第十三話 ルルイエへの道

第13話 ルルイエへの道 その一



 ヴィクトールがどこへ行ってしまったのか、まったく予測もつかなかった。かき消えたとしか思えない。


(今夜は満月か? 一つになるっていうのは、アイツの場合、儀式のことだ。青蘭に自分の分身を生ませるつもりなんだ)


 龍郎は急いで、階段をめざす。森の遺跡へ行ってみるしかない。

 だが、階段をあがろうとしたところで、腰をぬかしているヨナタンに出会った。


「ヨナタン。なんでこんなところにいるんだ」

「エメリッヒが……心配で……」


 どうやら、青蘭のことを案じて、あとをつけてきていたらしい。


「ヴィクトールが犯人って……みんなを殺してたのが、ヴィクトールだったってこと?」

「そうだ。彼は遺産を得るためには手段を選ばない。バルシュミーデさんを殺したのも、彼かもしれない」


 ほんとはそれほど単純な話ではないが、ヨナタンには理解しがたいだろう。わかりやすいように簡潔に述べた。


「青蘭も——エメリッヒも彼にはジャマなんだ。すぐに二人を見つけないと」

「な、なんか、姿が消えたけど……」

「秘密のぬけ道かなんかがあるんじゃないか。それより、ヨナタン。お願いがある。君の持ってる苦痛の玉のカケラを、おれに渡してくれないか?」

「苦痛の玉? 何それ? ぼくは知らないよ」

「知らなくても、君は持ってるんだ。それがないと青蘭を助けられない。早くしないと、ヴィクトールに殺されてしまう」


 つかのま、ヨナタンは迷っていたが、けっきょくはうなずいた。青蘭の身に危険がおよぶとあれば、ほっておくことはできないのだ。


「いいよ。どうやるのか知らないけど、玉は譲る。そんなの持ってても何に使うのかわからないし」

「こうしたらいいんだ」


 龍郎は右手を伸ばし、少年の胸のまんなかにあてた。ドクドクと脈打つ玉の鼓動を手のひらに感じる。


 同時に、なぜ、ヨナタンがこの役に選ばれたのか理解した。ヨナタンも巫女の力を持っているのだ。潜在的に古代人の力を強く残している。本当にバルシュミーデの血をわけた息子だとしたら、魔術師としての資質を生まれながらに有していても不思議はない。


(苦痛の玉。ミカエルの心臓。おれのもとへ来てくれ。青蘭を助けるには、おまえの力が必要なんだ)


 強く念じると、龍郎の右手とヨナタンの胸のあいだから金色の光輝が発した。めまいのするような激しい力が流れこんでくる。


(力が……)


 苦痛の玉の欠けた部分が補われていくのを感じた。やはり欠落は本来の玉の力を半減以下にしていたのだ。燃えたぎる溶岩よりも熱い。これほどにパワーがあふれてくる感覚は初めてだ。

 今ならクトゥルフ相手でも、この前のときのようなていたらくにはならない。互角とは言えないだろうが、多少は戦える。


「ありがとう。ヨナタン。次こそはヤツを倒す」


 苦痛の玉の力が増したおかげで、青蘭のいる位置が以前よりハッキリとわかる。まるで見えない手をつなぎあっているように、つねに青蘭の脈拍をとなりに感知する。


(違う。森の遺跡じゃないな。距離はもっと城のそば。たぶん、ここと同じ地下だ)


 あそこだ。

 中庭の噴水の下から続く、謎のらせん階段——


 龍郎はヨナタンをつれて、階段をあがった。同じ地下なのに、入口が違うせいで、もどかしい。


「いいか。ヨナタン。君は自分の部屋へ帰れ。青蘭はおれが救う」

「ぼくも行くよ」

「ダメだ。とても危険なんだ」

「でも……」


 話しているうちに、書斎についた。


「いいか? 中庭まではいっしょに行く。でも、そこからは——」


 言いつつ、なにげなくドアノブをまわす。廊下へ出ようとした龍郎はギョッとした。あわてて、ドアをしめる。


 ヨナタンが不安げにたずねてきた。

「どうしたの?」

「廊下に何かいる」

「えっ? 何かって?」


 一瞬だったので、龍郎もよく見たわけではない。でも、廊下に大蛇が這っていた。それも無数にだ。それだけではない。歩きまわる人影が複数あったのだが、どう見ても、あれは……。


「そうか。ウンディーネもゴブリンも、あれのことだったのか」

「ウンディーネがいるの? ベルンハルトが見たっていう? エメリッヒのこと?」

「いや、違う。というか、最初に城にいたエメリッヒは、たしかに人魚になったのかもしれない。ヤツらは自分たちの肉を食わせることで、人間をヤツらと同じものに変えてしまう」


 これまでも何度も見てきた。人が人魚になるところ。全身がウロコに覆われ、触手やヒレのある体に変化しかけた者たちを。


 それらが廊下にあふれている。蛇に見えたのは、おそらく触手だ。以前、森の儀式で見たものである。


(どうする? 今、ここから出ていけば、ヤツらが襲ってくるよな。人魚はかんたんにやっつけられるけど、触手はどうなるか……おれ一人ならともかく、ヨナタンは別館まで逃げきれるとは思えない。それに、別館のなかも、ここと同様かもしれないしな)


 龍郎は決心した。


「ヨナタン。少しのあいだだけ、全力で走るんだ」

「う、うん……」

「ドラゴンの間まで行けば、清美さんや穂村先生がいる。二人といっしょにいれば、少なくとも悪魔から身を守るくらいのことはできる」


 午前零時をすぎたら部屋の外へ出てはいけないというのは、このことなのだ。室内で息をひそめてさえいれば、命を奪われるまでのことはない。ヤツらの縄張りから外れているのだと解した。


 そっと、ドアをひらく。近くに這いずる触手はない。


「よし。行くぞ」

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