第56話 幕間1 聖なる壁エリスVS剛剣のダリア

 エリスside


 ダリアが王都の東側から来た者達を迎えに行き、黒い腕輪をはめられた影響なのか、私を斬りつけ深傷を負う。

 そしてリアナ様には回復魔法をかけてもらい、騎士や衛兵の元へと向かって頂いた。


 それにしても何をやっているのですか私は! 戦場で油断して攻撃を受けるなんて!

 ダリアはそんな私の心情などお構いなしに斬りつけてくるが、剣を使って受け止める。


「くっ!」


 あまりの威力に私の手は痺れてしまう。

 万全の状態であれば、ダリアの剣をうまく受け流してかわすことができるが、今の傷を負った私ではそれすら難しい。


【剛剣のダリア】


 先程冗談っぽく副団長はダリアにと話をしましたが、彼女は将来そうなるであろう逸材だ。

 まさかこんな形で戦うことになるなんて。

 彼女の攻撃は極力かわさないと。防御してもパワーで押しきられいずれこちらが疲弊してしまう。

 しかし力業の相手に技で勝つのは私が得意とする所だ。


 ダリアは剣を使って攻撃してきますが、その剣は技術のかけらもなく、ただ力で振り回しているだけなので、かわすことは容易ですね。

 というか何をしているですかダリアは! あの娘の剣技は力任せな所がありますが、野生の勘というか相手の弱点を見抜き、的確に攻撃してくる強みがあるのに、それがまったく見られない。

 その様に私は苛立ちを覚えるが、情けないことに今の私ではそんなダリアとさえ互角に戦えるかどうか⋯⋯。

 だけどこのまま操られて人を殺すようなことになれば、ダリアの心に傷を残してしまう。

 この娘の為にも負けるわけにはいきません!


 無気力な目をして左右に剣を振りましてくる攻撃を、後ろに下がりながらかわしていく。


「いつっ!」


 受け止めなくても動くことによって腹部の傷が痛む。

 偶然なのか、激痛で動きが鈍った時を狙って剣が迫ってくる。


「しまった!」


 傷ついた私がダリアの攻撃を受け止められるはずもなく、剣は明後日の方へと飛ばされてしまう。

 そして攻撃を剣で受け止めた代償か、腹部の傷が開きおびただしい血が流れ出てくる。

 私は慌てて腰に差していた短剣を取り出すが、こんなものでダリアの攻撃を受けきれるわけがない。


 どうする!


 黒い腕輪を壊せば、おそらく正気に戻すことができるはずだけど、出血が激しい今の私にそれができるか。

 いえ、できるできないじゃなく何としてでもダリア止める。


 静寂の中ダリアが迫ってくる。

 私は両手を広げ、可能な限り全力で前へと走ると、ダリアは剣を真正面に構える。


 シュンッ! と音がなるくらいするどい突きが私の胸部を貫く。


「グフッ」


 体内からあふれでてくる血液を留めることができず、口から血を吐き出してしまう。

 あまりの激痛に意識を持っていかれそうになるが、このまま死ぬわけにはいかない。

 残りの力を振り絞り、ダリアの両腕を掴む。


「離さないわ絶対に!」


 私は右手に持った短剣で黒い腕輪斬ろうとするが、力が入らない。


「う、うごいて! 私の右手!」


 後少しです。

 しかし無情にも吐血した血が右手にかかり、短剣をすべらせてしまう。


「あっ!」


 カランカラン


 地面に落ちてしまった短剣を拾うことは、この剣が突き刺さった状態では不可能だ。


「ごめんなさい⋯⋯ダリア⋯⋯リアナ様⋯⋯」


 目が閉じ、私の意識は闇へと吸い込まれていく。

 せっかく護衛にして頂いたのに、ダリアを救うというリアナ様からの命令を遂行できないなんて⋯⋯。

 だけど今はそのことよりダリアを⋯⋯救うことが大切だ。


 諦めることは死んでからすればいい。

 何か、何かないの。

 私は閉じていた目を開け、無造作に手を動かすと、ダリアの腰に差していた短剣に当たる。


「こ、これよ」


 最後の力を振り絞り、ダリアの短剣を引き抜くと、そのまま黒い腕輪に突き刺す。


「お、お願い。壊れてえ!」


 パリンッ!


 何か音がすると、黒い腕輪を灰のように消えていった。


 や⋯⋯やったわ。これでダリア助かる。


 ダリアは人形の糸が切れたようにその場に倒れ、支えを失った私も崩れるように地面へと向かっていく。


 良かった。何とかダリアだけは救うことができました。

 私はここまでです。

 ダリア、リアナ様を頼みましたよ。


 ⋯⋯しかし私の体はいつまで経っても、地面に着くことはなかった。

 それどころか、何かに支えられている感触がある。

 なんですかこれは?

 何者かに抱き止められることによって私は今までにない安心感を感じている。

 だけど今の私にはそれが何なのか確認することができず、今度こそ意識は闇の中へと落ちていった。



 ヒイロside


「【完全回復パーフェクトヒール】」


 回復魔法をかけるとエリスさんの傷は瞬時に塞がっていく。

 これで大丈夫なはずだ。

 念のために呼吸を確認するがちゃんと正常に動いていた。


「うぅ⋯⋯ここは天国ですか?」


 どうやら目を覚めしたようだ。覚醒して1番にその言葉が出てくるなんてエリスさんは天国に行けると思っているのか。


「いえ、地獄のようですね」


 目の前にいた俺を認識すると、とんでもないことを言い始めた。


「ここは天国でも地獄でもなく現実です。あなたは生きています」


 エリスさんは慌てて自分の胸に手をやると、傷が治っていることに驚愕する。


「これはあなたがやったのですか」

「そうです。重症だったので回復魔法をかけさせて頂きました」

「あなたは何者ですか」


 鋭い目付きでこちらを見てきたが、エリスさんはため息をつくとその殺気は霧散していった。


「それよりダリアとリアナ様は?」


 キョロキョロと見回すと、地面にダリアさんがおり安堵する。


「リアナはまだ敵と戦っているから今から助けに行ってきます」


 エリスさんは体を起こそうとするが、血を流し過ぎたせいかうまく立つことができない。


「どこの誰かもわからない男に頼むのはとても不本意ですが、リアナ様をお願いします」

「一応リアナとは同郷の者なので安心してください」

「男という時点で安心できません」


 エリスさんは男が嫌いなのか。


「ヒイロくん、下の方が騒がしくなってきたから早く行った方がいいかもしれないよ」

「わかった」


 城壁の上から下の様子を確認していたルーナからお呼びがかかったので、俺は急ぎ浮揚魔法レビテーションを使いリアナの元へと向かった。


 エリスside


 く、屈辱です。

 まさか私が、男に抱き止められて安心感を得るなんて。

 これは何かの間違いです。ええ間違いです。

 きっと意識が朦朧としていたから、勘違いをしてしまっただけ。

 そうですこれは夢です。犬に噛まれたと思って忘れましょう。


 この時の感情が何か、今のエリスは知るよしもなかった。

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