、後3週間は大丈夫です」

「血行を良くするために毎日マッサージをしているしね」


 女の子にマッサージする。

 何だかその響きでエロい創造をしてしまうのは、俺の心が汚れてしまった証拠なのか。


「ただ⋯⋯」

「ただ? 何かあるのか。もし何かあるなら協力するぞ」


 あの時俺がとっととエリザベートにトドメを刺さなかったから、ルーナは呪いを受けたんだ。俺にできることがあったら何だってしてやりたい。


「う、ううん違うのヒイロちゃん」

「身体は問題ありません。いえ、その身体に問題があるというか⋯⋯」


 2人は顔を合わせて苦笑いをする。

 何だかとても歯切れが悪いぞ。


「リアナ、マーサちゃん。俺にも教えてくれ! 仲間じゃないか」

「大丈夫。ルーナちゃん健康だよ」


(ヒイロちゃんには言えないよ)

(ヒイロさんには言えません)


(ルーナちゃんの⋯⋯)

(ルーナさんの⋯⋯)


((胸が大きすぎて毎回それを見てへこむなんて))


 いきなり2人の顔がどんよりとしてきた。

 何か聞いちゃいけない雰囲気を出してきたので、とりあえずこの話題は止めておいた方が良さそうだな。



 昼食を頂いていると、食堂の入口から、何やらどよめきを感じる。


「誰だあの2人組の美人は?」

「あの服は確か⋯⋯」

「き、騎士団だ! こんな所に何しにきた!」

「こんな所で悪かったわね!」


 食事を取っている冒険者の失言に、女将さんが突っ込みを入れる。

 けど本当に何のためにきたんだろう。

 人だかりができて誰が来たか見えないが、まさかこの中に犯罪者がいるとか? はは、そんなはずないか。

 とりあえず俺には関係ないから、残りの昼食を食べてしまおう。今日も女将さんのご飯はうまい!

 しかしそんな俺の考えとは裏腹に、冒険者達の視線はこちらへ集まってくる。俺を、というか俺の後ろを見ていないか。

 気になって振り向こうとした時、聞き覚えのある声が話しかけてきた。


「リアナ様、お久しぶりです」

「エリスさん、ダリアさん! 怪我は治ったんですか」


 どうやら食堂を賑わした犯人は、リアナの護衛である第1騎士団副団長のエリスさんと部下のダリアさんだった。


「はい、元々怪我は問題なかったのですが、団長が休暇も兼ねて1週間休めとの指示がありましたから」


 そう言ってエリスさんはこちらをチラッと見てくる。

 傷を治したのが俺だから視線を向けてきたのかな。


「けど本当に良かったよ」


 2人の無事な姿を見て、リアナは涙を流しそうになる。

 後で聞いた話だが、魔物が攻めてきた時、逃げずに東門へ行くと指示を出していたのがリアナだったから、エリスさんとダリアさんが傷ついて責任を感じていたのかもしれない。


「みんな無事なのもヒイロちゃんのおかけだね! ありがとう」


 改めて礼を言われると何か照れ臭いな。

 しかし笑顔のリアナと違ってエリスさんの顔は険しい。

 そういえばこの2人は何をしにきたんだ? ただ元気な姿を見せにきただけなのか?

 俺が疑問に思っていると、エリスさんが話かけてきた。


「ヒイロと言いましたね。ちょっと今よろしいですか」


 俺? 俺に何か用があってきたのか。


「はい、なんでしょうか」


 表情を見ると、エリスさんもダリアさんもどこか緊張した赴きで、とても真剣の顔をしていた。


「私達と決闘をしなさい!」

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