第7話 喪失

 俺は目を開けると、そこは見知った天井だった。


「うっ」


 体を動かそうとするが、激痛が走り起き上がることができない。


 あれっ? 何で俺の体はこんなに傷ついているんだ。

 記憶を遡って考えてみる。

 成人の儀で紋章をもらって、トロルキングを倒し、神父様に俺の紋章のことを聞いて、それから⋯⋯それから何か得体のしれない奴がいたような。


「くっ!」


 思い出そうとすると、割れるような頭痛が起こる。


 コンコン


 記憶を探っていると、ドアのノックした音が聞こえた。


「ど、どうぞ」


 入ってきたのは村長とベイルだった。

 ベイルはキョロキョロと視線を動かし、何か居心地が悪そうな感じだ。


「起きたか」

「村長、俺は何でケガをして自宅のベットに寝ているのですか」


 俺の問いに村長とベイルが驚く。


「お前、覚えてないのか」


 ベイルが俺と村長の会話に入ってくる。


「ああ。教会に行った所までは覚えているけど、その後ことが⋯⋯」

「そ、そうか」


 ベイルがどこか嬉しそうな表情をする。


「記憶喪失という奴か」


 村長の言葉に俺は呆然とする。

 記憶喪失? 俺が?


「記憶がないなら、わしが先ほどのヒイロの問いに答えてやろう」


 村長が神妙な表情で語り始める。


「昨日の夕方、突如裏の山が爆発によって消滅したんじゃ」

「消滅!」

「そうじゃ。言葉通り跡形もなく消えたのじゃ」


 にわかに信じられない話だ。

 裏の山を消滅させるなんて、魔王でも現れたのか。


「そしてわしと村の何人かが慌てて向かうと、そこには消滅した山と傷だらけのヒイロが倒れておった」

「そうだったんですか。村長、助けて頂きありがとうございました」

「うむ。だが、わしらが行った時には他に誰もいなかったから、なぜヒイロが傷ついていたのかはわからないのじゃ」

「そうですか」

「それで、裏の山を破壊したのはヒイロなのか?」

「俺がですか! 俺にそんな魔法は使えませんよ」

「しかし、成人の儀を行った時に、トロルキング達を強力な魔法で倒したと聞いておるぞ」

「さすがにそこまでの魔法はできません」


 そんなに強力な魔法はあるのか、俺はスキル魔法の真理を使って確認してみる。


 あれっ? 魔法の一覧が出てこない。

 体が傷ついているから出ないのか。それならまずは魔法で治療をしよう。


完全回復魔法パーフェクトヒール


 しかし何も起こらない。


「どうしたんじゃ。急に呪文を唱えて」

「魔法が⋯⋯」


 俺はもう一度魔法を唱えてみる。


完全回復魔法パーフェクトヒール


 言葉だけで魔法が発動する気配がない。


「魔法が使えなくなっている」

「なんじゃと」


 どうしてだ、なんで魔法が使えなくなっているんだ。


「村長、これでハッキリしたぜ」


 沈黙していたベイルが言葉を発する。


「裏山の消滅はやはりヒイロの仕業だ」

「なんじゃと!」

「こいつの怪しい紋章の力を使って裏山を吹っ飛ばしたんだ。だが、普通じゃそんなことはできねえ。だから紋章のスキルを失うほどの力を爆発させ、強大な力を生み出していたんだ」

「確かにヒイロの紋章には不審な点が多かった。神様から紋章を授かってすぐに、強力な魔法を使えたこととか」


 何を言ってるんだ。俺が裏山を吹き飛ばすはずがない。


「村長、これはベイルの出任でまかせです」

「花火のような紋章だったんじゃないか。弾けて爆発的な力を使えたが、弾けとんだ後は何もない。クックック、それなのにこいつは調子に乗って。お笑いだぜ」

「ベイル貴様!」

「記憶がねえお前には、俺が言っていることは否定できねえだろ」


 くっ! 確かに記憶がない俺には、ベイルの言葉を否定する材料がない。


「村長、今は力を失っているが、また何かの拍子で戻るかもしれねえ。その時にまた、爆発されたら困るから、ヒイロは勇者のリアナの側には近寄らせない方がいいんじゃないか」


「そ、そうじゃな。リアナは村の至宝じゃ。失うわけにはいかん」


 ベイルが俺に向かって、下衆な笑みを浮かべる。

 こいつの本当の目的は、リアナから俺を引き離すことだ。


「村長、俺はそんなことしていません」

「わ、わしもヒイロはそんなことはしないと思っているが、だが万が一ということもある。その時にヒイロはリアナを失って後悔しないと言えるのか?」

「そ、それは」


 リアナが傷つくなんて、どんな些細なことでも許せない。

 しかし、そのためにリアナに近づくことが許されないなんて。


 ガチャ!


「ヒイロちゃん!」


 突然リアナが部屋に入ってくる。


「ま、魔王が! 魔王が来てヒイロちゃんや皆を殺すって!」

「ま、魔王」


 リアナの言葉にベイルが動揺する。


 魔王? 何故かその言葉を聞くと心がざわつく。


「私は魔王に負けちゃって、気づいたら部屋で寝てて⋯⋯」


 リアナが魔王にやられただと!


「ゆ、夢だったんじゃないか。こんな田舎に魔王がくるはずがないだろ」


 確かに魔王が辺境の村に来るはずがない。

 しかし勇者の誕生を知ったのなら話は別だ。


「もし魔王だったら、今頃全員皆殺しだろ」

「でも⋯⋯、だったらヒイロちゃん何でそんな大怪我をしているの」

「これは紋章の力を暴発させたんだ。それで裏の山まで吹き飛ばしやがって」

「ヒイロちゃん本当なの?」

「わからないんだ。昨日の記憶が曖昧で」


 リアナは心配そうな目で俺を見つめる。


「魔王だよ、裏山を壊したのは」


 リアナが、裏山の消滅は魔王だと断定する。


「リアナはその光景を見たのか?」

「そ、それは」


 リアナは村長の言葉に押し黙ってしまう。


「とにかくヒイロの紋章の力で、裏山が消滅するような事態がまた起きるかもしれん。じゃからリアナは今後ヒイロに近づくことを禁ずる」

「えっ?」


 リアナが村長の言葉を、信じられないような目で見る。


「村長さん何を言っているの?」

「リアナはラーカス村の、この国の希望じゃ。どんなことをしても護らねばなぬ」


 村長は断腸の思いで決断する。


「ヒイロちゃん、ヒイロちゃんからも何か言ってよ。こんなのひどいよ」


 村長の言いたいこともわかる。もし裏山がなくなるような爆発がリアナの身におきたら⋯⋯。


「リアナ⋯⋯村長の言うとおりにしよう」

「ヒイロちゃん?」

「今後一緒にいるのはやめよう」

「ヒイロちゃん何言ってるの?」


 リアナが理解できないとばかりに、詰め寄ってくる。


「私達ずっと一緒だったんだよ!」


 そうだな。俺の思い出にはいつもリアナがいるよ。


「二人で冒険者になるって言ったじゃない!」


 リアナの悲痛の叫びが俺の部屋に木霊する。

 その夢はもう叶わないかもしれない。


「ねえ、何とか言ってよ!」


 リアナは泣き崩れて膝を地面つける。


「リアナ、そいつはもう紋章の力を使えないから、冒険者にはなれないぜ」


 リアナが顔を上げ、ベイルを睨み付ける。


「どういうこと」

「も、もう魔法が使えねえんだよ」


 ベイルはリアナから殺気を感じ後退る。


「魔法が使えない?」

「だから紋章の力を使いすぎたのかなんだか知らねえけど、ヒイロはもう魔法が使うことができねえんだ!」

「う、うそ」


 リアナは村長に否定してほしくて顔を向けるが、村長は視線をそらす。


「せっかく2人とも戦闘職の紋章をもらったのに⋯⋯。そんなのってないよ」

「ごめんリアナ」

「嫌だよそんなの」


 そう言ってリアナは部屋を出ていった。


 この時の俺は、まさかリアナがこの部屋に入ることが最後になるとは、想像も出来なかった。


「ではわしらも失礼する」

「いつ爆発が起きるかわからねえから、俺もこんな辛気臭いところからとっとと退散するか」


 2人が出ていき、俺は1人部屋に取り残された。


 ベイルside


「ベイル、わしは皆に今日あったことを説明してくる」


 村長は集会所の方へ行き、俺は1人になった。



「クックック。まさかこんなことになるとは思わなかったぜ! 」


 裏山の爆発は、十中八九魔王の仕業だ。

 いつ魔王を呼び出したことがバレるかひやひやしたぜ。

 それに何故だかしらねえが魔王はいなくなっている。

 そしてヒイロは記憶と力を失い、しかも村長の御墨付きで、奴はもう、リアナに近づけねえ。


「最高だ。最高の展開になったぞ。ハーッハッハ!」


 暗闇の道に、ベイルの笑い声が何時までも続いた。

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