第1章 魔法が使えない僧侶

第10話 新たな決意

 成人の儀を終えてから約2年が過ぎた。


 俺は紋章の力を失っても、冒険者になれると信じて、毎日剣と魔法の修行をしている。

 しかし、どれだけやっても俺の能力は上がることはなかった。

 ホワイトラビットと戦っても苦戦する毎日。

 初級魔法を使おうとしても発動せず。

 そして村人からは煙たがられ、子供にはバカにされる。

 ベイル達からは修練の相手をしてやるといって痛めつけられ、2年前と比べて何一つ状況は変わっていない。


 しかし、俺は今日も消滅した裏山で剣を振る。


 またいる。

 この場所は爆発した所であって、村の人達は来ないはずなのだが、修行をしていると視線を感じることがある。

 どうせ、ベイルやその取り巻きが、俺をバカにするためのネタを手に入れに来てるだけだろうと無視しているが、この情けない姿を見せていると思うと、どこか落ち着かない。


 それでも俺は剣を振り、魔法の練習をする。

 何千、何万、何億と繰り返し行ってきたが、残念ながら一向にその努力が結ばれることはない。


 鍛練が終わり自宅へ戻ると、会いたくない奴が待ち構えていた。


「今日も無駄な努力をご苦労さん」


 相変わらず腹立たしいことを言ってくる。


「ベイル、何しに来たんだ」

「明日、冒険者学校に行くことになってるから挨拶に来てやったんだ」


 もうそんな時期になったのか。


「おそらくお前とはもう、一生会うことがないだろう。俺は華やかな王国の騎士団に入り、お前はこの辺境の村でゴミ溜めのような人生を送る」


 こいつは騎士団を希望しているのか。もし性格判定のようなものがあれば確実に落ちるだろう。


「この先どこかで会っても、お前と知り合いだと思われると恥ずかしいから話しかけるなよ」

「誰がお前なんかに話しかけるか。とっととどこかへ行け!」

「じゃあな劣等紋のヒイロくん」


 忌々しいことを言って、ベイルは立ち去っていった。


「そうそう、明日はリアナも一緒に冒険者学校に行くんだ。劣等紋のお前には関係ないけど、一応教えてやるよ」


 余計な一言を発して、今度こそベイルはここから消え失せた。


 そうか、明日リアナもこの村からいなくなってしまうのか。

 しかし俺は弱いままだから、冒険者学校に付いていくことはできない。

 どうせ行っても、試験で落とされるのが目に見えている。


 俺は何か悶々としたまま、ベットで横になった。



 翌日、リアナとベイルが冒険者学校に旅立つ日。


 村の入り口にはリアナやベイルを見送るため、大勢の人で溢れかえっていた。

 俺はみんなから離れた位置で、隠れて2人を見ている。


「立派な勇者になるんだぞ」

「リアナはラーカス村の誇りだ」

「ベイルさん頑張って下さい」


 リアナは村人の応援にプレッシャーを感じているのか、どこか戸惑っているようだ。

 ベイルは手を上げて声援に答えている。


 久しぶりにリアナを見たが、前と比べてちょっと痩せている気がする。

 それに笑顔を振り撒いているが、あれは無理して作った顔だ。

 何か心配事があるのか? 住み慣れた所を離れるのが不安なのかもしれない。

 大丈夫。リアナは気遣いもできるし、どこに行ってもうまくやれるさ。


 今年は力がついてないから、一緒に行くことはできないけど、来年はきっと俺も王都の学校に行くから待っててくれ。


 俺は新たな決意をしていると、綺麗な馬車が村の入口に止まった。


 なんだあれは?

 馬車から鎧をつけた2名の騎士が降りてくる。


「初めまして勇者リアナ様。私はルーンフォレスト王国の第1騎士団副団長をしているエリスと申します。そしてこちらが私の部下のダリアです」


 2人の騎士はリアナに向かって挨拶をする。


「は、初めまして私、リアナといいます。まさか騎士さんが迎えに来てくれるとは思いませんでした」


 リアナは様づけをされたこともあり、緊張しているようだ。


「王都ルファリアまでの道中は、私達が案内致しますので、どうかご安心下さい」

「は、はい。どうかよろしくお願いします」


 冒険者学校に行くのに、王国の騎士2名が護衛に付くなんて。


 もう、俺の知っているリアナじゃないんだな。

 今のリアナはどこか遠くの人に感じた。


「出迎えご苦労」


 ベイルが騎士二人に対して上から目線で、ねぎらいの言葉をかける。


「誰ですかあなたは?」

「俺は未來の英雄ベイル様だ。いずれあんたは俺の部下になるんだ。覚えておいて損はないぜ」


 ベイルは偉そうな態度で自己紹介をする。


「ショボい馬車だが我慢してやるか」


 ベイルは馬車に乗り込もうとするが、2人の騎士が剣を抜き、その行為を許さない。


 速い! いつのまにかエリスさんの剣が、ベイルの喉元に当てられている。


「これはリアナ様の馬車です。あなたごときを乗せる予定はありません」

「わ、わかった。降りるよ」


 ベイルは冷や汗をかきながら、ゆっくりと馬車から降りていく。


 はっきりいってカッコ悪いな。

 大物ぶって馬車に乗り込み、拒否されて降りる。

 正直、今のやり取りをみてスカッとしたやつはかなりいるだろう。


「で、では行ってくる」


 ベイルは、逃げるように旅立って行った。


「お見苦しい所を見せました。さあ、リアナ様お乗りください」


 エリスさんは、王子のようにリアナの手を引き馬車へとエスコートをする。


「それでは、皆さま行ってきます」


 リアナはおじさんやおばさん、そして村民達に挨拶をして馬車に乗った。


 がんばれよ。

 俺は心の中でリアナのことを応援する。


 馬車はゆっくりと動き出す。

 リアナは中に入っているため、姿はもう見えない。

 さあ、家に帰るか。

 俺は自宅に戻ろうとしたその時、馬車の窓が開き、リアナが皆から離れた所を。俺を見据える。

 リアナと視線が合う。

 その顔は泣いているように見えた。


「リアナ!」


 しかし、無情にも馬車は王都へと進み、俺の声がリアナに届くことはなかった。



 俺は自宅へと戻り、ベットでリアナの涙を思い出す。

 あの涙は、俺が王都へ付いていけなかったのが原因なのか。

 だけど今さら考えてもその答が出ることはない。


 コンコン


 玄関のドアがノックされる。

 誰だ? 俺はラーカス村の人達に疎まれているため、ここ2年人が訪ねてくることは1件もなかった。

 俺は不審に思い、恐る恐るドアを開ける。


「こんにちわ」


 おばさん。

 訪ねてきたのはリアナのお母さんだった。


「どうしたんですか。こんな所を見られたら、他の人に何を言われるかわかりませんよ」

「いいのよ。ヒイロちゃんは私達のことを思って、家にくるのをやめたこともわかってるから。私達はそれに甘えてヒイロちゃんを1人にしちゃって⋯⋯ごめんね、ごめんね」


 おばさんの目から涙が溢れる。


 俺は村人に疎まれていることを知ってから、リアナの両親と話すのをやめた。そうしないとおばさん達まで他の人に何を言われるかわからないからだ。


「おばさん、謝らなくていいですよ。俺が勝手にやったことだから」


 俺としては、リアナやおじさんとおばさんが辛い思いをするほうが嫌だ。


「これからは私達のことも頼ってね」

「わかりました」


 とりあえず返事はしておく。

 けど俺の噂が払拭されるまでは、迷惑をかけるわけにはいかない。


「それと今日、どうしてもヒイロちゃんに渡したいものがあって」


 おばさんはノートのような物を取り出す。


「これは?」

「リアナの日記よ」


 おばさんは日記を渡してきた。


「娘の想いをヒイロちゃんに読んでほしいの」

「いいんですか? 勝手に見て」

「いいのよ、母親の私が許可するわ。だってこのままお別れなんて寂しいじゃない」


 いくら母親だからといって、日記を読ませる権利はないような気がするが。


 4月1日

 成人の義で、私は勇者の紋章を、ヒイロちゃんは【門と翼の紋章】を神様から頂いた。

 そして魔物が襲ってきたけど、ヒイロちゃんがあっという間に倒してしまった。やっぱりヒイロちゃんはすごい。


 4月3日

 魔王がきた。

 私は精一杯戦ったけど負けてしまい、気がつけばベットに寝ていた。

 皆は魔王が辺境の村に来るわけがない、夢だったと言うけど夢じゃないよ。

 それに裏山が消えてしまった原因が、ヒイロちゃんのせいにされてしまい、私はヒイロちゃんと会うことを、禁止にされてしまった。

 とっても悲しい。


 4月4日

 ヒイロちゃんに会いたい


 4月5日

 ヒイロちゃんの声が聞きたい


 4月6日

 ヒイロちゃんケガは治ったかな


 4月21日

 ヒイロちゃんのケガが治ったみたい。

 目が合ったけど、視線を合わしてくれなかった。

 とても悲しい。


 4月22日

 村でヒイロちゃんのよくない噂が流れている。

 私は抗議しに村長さんの所に行ったけど、聞き入れてくれなかった。逆にヒイロちゃんとは絶対会うなと釘を刺され、会うとお父さんとお母さんにも良くないことが起きると言われた。

 ヒイロちゃんに会いたい。


 4月23日

 落ち込んでいたヒイロちゃんが、元気になっていた。

 裏山で今まで以上に剣や魔法の練習をしている。

 冒険者になる夢を諦めていないと知って、嬉しくなった。

 私も負けていられない。


 4月25日

 今日もヒイロちゃんは修行している。

 鍛練が厳しすぎて体を壊さないか心配だ。

 ヒイロちゃんと会うことは禁じられているけど、せめて離れて見ることは許して欲しい。

 今日からヒイロちゃんの鍛練を見ることを私の日課にしよう。



 裏山て修行している時に感じた視線はリアナだったのか。


 そのページ以降も、リアナの想いが書かれていた。


 そして最後のページを読む。


 明日、冒険者になるためにラーカス村を旅立つ。

 村の皆が私に期待する。

 私なんかが勇者になれるか不安だ。

 こんな時、ヒイロちゃんがいてくれたらと思うけど、以前のような力を取り戻していないので、冒険者学校に行くことはない思う。


 紋章を授かってからの2年間で、改めてわかったことがある。

 私の夢は冒険者になることじゃなかった。

 


 私1人で知らない土地で暮らしていけるかな?

 そこなら、ヒイロちゃんと一緒にいれるかな?

 もしヒイロちゃんに一生のお願いをしたらついてきてくれるかな?

 そんなの無理だよね。


 それでも、それでも私は、私の望みを言いたいよ!



 ヒイロちゃん! 一生のお願い! 私についてきて!


 このページで日記は終わりを告げる。


「おばさん、暫く留守にするので、たまに家の様子を見て貰ってもいいですか」

「いいわよ。さすがヒイロちゃんね」


 だからさっき頼ってねって言ってきたのか。


「リアナをよろしくね」

「はい!」


 俺は旅の準備を始める。

 リアナの一生のお願いを叶えるために。

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