第15話 自分の命、ルーナの命

「よくも、サジを! お前はぜってえ殺す!」


 奴隷商人は仲間が殺されて、怒り心頭のようだ。


「頼む兄貴俺にこいつを殺らせてくれ!」

「ちっ! 感情的になりやがって。早くけりをつけろよ」


 厳つい男のことは、サジと言うのか。だがもう死んでしまっているので、名前を聞いても意味はない。


「てめえ、ただで死ねると思うなよ」


 奴隷商人は鋭い目で睨みつけてくる。

 おお怖。今にも人が殺せそうな目つきだな。

 俺は距離を取り、様子を伺っていたが、突然奴隷商人が右腕を振り下ろしてきた。


 ビシッ!


 俺の頬に何かが当たり、ダメージを受ける。

 今のはなんだ? 奴隷商人との間合いは十分に取っていたはずなのに。


 俺は奴隷商人の右手を凝視すると、縄のような物が見えた。

 これは鞭だ。

 鞭による攻撃は中距離に長けていて、軌道が読みにくい。

 しかし懐に入れば短剣を持つこちらの方が有利になるが、俺はこの距離を保つ。

 なぜなら鞭の攻撃は食らいやすいが、致命傷にはならないのと、元々のステータス値に差があるので、不用意に近づくと殺られる可能性があるからだ。

 俺としてはこのまま時間を稼いで、街から衛兵が来るのを待ちたい。


 奴隷商人は、右に左にと縦横無尽に鞭を振るってくる。

 俺は何とかかわそうとするが、暗闇で視界が悪いこともあり、避けることができず、体の至るところに傷ができる。


「中々しぶといな。だがサジの分までお前を嬲り殺してやる」

 

 どうやら奴隷商人は、俺を痛みつけてから殺すのをご所望のようだ。

 いいぞ。このまま時間かけてくれるのが俺の望む展開だ。

 鞭で攻撃された所からは激痛が走るが、殺されるよりはいい。

 俺は歯を食いしばって痛みに堪える。


 奴隷商人は、頭に血が登って冷静な判断ができていないのか、鞭の軌道が単調になってきた。

 これならあまり攻撃を受けずに済みそうだ。

 俺は顔を狙ってきた攻撃を、右に転がってかわす。

 しかしかわした先に盗賊が待ち構えていて、俺に向かって短剣を付き出してくる。

 不意を突かれたこともあり、短剣が左肩を貫通してしまう。


「ぐっ!」

「ヒイロくん!」


 ルーナから悲鳴のような声が発せられる。


「兄貴。俺に殺らせてくれるんじゃないんですか」


 突然の乱入に奴隷商人が抗議する。


「こいつの狙いがわかった。時間を稼いでいるんだ。さっきから防御に徹して自分から攻撃にいってねえ」


 ちっ! 気づかれたか!


「ただこいつが俺に、手も足も出ないだけじゃねえんですか」

「だからお前はバカなんだ。街の方を見てみろ」


 ラームの方からいくつも明かりがこちらに向かってきている。

 俺は自分が持っている小型のランタンに明かりを灯す。


「へへっ、これで街の衛兵が、この明かりを目指してこっちに向かってくるぞ」

「こいつ余計なことを!」


 奴隷商人の鞭によって、俺のランタンは壊されてしまう。

 しかし、もう遅い。


「あ、兄貴。どうしますか」

「ちっ! 仕方ねえ。依頼だけでもこなすぞ」


 盗賊は短剣を持ってルーナの元へ向かう。

 まずい! 奴隷商人の命令でルーナは動けないんだ。

 俺は急いでルーナの元へ向かうが、ケガをしている影響もあり、盗賊の方が早くたどり着いてしまった。


「動くな! 動くとこの娘の土手っ腹を刺すぞ」


 ルーナは今、動くことができない。そんなことをされたら確実にあの世行きだ。


「いやっ!」


 俺は盗賊の命令に従って歩みを止める。

 くそっ! このままではルーナが殺されてしまう。動けないのをいいことにそのまま刺すつもりか。


 しかし盗賊は、俺の予想とは違う行動に出た。

 自分が持っている短剣をルーナに渡し、俺に向かって命令する。


「お前はそのまま動くな。もし動いたらこの娘は、自分に短剣を刺すことになるぞ」

「なんだと!」

「えっ?」


 俺とルーナは盗賊の言葉を聞いて驚愕する。


「お前のせいでこの娘と犯りそこねたんだ! その責任を取って貴様には死んでもらう」

「きたないぞ!」

「お前は随分綺麗な世界で生きてきたんだな。俺にとってこんなことは、日常茶飯事だぞ」


 まずい。動けばルーナが殺される、動かないと俺が殺される。

 その二択はどちらを選んでも、地獄だ。


 盗賊が新しく出した短剣を持ち、歩いて近づいてくる。

 俺には盗賊の一歩一歩が、死神からのカウントダウンのように見えた。


「嫌だ! やめてえ!」


 残り5メートル。


「私のことはいいから逃げて!」


 残り3メートル。


「殺すなら私にして!」


 残り1メートル。


「ダメェェェ!」


 ダメだ。俺にはルーナを見捨てることはできない。

 俺が動くことによってルーナが死んだら、一生自分を許せないだろう。

 動いても動かなくても殺されるなら、少しでもルーナが長く生きられるように俺は盗賊の短剣を食らう覚悟をする。

 最後に、自分より他人を優先するリアナみたいな娘に会えて良かったよ。

 願わくば俺の命で救われてほしいが、どうやら厳しそうだ。

 街の方から向かってくる光は、先ほどと比べてだいぶ近くになったが、俺やルーナが殺されるまでには間に合わないだろう。


 最後にもう一度リアナに会いたかったな。


 残り0メートル。


 ブシュッ!


 無情にも盗賊の短剣が胸に突き刺さり、大量の出血と共に、俺は地面に崩れ落ちた。



 ルーナside


「いやぁぁぁ!」


 ルーナの悲鳴がこの場に鳴り響く。


 しかし、そんな二人を見ても盗賊達は顔色一つ変えず、次の行動に出る。


「兄貴! 街から灯りがどんどん近づいてますぜ」

「どうやら、今の悲鳴が聞こえたみたいだな」

「どうしますか」

「とりあえずこの娘が死ぬように命令しろ」

「わかりやした」


 ヒイロくんが私のせいで死んでしまった。

 そして私にも死神の手が迫ってきている。

 私は、自分だけが助かるわけにはいかないと、一瞬死ぬ思いにかられたけど、せっかくヒイロくんが護ってくれた命、簡単には死ねない。


「お願い私の手。動け動け動いてよ!」


 自分の持てる力を全て使って、奴隷の制約に抗う。


 しかし何をしても、私の手は言うことを聞いてくれない。


 そして最後の時が来た。


「ルーナよ。自分で短剣を胸に突き刺せ」


 奴隷商人の命令によって、私の意思とは関係なく腕が動く。


「止まってぇ!」


 しかし私の願いも空しく、短剣が胸に突き刺さる。


 ブシュッ!


 私の胸から鮮血が飛び散り、赤く染め上げた地面に私は倒れた。


―――――――――――――――


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