第63話 正体を明かせないのも辛いね

「あんなに強い奴、この学園にいたか」

「誰だっていいよ。あのうざいダードを倒してくれたんだから」

「私もがんばってあの人みたいに強くなりたい」


 教師や受験生から感嘆な声が上がる。


 俺は倒れている受験生とラナさんの元へ向かう。


「あ、あなたはいったい⋯⋯」

「とりあえず傷を治しますね」


 2人に向かって魔法を唱える。


「【完全回復パーフェクトヒール】」


 暖かい光がラナさんと受験生を包み込むと、ダードにやられた傷は跡形もなく消え去る。

 しかし受験生は気絶していたため、起き上がらない。

 まあ傷は治したし、直に目が覚めるだろう。


「上級の回復魔法まで使うなんて、あなたは勇者なのかしら? それとも⋯⋯」


 バレたら貴族の教師に暴力を振るった罪で、冒険者学校に入学できなくなるかもしれないので、正体を言うことはできない。


「おい! これは何の騒ぎだ!」


 どうやらダードが敗れたことによる、皆の喜びの歓声を聞きつけ、校舎から数名の教師がこちらに向かってきた。


「やばい」


 捕まってあれこれ聴かれたらめんどくさいことになりそうだ。

 そうなる前に俺は、学校の門へと急ぎ走り出す。


「あっ! 待って!」


 ラナさんが何か言っていたが、止まる訳にもいかないので、俺はそのまま逃げ出した。

 ダードは教師達が何とかしてくれると思うから、俺からは何もしなくていいよな。

 仮にも上級職だからあれくらいで死んだりしないはずだ。



 学校から300メートルくらい離れた所で角を曲がり、俺は自分にかけていた認識阻害魔法を解除する。


「ふう、これで大丈夫だ」

「何が大丈夫なの?」


 エッ!


 後ろを振り向くとそこにはラナさんがいた。

 追いかけてきたのか。

 まずい。まさか正体がバレたか! 逃げることに夢中で、背後の気配にまったく気を配っていなかった。

 いや、少なくとも魔法を解除した所は見られていないはずだ。何か言ってきたとしても知らない振りをしよう。

 俺はドキドキしながらラナさんの行動を待つ。


「あなた⋯⋯高そうなYシャツを着た仮面の人を見なかった?」


 危ない危ない。どうやら俺の正体はバレていないようだ。


「いや、こっちには誰も来ていないぞ」

「そう⋯⋯」


 ラナさんは何か言いたそうな表情をしている。

 まさか本当は俺が仮面の男だということがバレていて、どんな出方をするか様子を伺っているのか。


「あなたは最低ね」

「えっ?」

「同族の仲間がなぶり殺されようとしていたのに、逃げ出すなんて」


 ラナさんから発せられた言葉は予想とは違うものだった。

 嫌な方に誤解されているな。

 けど本当のことを言うわけにもいかない。どうしよう。


「ちょっと用事があったからな」


 とりあえず嘘は言っていないぞ嘘は。


「仲間が殺られていることより大切な用事って何? 私の攻撃をかわしたから少しは見直したけど、やっぱり人間は評価するに値しないわ」


 今の言動からするにラナさんは人族が嫌いみたいだな。

 だけど⋯⋯。


「ラナさんは優しいな」

「は、はあっ? 何でそうなるのよ」

「人族は嫌いだけど見るに見かねて、

「ば、ばっかじゃないの! 私はただあの威張り腐った試験官を一発殴りたかっただけだし」


 何かこの娘わかりやすいな。恥ずかしいのか助けに言ったことを認めたくないようだ。

 俺はラナさんのことを少し気に入った。


「もういい! さよなら! 今後私には2度と話しかけないでね」


 今回話しかけたのも俺からじゃないのに何か理不尽だ。

 ラナさんに嫌われたくないけど、事情を伝えることはできないからしょうがない。

 長話をするとぼろが出る可能性があるので、俺はこの場から立ち去る。


「じゃあ俺は行くよ」


 しかしラナさんからの反応はない。どうやらもう話しかけるなということみたいだ。

 ここにいてもしょうがないので俺はラナさんと別れ、エールの宿屋へと向かった。


 ラナside


 余計な時間を取られたわ。早くあの人を探してお礼を言いたいわ。

 だけど私の視界には変態男以外目に映らない。

 もうあきらめるしかないかな。

 けれどあの場にいたというこは少なくても学校の関係者だ。

 実力的にいって教師の可能性が高いけど、生徒の可能性も否定はできない。

 入学した時の目標が出来たから、少し学校も楽しみになってきた。


 そういえば何であの変態男は、私が受験生を助けに行ったことを知っていたのかしら。

 どうせ帰る振りをして覗いていたのだろうけど。

 まあどっちでもいいわ。もう話すこともないから。

 ラナは頭の隅に少し疑問を持ちながら、この場から立ち去っていった。

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