第46話 勇者としての私

 宿屋エールを出ると外は大混乱に陥っていた。


「逃げろ! ここにいたら死んじまうぞ!」

「見たことがない数の魔物が攻めてくるらしいわよ!」

「貴様らどけ! 俺様を先に行かせろ!」


 王都の騎士団らしき人達が必死に誘導しているが、皆自分が逃げることで精一杯で統制が取れていない。

 マーサちゃんを探そうにも、一度道に出ればこの人の流れに巻き込まれてしまいそうだ。


「ヒイロくんどうしますか」

「⋯⋯上を通って行こう」

「ルドルフさんみたいにお空を飛んで行くのですか?」


 俺はルーナに【転移魔法シフト】をかけて屋根の上へと飛ばし、その後自分にも魔法をかけて移動する。

 確かにルドルフさんみたいに空を飛ぶこともできるが、俺は2つの魔法を同時に使うことができないので、探知魔法を使用しつつ、走ってマーサちゃんを探すことを選択する。


 住民達は王都の中心部にある城へと逃げているから、俺達は外壁の方を探すか。もし万が一、城の方にマーサちゃんがいるなら、少なくとも王都が陥落しない限り魔物に殺られる心配はないからだ。


「よっ! ほっ!」


 屋根の上は多少歩きにくくなっているが平坦なため、今のところ問題なく移動することができている。


「んっ! あっ!」


 後ろを見るとルーナもなんとか付いてきている。

 暫く進むと騒がしかった声が聞こえなくなったため、下の方の様子を見ると、人の姿がほとんど見当たらない。

 そろそろ降りて移動するか。


「ルーナ、ちょっとごめんよ」

「えっ?」


 俺はルーナの膝の裏と首の後ろの所を両手で持ち、屋根から飛び降りる。


「きゃああっ!」


 突然の落下に、腕の中から絹を切り裂くような悲鳴が聞こえてくる。

 俺達の体は重力に逆らわず、真っ直ぐに下へと落ちるが、足が地面に着くことはなかった。


「【浮揚魔法レビテーション】」


 本来なら高いところから飛び降りた衝撃で足に激痛が走るが、そうはならず、今俺達は魔法によって空中を浮遊している。


「と、飛んでいる。これはルドルフ様がお使いになっていた魔法?」


 ルーナは自分が空を飛んでいることが信じられないようだ。


「そうだよ。そろそろ人が少なくなってきたから、下から行った方が早いと思って」


 ゆっくりと地面に着地し、腕の中にいるルーナは下に降ろす。


「突然の事でびっくりしちゃいました」

「ごめん、一言言えば良かったね」

「いえ、驚きましたけど嬉しかったから許します」


 嬉しかった? 空を飛んで気持ち良かったってことか。


「今度はもう少しゆっくり、お姫様抱っこで空のお散歩に連れていって下さいね」

「わ、わかった」


 俺はルーナとの空の旅を約束し、一度【探知魔法ディテクション】を使用する。


 俺を中心に魔力の波が広がっていき、2キロ圏内の人達を捉える。


 いた!


 見つけることができたけど、そこは王都の外だ。何でこんな所にマーサちゃんがいるんだ? そしてマーサちゃんはいつもの素敵な笑顔ではなく、目が虚ろで表情がなくなっている。

 俺はマーサちゃんの状態も心配だったが、その場にいる別の人物に目を奪われた。茶色がかったセミロングの髪に、周りを幸せにする雰囲気を持つ、俺が会いたかった人。


 リアナがそこにいた。


 リアナside


 魔物の大群が攻めてくる少し前。

 私は2日前に王都へ到着し、冒険者学校の寮でのんびりと過ごしていた。

 どうやら私は試験を受けなくても、入学とAクラスが決まっているらしい。

 このお部屋はとても豪華で、私なんかが住んでもいいのか少し躊躇いがある。

 ラーカス村にある自宅の部屋と比べると、5倍以上の広さで、トイレ、キッチン、お風呂も部屋についており、何だか落ち着かない。

 ただ落ち着かない原因は他にもあって、部屋の外には私を護衛しここまで連れてきてくれた、エリスさんとダリアさんが待機している。


「あの~」


 私は部屋の外にいるエリスさんに向かって話しかける。


「どうされました」

「冒険者学校が始まってからも私の護衛をされるのでしょうか」


 私なんかの為に、数少ない騎士団の方の人員を割いてもらうのはもったいないことと、1人になる時間がなくて正直気が休まらないため聞いてみる。


「リアナ様は私達がいることにご不満なんですか」


 エリスさんは冷静に答えるが、言葉とは違って表情は今にも涙がこぼれ落ちそうな顔をしている。


「ち、違います。お二人にはここまで連れてきて頂いて感謝しかありません」

「リアナ様⋯⋯」


 私がお礼の言葉を伝えると、先程までの表情が嘘のようにエリスさんの顔がデレデレしたものとなる。


 王都までの旅で、エリスさんは任務に忠実で真面目な方だと思っていたけど、それ以外にも女の子が大好きだということがわかった。

 特に私のことを気に入ったみたいで、護衛だと言って一緒にお風呂に入って来たり、寝る前にマッサージをしてきたりといつ貞操を奪われるか心配で大変だった。

 私の初めてはちゃんと上げる人がいるんだから⋯⋯。

 だ、誰かって? それは勿論ヒ⋯⋯ミツだよ。


「私達が王より命じられたリアナ様の護衛は、冒険者学校の試験が終わるまでとなっています」


 そっか。それなら後1週間位で2人は騎士団に戻るんだ。

 だけどまだエリスさんの言葉は終わっていなかった。


「もしリアナ様が望んで頂けるのであれば、私は専属の護衛としてこのままここに残る所存であります」

「えっ?」


 私の? 専属?

 突然の申し出に、私はエリスさんが言った言葉が理解できない。


「副団長~、騎士団はどうするんですか~」


 ダリアさんが間延びした声で正論を言う。


「勿論辞めます。副団長の座はダリア、貴女に譲りましょう」

「え~っ! いいんですか! 騎士団といえば花形職業ですよ!」

「よいのです。私は自分の生きる道を見つけましたから」


 エリスさんの言葉に私は絶句する。

 護衛を生きる道とまで言われちゃいましたよ。


「マジ勘弁してください。私が団長に殺されちゃいますよ」


 そうですダリアさん頑張って下さい。エリスさんを説得できるのは貴女しかいません。


「まあけど、今日日騎士団の仕事は大変ですからね~、私も辞めて勇者様に雇ってもらおうかな~」


 ダリアさん何言ってるんですか!

 貴女まで同じ事を言ってどうするの!

 こうなった私がお二人を思いとどまらせるしか――。

 しかし私にはその時間は許されなかった。


「た、大変です! エリス副団長」


 1人の騎士が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。


「あなた、勇者様の御前ですよ。いきなり部屋に入ってくなんて失礼ではありませんか」


 先程のデレデレした表情から打って変わって、キリリと凛とした顔へと変貌する。

 とてもさっき騎士団を辞めると言った人には見えない。


「も、申し訳ありません。ですが緊急事態のため、平に御容赦を」


 どうしたのだろう。何か嫌な予感がする。


「王都の四方より魔物の大群が迫っています。勇者様は避難を!」


 魔物の大群! 王都に!


「承知しました。貴方は自分の任務に戻りなさい」

「はっ!」


 騎士さんは敬礼をしてこの場から去っていった。


「リアナ様、急ぎ城へと向かいます」

「は、はい」


 私達は荷物を置いて剣だけを持ち、寮の入口から外へと出ると、そこはいつもの王都とは違う姿を映し出していた。


「どけどけ!」

「うえ~ん! お母さんどこ~!」

「このままだと城に着く前にやられるぞ。かなりの犠牲者が出そうだ」


 この光景はまさに阿鼻叫喚という言葉が相応しいと私は思った。

 怖い、怖いよ。皆が必死の形相で逃げている。

 優しい街だったルファリアが、魔物が攻めてきただけでこうも変わってしまうの。


「さあ、リアナ様行きましょう」


 私はエリスさんの後ろを追いかけようとするが、足が震えて転んでしまう。


「大丈夫ですか。しかし恐怖を感じるのも無理はありません。勇者さまは実戦を経験されていないからしょうがないです」


 ダリアさんが、地面に膝を着いた私を起こそうと手を差し伸べてくれたが、その低い目線で私の目に1人の女の子が目に映る。


「お母さ~ん! お母さ~ん!」


 私はダリアさんの手を取り、急ぎその女の子の元へと向かう。


「リアナ様!」


 静止するエリスさんを振り切り、女の子を抱きしめる。


「どうしたの?」

「お母さんが⋯⋯お母さんがいないの」


 泣きながら女の子は私の問いに答えてくれた。


「リアナ様、早く逃げないとあなたまで魔物の大群に巻き込まれてしまいますよ」

「だけどこの子を放っておくことはできません」


 エリスさんは今までにないほど真剣な視線で私を見据える。


「いいですかリアナ様。もし例え王都が滅びても貴女だけは逃げて下さい。リアナ様は人類の希望、勇者ですから」


 勇者だから逃げていい? 王都の人達を、目の前の女の子を置いて?

 皆を護るから勇者じゃないの。


「すみません。この子をお願いします」


 私は避難誘導をしていた騎士の方に女の子を引き渡し、外壁の方へ歩きだす。


「お、おねちゃんそっちはお城の方じゃないよ」

「うん。わかってる」


 自分の中である決意をすると足の震えは治まってきた。

 私はスピードを上げ走りだそうとするが、エリスさんに止められてしまう。


「リアナ様どこへ行くのですか。早く逃げてください」

「ここにいる人達を犠牲にして?」

「それは⋯⋯先程は最悪の事態を想定して申し上げただけで、もちろん誰も犠牲者がでないのが一番望ましいです」

「私は嫌です! 皆を犠牲してまで助かりたくありません。エリスさん、皆が私を護るんじゃなくて私が皆を護るから勇者じゃないんですか」


 エリスさんは私の言葉に黙ってしまう。


 これは絶対に譲れない。ヒイロちゃんだって自分が逃げるなんて選択肢はしない。私は私の勇者としての道を行きたい。


「わかりました。ダリア、私達も行きますよ」

「え~! 私もですか」

「冒険者学校の試験日までが護衛ですから」

「そんな~」


 エリスさんとダリアさんは着いてきてくれるみたいだ。この2人が私の護衛で良かった。


「それじゃあ行きましょう。エリスさん、ダリアさん」


 こうして私達3人は外壁へと急ぎ向かって行った。

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