第14話 初めての対人戦

 ラームの街の門を通ると、そこは暗闇の世界だった。


 できればランタンに明かりを灯したいところだが、馬車に乗っているのが暗殺者や盗賊だった場合、居場所を知らせることになってしまうので使わない。

 それに門番の方の話だと、馬車が通ったのは、ついさっきとのことだからまだ近くにいるはずだ。


 どこだ!


 左右を見渡すが、周りには誰かいる様子はない。

 やはりこの暗闇で人を探すのは不可能か。


 ガタガタッ。


 なんだ今の音は?


 耳を澄ましてみると、粗っぽい音が聞こえてくる。

 これは馬車の音か?

 俺は目を凝らして見てみると、段々暗闇に慣れてきたのか、白い馬車が街道を反れた道を走っているのが見えた。


 あの馬車か!


 こんな夜遅くに、街道を外れた道を行くなんて怪しすぎる。

 俺は急ぎ馬車の後をつける。


 馬車は暫く走り、茂みの向こう側で止まると、頬に傷がある男が出てきて、辺りをキョロキョロと見回す。


「大丈夫だ、周りには誰もいねえ。楽しむには打って付けの場所だ」


 楽しむ? なんのことだ。


 俺は馬車の裏側に回り、男の様子を伺う。


「おら! 降りろ」


 馬車の中から眼帯を着けた男と顔が厳つい男、そしてルーナが出てきた。

 あの中にディアナがいるのか?

 いや、あの三人の風貌からして、どう見ても山賊か盗賊の類いだろ。

 ただ、ルーナは口を塞がれているわけでもないのに、騒いだり抵抗したりする様子はない。


「さて、犯っちまうか」


 眼帯を着けた男が、ルーナの顎に手を伸ばす。


「お前も運が悪かったなあ。けどこれも依頼なんでね」

「兄貴、早く犯りましょうよ。こいつ童顔のわりに胸がでかくて、もう俺、我慢できませんよ」


 顔が厳つい男がルーナを犯そうとしている。それに依頼と言っていたから、さっき路地裏で聞いていたことは間違っていないようだ。

 ただ、三人の男の声が、路地裏で聞いた声と違うような気がする。


「まあまて、まずは俺が楽しんでからだ」


 眼帯の男はルーナの胸元に手を伸ばそうとする。


「おっと。無抵抗のままだとつまらねえから、動けるようにしろ」


 頬に傷がある男が何かを言うと、ルーナは突然声を出しはじめる。


「やめて! 私に何をする気なの!」

「子供じゃねえんだから、それくらいわかるだろ。楽しませてくれたら命を助けてやるぜ」


 眼帯の男が下衆な笑みを浮かべ、舐めるような視線でルーナを見る。

 こんなことを言ってるが、こいつらは依頼で動いているから、ルーナの命を助けることはしないだろう。


「ディアナちゃんは! ディアナちゃんはどこにいるの!」

「こいつは何も知らねえんだな。今回の依頼は⋯⋯」

「余計なことを言うんじゃねえ!」


 頬に傷がある男が何か言おうとしたが、眼帯の男が制止する。


「す、すみません兄貴」


 今回の依頼は? 何か秘密があるのか。


「まあいい。今は楽しむ方が先だ」


 眼帯の男は、改めてルーナの胸元に手を伸ばす。


「やだ、やだよ。 助けてディアナちゃん!」


 ボムッ!


 突然辺りが白い煙に包まれる。


「うわっ!」

「なんだこれは!」


 俺はゴブリンの時に使用したけむりだまを、男達に投げつけた。

 辺り一帯に煙霧が広がり、夜闇やあんの視界がさらに悪くなる。


 男達が混乱している隙をついて、俺はルーナの元へ走り出し手を取った。


「逃げるぞ」

「この声は? ヒイロくん!」

「早く」


 ゴブリンから逃げたときのように、俺達は手を繋ぎ、この場から離脱する。


「くそっ! 何も見えねえ」

「女がいないぞ! どこに行った!」


 俺達はすでに男達から20メートルくらい離れているので、後はこのまま街の方へ行けば、門番の人が衛兵を集めてくれているので、逃げきることができるはずだ。


「だ、だめ。このままだと捕まっちゃう」

「街から衛兵が来るから、そこまで行けば助かるよ」

「ちがう、ちがうの!」


 ルーナは何かに怯えているようだ。

 どうしたんだ? ルーナは何を恐れている。男達の中にすごい紋章を持っている奴がいるのか。


 その時、男達の方から声が聞こえてきた。


「ルーナ! !」


 何を言っているんだ。逃げているのに止まれと言われて、止まるバカはいない。

 しかし、ルーナは突然足を止めてしまう。


「ルーナ、どうしたんだ」

「ご、ごめんなさい。足が動かないの」

「奴らに何かされたのか」


 呪文を唱えていないのに、止まれと言われて止まる。

 そういばさっきルーナは、捕まっているにも関わらず、騒ぎ立てることはなかった。

 しかし頬に傷がある男の言葉を聞いて、動き出していた。


 まさか!


 俺はルーナの首を見る。


 すると首輪のような物が着けられていた。

 奴隷の制約を無理やり結ばれたのか。

 三人の中に、奴隷商人の紋章を持った奴がいるようだ。


「ヒ、ヒイロくんだけでも逃げて」


 どうする。

 ルーナは動けない。

 このままルーナを持ち上げて逃げても、奴隷の制約が解除されないとこの先どうなるかわからない。

 だったらルーナの言うとおり1人で逃げるか?

 いや、捕まったら何をされるかわからないので、ルーナを置いて1人で逃げることは絶対にできない。


「へへっ。手間をかけさせやがって」


 どうやら考えている内に、追いつかれてしまったようだ。


「ルーナ、こっちにこい」

「いやっ!」


 ルーナは眼帯を着けた男の命令で、自分の意思とは関係なく男達の元へ歩いていく。

 こいつが奴隷商人か。

 奴隷商人は笑みを浮かべてルーナの肩を掴む。

 そして俺を敵として認識し、凄んでくる。


「てめえは誰だ。こいつの知り合いか?」


 どうする。どうする。

 男達三人に囲まれ、ルーナは奴隷の首輪が着けられている。

 左手の甲を見ると、眼帯の男は【短剣にバンダナの紋章】で盗賊、顔が厳つい男は【シミターの紋章】で山賊だ。

 三人とも道を踏み外して、派生の職業になってしまったようだ。


 盗賊は探検家の派生職業で、短剣を武器として、素早さと運に優れている。特技は罠察知と盗みだ。


 山賊は戦士の派生職業で、シミターや斧を武器として、力やHPが優れている。そして戦士より素早さが高い。特技は山中で戦うと常時能力が上昇することと、力任せの技が多い。


 奴隷商人はテイマーの派生職業で、鞭を使うことに長けていて、能力は運が低めで後は平均値だ。特技は制約を結ぶことによって、相手を奴隷にできる。ただ、奴隷にする時は国や都市で、然るべき手続きを踏んでからでないと違法になり、厳しい処分を受けるが。ルーナの場合は、確実にその手続きを踏んでないだろう。


 いずれにせよ。俺より格上なのは確かだ。


「どうした? 黙りか。何にせよお前を殺すことは変わらないがな」

「と、友達なんだ」


 俺は声を震わせながら答える。


「ど、どうしてこんなことをするの」

「なんだこいつ震えてるぞ。好きな子にかっこいい所を見せたくて出てきたが、いざ俺らを目の前にしたら怖くなったってやつか。ヒャッハッハ」


 暗殺者達は俺を嘲笑する。


「お、お願いします。助けてください」


 俺は恐怖で地面にうずくまる。


「見られたからには、生かしておくわけねえだろ」


 山賊の男が無造作に近づいてきて、俺に手を伸ばしてくる。


「た、助けて⋯⋯」

「やめてえ! ヒイロくんに手出ししないで!」


 ルーナの悲痛の叫びが、暗闇の中で木霊する。


 グサッ!


 山賊はその場に倒れる。


「なんだと!」


 この手のタイプは、ひ弱な青年を演じれば油断してくれると思ってた。

 俺はうずくまっている時に短剣を隠し持ち、近づいた時を狙って、山賊の胸に突き刺した。


「このやろう! まさか今のは演技か!」


 本当はルーナの命令を解くために奴隷商人を倒したかったけど、贅沢は言ってられないか。


 残りは後二人。


 俺はルーナを狙う奴らと対峙する。

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