第35話 迫りくる脅威

「悪いなヒイロ。あんな化け物見たいに強い奴と戦うのは無理だと判断した」


 どうやらグレイの指示で逃げることを選択したようだ。


「いや、その判断は正解だ。あいつは魔獣軍団団長とかいうだけの実力があったから、あのままだと殺られるところだった」


 だからグレイの行動は正しい。


「ちなみにお前は極大魔法を撃った後、5秒以内にもう1度放つことはできるか?」


 どういうことだ? なぜそんなことを聞くのだろう?

 意味がわからなかったけど、その問いに答える。


「初級や中級の魔法なら連発できるけど、極大魔法は無理だ」

「そうか。ならやっぱ逃げるっきゃないな」


 馬車は昼間に乗っていた時とは違い、かなりのスピードが出ているが、やはり単体の馬? の方が早いのか段々と距離が縮まっている。

 射程内と捕えたのかザイドは、口から炎の玉を吐き出して馬車を燃やし尽くそうとする。


「【氷柱盾魔法アイシクルシールド】」


 俺は地面から出てきた氷柱を盾として使いかわす。


「唸れ! 氷嵐の斧よアイスストーム!」


 吹雪? いやそんな生ぬるいものじゃない。これは盗賊達を一瞬で凍らせたものだ。このまま受けると馬車ごと凍らされてしまうので俺は炎の壁を三枚展開する。


「【炎壁魔法ファイヤーウォール】」


 次々と攻撃が飛んで来るため、こちらは息つく暇もない。

 グレイから逃げると聞いて思い立ったのは、転移魔法を使うことだ。しかし転移魔法は1人しかかけることができないし、連続で使うこともできないので、この状況でもし使う時がくるとしたら、誰か1人を逃がすときだけだ。それか、ここでザイドを迎撃して、なんとか距離を稼ぐしかない。


 しかしそれも難しそうだ。

 闇夜で見えずらいが、ザイドの後方から数十匹の魔物が追走してきている。

 仮にザイドを下がらせたとしても、背後にいる魔物が今度は攻撃を仕掛けてきて、その間にザイドがまた追い付いてくるだろう。

 逃げるなら殺すか大ダメージを与えるしかない。


「【稲妻爆破魔法ライトニングブラスト】」


 上空より現れた稲妻がザイドに降り注ぐが、氷魔の斧をなぎ払うだけで防がれてしまう。

 中級魔法以下だと、武器の特殊能力を使わせることもできないみたいだ。

 かといって極大魔法はMPの消費が激しいから、そう何度も使用するのは不可能だ。


「このまま逃げきれると思うなよ!」


 ザイドは言葉通り距離を縮め馬車に迫ってくる。

 俺は1度引き離すために極大魔法を放つ。


「【氷の国ニブルヘイム】」


 液体窒素の白き霧を生み出し、辺りを一瞬にして氷の世界へと塗り替える。


さえずれ! 氷獄の斧よアイスプリズン!」


 ザイドを中心に氷の壁が三重に展開され、俺の魔法は消滅する。

 MPは減らしたくないのにまた極大魔法を使ってしまった。

 このままだとMPが無くなって、魔法が使用できなくなってしまう。


 ん? 辺りが暗くてわからなかったが、よく見ると氷魔の斧に付いている青い宝玉が光を失っている。いや、また輝き出した。

 もしかしたら氷魔の斧の特殊能力は連続では使えないのか。

 ザイドがアイスプリズンを使って、約5秒くらいで宝玉に輝きが戻った。


 5秒? これはさっきグレイが言っていた秒数だ。

 まさか1度見ただけで武器の特性を見抜いたのか。盗賊を見破った時といい、その洞察力に畏怖を覚えずにはいられない。


 それなら――。


「グレイ何か策はないのか!」


 グレイは目を閉じて考えていたが、突然見開いて言葉を発する。


「後20分くらい頑張れるか?」


 20分? 20分立つと何かあるのか。


「エドワードさん、エリベートの街まで後20分くらいですね」

「は、はい。おそらくは」

「そこまで行けば助かる」

「だけど、ザイド達をこのまま連れて行ってもいいのか」


 エリベートには魔獣軍団の団長を倒せる奴がいるのか。おそらく元魔王のヘルドを倒した勇者パーティー並の人達がいないと無理だぞ。


「大丈夫だ。だがヒイロは極大魔法を一発撃てるくらいのMPは残しておけ」


 どういうことかわからないが、グレイには策があるのだろう。


「わ、私にも何か手伝えることがあるかな」


 ザイドの殺気に慣れてきたのか、ルーナも手伝いを申し出る。


「閃光玉は後いくつある?」

「5つだよ」

「もう効かないかもしれないけど、定期的に投げつけてくれ。少なくとも目を閉じて回避するはずだから多少の時間は稼げるはずだ」

「わかりました」


 ここから新たな逃亡劇が始まった。

 だが先程のように、闇雲に逃げていた時とは違い、今は勝利へのカウントダウンがあるので気持ち的には全く異なる。


 俺はMPを温存しつつ迎撃しているが、ザイドの後方にいた魔物達が次々と追い付いてきている。

 以前倒したサーベルウルフに、ザイドと同じ馬? に乗ったリザードマンだ。

 MPの消費は激しいが、魔物達を蹴散らすため、俺は魔法を唱える。


「【氷の国ニブルヘイム】」


 液体窒素の白き霧を生み出し、辺りを一瞬にして氷の世界へと塗り替える。


「くっ! さえずれ! 氷獄の斧よアイスプリズン!」


 ザイドをに氷の壁が三重に展開され、俺の魔法は消滅する。

 しかし、ザイドの近くにいた魔物達9匹は瞬時に凍りつき、声を上げることもできず絶命した。


 やはりそうか。

 氷魔の斧の特殊能力は、広範囲に展開できないみたいだ。


 これで魔物達が少しは戸惑ってくれるといいけど⋯⋯。

 しかし俺の願いも虚しく、先程と変わらないスピードで魔物達は追いかけてくる。


「我が部下達をよくも! だがそろそろ追い詰めさせてもらうぞ」


 ザイドは不適な笑顔を浮かべる。


「ヒイロ! 前方に魔物の群れがいるぞ」


 10匹前後のサーベルウルフが俺達を待ち構えている。

 このままだと馬が殺られて、これ以上逃げることができなくなってしまう。


 俺はルーナに視線を送ると頷いてくれたので、後方は任せることにした。


 魔物まで後30メートル。

 火魔法や氷魔法を使うと馬が驚いてしまうので、俺はスキル【魔法の真理】から上級風魔法を唱える。


「【空気斬魔法エアリアルスラッシュ】」


 俺の両手から空気の刃が広範囲に放たれ、サーベルウルフをなぎはらう。


「勝機!」


 馬車の後方からここぞとばかりにザイドが接近してくるため、ルーナは手に持っていた閃光玉を投げつける。


「今です」

「それはさっき見たぞ!」


 ザイドとブラッドホースは光が放たれる瞬間目を閉じて、閃光玉をやり過ごす。


「これで終わりだ! 唸れ! 氷嵐、ぐわぁぁ!」


 ザイドが目を開けたすぐ後に、再び光の洪水が放たれた。

 どうやらルーナは時間差でもう1つ閃光玉を投げていたみたいだ。


「やるじゃないか」


 ルーナは俺の言葉を聞いて、照れ臭そうに笑顔を浮かべる。



「そろそろだな」


 グレイは懐から閃光玉のような物を取り出し火を着けると、玉は上空に飛び上がり弾けた。


 これは⋯⋯花火だ。

 しかし、ただの花火ではなく魔力を帯びている気がする。おそらく信号弾のような物か。ということは街にザイドを倒せるような強者がいるのかもしれない。俺は希望を持ちつつ迫ってくる魔物達に対して土魔法を放つ。


「【土棘魔法アーススパイン】」


 地面から先の尖った土が隆起して、ザイドの進行を阻止する。


「はっ!」


 しかしザイドは馬? を巧みに操り、ジャンプ1番かわしてしまう。

 いつか俺もあんな風に馬を操りたいが、今はそんなことを考えている場合じゃない。そろそろMPが少なくなってきた。


「グレイ。後どれくらいだ」

「もう少しだ」


 だがここで予期せぬアクシデントが起こる。


「ヒイロさん、馬が!」


 エドワードさんの声と共に馬車のスピードが落ちていく。


「チッ! 先に馬がへばりやがった」


 背後からゆっくりとザイドが迫ってくる。


「どうやらここまでのようだな」


 もうこれ以上は逃げれないな。

 俺は馬車を降りて、ザイドと対峙する。


「ようやく戦える。私は楽しみは後に取っておかず、最初に食べるタイプだから少々待ち焦がれたぞ」

「後になればなるほど美味しくなるから一生取っておいてくれてもいいぞ」

「ふふっ」


 俺の言葉がおかしかったのか、ザイドから笑い声が聞こえる。


「お前は面白いな。その年でその技量、どこで磨いていたのか」

「村で1人で修行していただけだ」

「独学で? 末恐ろしいな」

「魔獣軍団団長に誉められとは光栄だね」

「⋯⋯貴様名は?」

「ヒイロだ」

「ヒイロか。覚えておいてやろう!」


 ザイドは猛スピードで一直線に向かってくる。

 もうMPはあまり残っていない。俺は短剣で戦うことを選択する。

 だが斧を受け止めるわけにはいかない。受け止めた瞬間短剣は破壊されることが見えている、ザイドもそれを狙っているはずだ。


 ザイドは斧を振り下ろすと見せかけて、口を開き炎の玉を吐き出してきた。

 至近距離だったが、俺は身を捻りなんとか炎をかわす。しかしそれが狙いだったのか、体制を崩した俺に対して氷魔の斧が振り下ろされる。


 しまった!

 これは避けきれない!

 俺はなんとか短剣で受け止めるが、バリンッと音が鳴り短剣は破壊される。そしてその勢いで左肩を斬られ、更に追撃の一撃が迫る。


「ヒイロくん!」


 ルーナの悲痛の叫びが夜の暗闇に木霊する。


「【炎壁魔法ファイヤーウォール】」


 俺はザイド前に炎の壁を作り、なんとか追撃を逃れることができたが、斬られた痛みと冷たさで片ひざを地面に着く。


「くそっ! じじい何やってんだ!」


 グレイは苛立ちの声を上げるが、ザイドは待ってくれない。


「これで終わりだな」


 氷魔の斧を振りかぶり、止めの一撃を繰り出すため俺を見据える。


「ダメー!」


 ルーナの悲鳴で止まることなく、重力に逆らわず斧が俺に向かって落ちてくる。


稲妻爆破魔法ライトニングブラスト


「ぐっ!」


 突然現れた稲妻がザイドに当たり、小さなうめき声を上げる。


「中々頑丈な奴じゃのう」


 上空より白いロープに身を包んだ、端麗な顔をした白髪のお爺さんが現れた。

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