第8話 力を失いバカにされる

 裏山が消滅した事件の後、俺の生活は一変した。


 まず、村長に言われた通り、俺はリアナとは会っていない。

 自宅が目の前なため、たまに顔を合わせることはあるが、すぐに視線を反らし、話すこともしていない。


 そして変化はリアナだけに留まらず、ラーカス村全体に拡がった。


 ケガが治り、村の中を歩いていると、住民からのヒソヒソ話が聞こえる。


「おい、この間あった爆発って」

「そうよ。なんでもヒイロくんが起こしたらしいわよ」

「あのデカい山が吹っ飛んだのか」


 三人は怯えの目で俺を見ている。

 そんな中、ベイルがにやにやしながら、取り巻き二人を引き連れて現れた。


「どうやら魔法を暴発させたらしいぞ。いつまたあんな爆発が起こすかわからないから、近寄らない方が身のためだ」

「そうなんですか!」

「もし巻き込まれたら死んじゃいますね」


 ベイルや取り巻きは、みんなに聞こえるよう大声でしゃべる。


「裏山がなくなるほどの爆発がまた起きる?」


 恐怖で村人達の顔がひきつる。


「ひぃ!」

「逃げろ!」


 三人は、蜘蛛の子を散らすように俺から逃げていった。


「クックックック、いいざまだな。村の英雄が一夜にして厄介者になる姿が見れるとは」


 ベイルが下衆な笑みを浮かべて俺を乏しめてくる。

 こいつわざとみんなの前で言ったな。


 村長と話していたときも、俺とリアナを会わせないように案を提案してきたのはベイルだ。

 こいつには色々な嫌がらせを受けてきた。

 今まで堪えてきたけど、もう我慢の限界だ!


「ベイル貴様!」


 俺は右手を振り上げ、ベイルに殴りかかるが、ひらりとかわされてしまう。

 なんだ? いつもより体が動かないぞ。


「ヒイロ、お前から手を出してきたから、やられても文句は言えねえよな」

「やっちゃってくださいベイルさん」


 ベイルは左手の拳を握りしめ、俺の顔面めがけて突き出してくる。


 速い!


 戦士の紋章のお陰なのか、ベイルの攻撃は以前より鋭さを増している。

 しかし、それ程度のスピードなら。

 俺は拳を掴んで投げ飛ばそうとするが、思いの外ベイルの突きに威力があり、受け止めることができず、そのまま顔面に攻撃を食らってしまう。


「ぐふっ!」


 ベイルの拳をまともに食らい、俺は地面に膝をつく。


 なんでだ。

 以前の俺ならあんな攻撃、余裕で受け止められたはずだ。

 俺は自分の体の変調に戸惑いを覚え、ベイルとのケンカに集中力を欠いてしまう。


「どうした、隙だらけだぞ」


 ベイルは飛び上がって体を捻り、ジャンピング回し蹴りを繰り出してくる。


 しまった! 俺は注意力が散漫になっていたため、正面から蹴りを食らい、吹き飛ばされ、気絶してしまう。


「やったー!」

「さすがベイルさん」


 取り巻き達がベイルの勝利に喜ぶ。


「お前、前より弱くなってねえか。もしかして魔法だけじゃなく、体術も紋章に奪われたのか。クックック、こいつは傑作だぜ。紋章をもらって弱くなるなんてヒイロだけだぞ」

「そんなやついるんですか」

「ここにいるじゃないか」


 三人の笑い声が辺りに響いたが、俺は気絶していたため、耳には届いていなかった。



「いてっ!」


 俺は顔に受けた傷の痛みで、目が覚めた。

 辺りは薄暗く、夕方の時間になっている。


 ベイルにやられて、二時間くらい気絶していたのか。


「あれっ? お兄ちゃん、そのケガはどうしたの?」


 声がする方を振り向くと、そこにはトロルから助けたサディアちゃんがいた。

 サディアちゃんは、心配そうな目で俺を見ている。


「いや、ちょっとここで転んじゃってさ」

「そうなの? それなら私が、痛い痛いの飛んでけ~をしてあげようか」


 いつもの俺だったら、そんな恥ずかしいことは断るが、今は色々あったせいか頷いてしまった。


 サディアちゃんが俺の顔に手を添えて、呪文を唱える。


「痛い痛いの飛んでけ~」


 俺の心の痛みが空へと飛んでいく。


「グスッ」

「お兄ちゃん泣いているの?」

「泣いてないよ」


 サディアちゃんの優しさが心に染みて涙が出てしまった。

 しかし年下の前で泣くのは恥ずかしいので、俺は泣いてないと嘘をつく。


「ごめんね、私がうまく痛い痛いの飛んでけ~が出来なかったからだね」


 そうじゃないだ。そうじゃないんだよ。

 俺は今、ここにサディアちゃんがいてくれて良かったと、心から感謝するが、そんな想いもすぐに壊される。


「サディア!」

「あっ! お母さん」


 サディアちゃんのお母さんが声を荒げ、慌ててサディアちゃんの元へ向かう。


「こんばんは」


 俺はサディアちゃんのお母さんに挨拶をするが、無視され、そのままサディアちゃんが連れ去られてしまう。


「えっ? お母さん、どうしたの?」

「お母さん言ったよね。あのお兄ちゃんに近づいちゃだめだって」

「で、でも、お兄ちゃんは私を助けてくれたんだよ」

「⋯⋯サディア、そのことはもう忘れなさい。サディアはお母さんの言うことが聞けないの?」

「わ、わかったよ、サディアお母さんのいうことを聞くよ」

「偉いわサディア。そうと決まったら早くここから離れましょ」

「う、うん」


 そう言って二人は一目散に立ち去っていった。



 はは、あはは、あははは。


 俺は誰もいない中、悲しくて逆に笑いが込み上げてきた。


 そして暫く立って笑いが止まると、やりようのない怒りが沸いてくる。


 なんで!

 なんで! こんなことになったんだ!

 ただ俺は、リアナと冒険者になりたかっただけなのに。


 この紋章を神様からもらってから、嫌なことばかり起きる。

 トロルに襲われ、記憶を失って裏山が消滅した犯人にされてしまい、結果リアナと会うこともできず、村の人達から恐れられる。


 紋章をもらう前より弱くなるってなんだよ。

 この紋章が全て悪いのか。

 この【門と翼の紋章】をもらったのが間違いだったのか。

 ならこんな紋章なんかいらない。


 俺は腰に差した短剣を右手に持ち、左手の甲を目掛けて突き刺す。紋章をえぐるように。


「痛い! 痛いけどこうでもしないとこの忌々しい紋章を消すことはできない」


 くそっ! くそっ!

 何でこんな痛い思いをしないといけないんだ!

 何が神だ! こんな紋章を寄越しやがって!

 そのせいで俺はリアナと会えなくなっただろ!

 消えろ消えろ消えろ!


 その日俺は、血だらけになりながらも、【門と翼の紋章】を削り取った。



 2週間後。


 俺は短剣で紋章をえぐった左手の包帯を外してみる。


 そこには⋯⋯成人の義でもらった時と変わらない【門と翼の紋章】が輝いていた。


 どうして消えないんだ!

 俺はこの紋章の呪いから、逃げることはできないのか!


 俺は自分の左手を見て、絶望に暮れる。


 ぐう~


 しかしこんな時でもお腹が鳴る自分が恨めしい。


「ご飯はどうしようか」


 俺は最近、自炊するよう心がけている。

 買い出しに行くと、商品を売ってもらえないということはないが、村の人に陰口をたたかれたり、逃げられたりするので、なるべく人がいるところに行かないようにしてるからだ。


 幸いお金に関しては、数年間生きていけるだけの額を祖父母が遺してくれたため、何とか1人で暮らしていけてるが、いつまでもこのままというわけにはいかない。


 とりあえず俺は今日の昼食を取るために、村の外にある平原へと向かう。


 平原に着くと、気持ちのいいそよ風が俺を歓迎してくれる。


「さて、今日の獲物は」


 視線を遠くまで向け、動くものがないか確認する。


「いた!」


 100メートルくらい先の岩かげから、少し縦に飛び出た耳が見える。


 ホワイトラビットだ。


 魔物の一種だが、モモの肉は柔らかく油が乗っていて、庶民に愛されている食材だ。ただ、角があるため、狩りをする時は気をつけなければならない。


 俺は気配を消して、ホワイトラビットに近づく。

 残り10メートル。俺は腰に差した短剣を右手に持つ。


 後5メートル。


 しかしホワイトラビットは俺の気配に気づいたのか、一目散に逃げ出してしまう。

 このまま逃がしてたまるか。

 俺は全速力で追いかけるが、身体能力が低下しているせいで、どんどん距離が離れてしまう。

 ダメか。

 諦めようとした瞬間、ホワイトラビットが動きを止める。

 どうやら逃げた方向に川があり、渡ることができないみたいだ。


 俺は短剣を構える。

 ホワイトラビットは逃げることを諦め、俺と対峙する。


 獲物と少しずつ距離を縮めると、ホワイトラビットは突進してきた。

 俺はかわそうとしたが、角が腕に当たり出血をする。

 その血を見て勝てると判断したのか、ホワイトラビットは突撃を繰り返し、俺の服が少しずつ赤く染まっていく。


 くそっ! このままだと殺られてしまう。


 ホワイトラビットは距離を取り、とどめとばかりに助走をつけて突進してくる。


「やらせるかよ!」


 俺は短剣を自分の心臓の位置に突き出すと、ホワイトラビットは自分から短剣に刺さり絶命した。


「ふぅ、なんとか勝てたか」


 俺はその場でホワイトラビットの血抜きをして、村へと戻った。



 自宅への帰り道。

 10歳くらいの子供達が、何人か集まって遊んでいたため、俺は顔を合わせないよう急ぎ通り抜ける。


「あの人、ホワイトラビットを狩ってきたのかな」

「その割には傷だらけじゃない」

「あの魔物だったら10歳の僕でも勝てるよ」


 確かにホワイトラビットは魔物の中では最弱で、子供が初めて狩るのに向いていると言われている。

 俺は今、そんな魔物すら苦戦しないと倒せないほど弱くなっている。


「なんだ、あの人雑魚じゃん」

「けどあの人、以前トロルを倒したって父さんが言ってたよ」

「そんなの嘘だよ。ホワイトラビットに手こずるような人がそんな強い魔物に勝てるわけないよ」

「それもそうだな」

「アッハッハッハ」


 俺は子供達に笑われて、逃げるように家に戻った。



「はあ、はあ。俺はこれからどうすればいいんだ!」


 俺はこのまま大人達には煙たがられて、子供達に笑われて生きていかなければならないのか。


「なんで俺の側に父さんと母さんはいてくれないんだよ!」


 頼れる人は誰もいない。


 この先、生きていてもいいことがないなら、一層いっそのこと⋯⋯⋯⋯。


 俺は今までの人生を思い浮かべてみる。

 5歳からの記憶なら覚えている。


 父さんと母さんと暮らしていたこと。

 村の学校に入学した時のこと。

 リアナがよくいじめられて泣いていたこと。

 父さん達が冒険に出ていってしまったこと。

 ばあちゃんに冒険の話をしてもらったこと。

 冒険者になりたいと決意した時のこと

 リアナと裏の山で修行していたこと


 思い返してみればどの場面でも、リアナがいてくれた気がする。


 冒険者になると決めた時は、短剣すらまともに持てなくて、リアナと強くなるためにがんばっていたな。


 そうだ。

 俺は弱いんだ。

 弱いならどうすればいい。

 強くなるためにがんばるしかないだろ。

 昔はそうやって強くなったのに、紋章の力を当てにしすぎてないか。

 紋章の力がなくても努力すれば強くなれる。

 失くした力を取り戻すんだ。


 そして、リアナと一緒に冒険者になる! それが俺の夢だろ!


 今日から、いや今からまた剣や魔法の修行をするぞ。

 諦めるのはその後からでも遅くない。


 こうして俺は食事とお風呂、睡眠以外の時間は鍛練することを決めた。

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