過大評価
翌日、大不評だった髪色を黒に染め直した正多は学校の屋上に来て一人空を眺めていた。
この学校の屋上は世間一般からすると、珍しく生徒に解放されている。
そのため、この場所は昼休み頃であれば太陽の下で昼食を食べたがる生徒たちによって賑わいを見せるのだが、放課後は一変するように人の寄り付かない静かな場所だ。
「はぁ……」
正多はそんな屋上にあるベンチに腰を掛けて、物思いにふけっていた。
「って、なんだか最近ため息が多いような気がする」
悩みを解決しようとしたら、今度はそれが悪い方向に働いて悩みが一つ増えてしまったなんて、まるでありがちな寓話の様だ、と彼は思う。
しかしながら、これは教訓を学べるお話では無い。もちろん、正多にとっていい機会であったけれど、そこから生まれた教訓とやらが何を解決する訳でもなく、単純に彼の思考力の範囲で思いついた解決方法が一つダメになっただけで、むしろ事態は悪化していると言えた。
自分を変えようとするきっかけという第一歩から躓いては何も始まらないじゃないか、と正多は心の中で自分自身に愚痴を言った。
「そんなに似合わなかったかなぁ」
指で黒い髪をクルクルいじりながら呟く。
その時、ガチャリと古びた音を立てて階段と屋上を繋ぐ扉が開いた。
「あれ、シュミット先生」
中から現れたシュミットに昨日の話を誰かから聞いて慰めに来てくれたのかな、と正多は少しだけ期待したが、どうやら違ったようで彼女は「あっ」と驚いたような声を小さく上げていた。
それから少し考えるような動作を取った後、なぜか正多の隣に腰掛ける。
ベンチは正多が座っていた一基のみではなく他にも何基か存在しているのに、わざわざ隣に座ったシュミットは正多の事などお構いなしと言った感じにぼーっと空を眺め始めた。
考え事をしているのか、あるいは何も考えていないのか。シュミットの事はさっぱりわからず、正多はどうしていい物やらと悩んでいた。
「何か悩み事かい?」
と、そんな中で沈黙を先に破ったのはシュミットだった。
現状一番の悩みはあなたなんですけどね、と心の中で思いつつも正多は頷いて、
「先生は……その、何かに憧れたりすることってあります?」
「まぁ、あるけど」
シュミットは首をかしげながら答えた。
言っていてなんともヘンテコと言うか、どうしてそんな誰でもYESと答えるような質問をしたんだ、と正多は自分自身を問い詰めたくなったが話を繋ぐために、例えば何にですか? と再度質問する。
「うーん。海、かな」
「海ですか?」
「僕は内陸生まれの内陸育ちだからね。海を見てみたかったんだ」
シュミットは俯いて、
「それに、大切な人との約束だった」
正多は隣のシュミットの顔をちらりと伺うと、先ほどとは打って変わりその表情の意味を知ることができた。
「そういう、キミはどうだい」
シュミットは悲し気な表情を浮かべながら、
「何に憧れているんだい?」
横顔に目を奪われていた正多にやさしい声で言う。
正多からすれば上手く誤魔化していたつもりだったが、さすがに自分の悩みをシュミットに質問と言う形でぶつけていたのはバレバレだ。
「えっと……」
しかし、いざそう問われてもなんて答えてよいのか分からず、正多は少し迷った。
――何に憧れているんだろう?
――史家に? ロッテに? ミソラに?
正多は確かに三人に憧れているはずなのに、なんだかしっくりこなかった。
それもそのはず、正多が憧れる理由はほんのちょっぴりでいいから特別な才能とか、そういう誇れるものを持つ自分になってみたかったからだ。そこには三人の具体的な要素など微塵も関係がない。
――”周りと比べて”見劣りしないような、そんな自分になりたい。
――”周りと比べて”平凡な自分が独りぼっちになるのが嫌だから。
秀才も、美少女も、アイドルも、あくまで無数にある対象の中で自分と比べられる身近な対象でしかない。憧れているという事実はあれど、その対象は場所が変われば同じように移り変わるものなのだ。
「自分以外の全て……とかでしょうか?」
だとするなら――と正多は頭の中にある不定形な考えを必死にまとめながら、一番適切そうな言葉を選んで小さく言った。
「なんというか、随分と壮大だな」
シュミットは自分以外のすべてに憧れているなんて言い出した彼に呆れ半分驚き半分といった感じに言って、
「キミの悩みは随分難しいものみたいだ」
悩ましそうな表情を浮かべた。
シュミットは知っている。
青年と言う生き物は自身の悩みを過大評価しがちであることを。
ただ、バッサリ切り捨てる訳にもいかない。確かに彼の悩みは過大評価極まれりかもしれないが、彼にとってはそれだけ根深い悩みと言う事なのだから。
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