なくしたもの
「でねでね、姉さんのアイントプフはすごい美味しいんだよ~」
「アイン、とぷふ?」
「えーっと、スープ料理でね、タマネギにジャガイモにレンズ豆、あとソーセージとか乾燥肉とかを煮込んで作るの。日本でよく見る物だと、ポトフが一番近いかな?」
「おいしそうだね」
それからしばらく話しながら捜索していたものの、まだペンダントは見つからない。茜色に染まり始めた空をちらりと見た正多はこのまま行けば今日の探索は打ち切りになってしまうだろうと思い、いつペンダント探しは明日に持ち越そうと声をかけようかと考えていた。
(親の形見となると……でも暗闇の中で手探りってのは難しいし……)
しかし、捜索対象の物が物だけに正多はなかなか切り出せないまま、ロッテの話を聞いてすでに一時間以上が経過してしまっていた。
「おーい、手伝いにきたぞー」
「あ! シカ君だ」
そんな二人の前に、ペンダント探しに参加せずにクッキーを焼いていたシュミットと、囲いBこと史家が現れた。
「先生も手伝いに来てくれたんですか?」
ひょいと立ち上がったロッテが思わぬ増援に嬉しそうに言う。
「あぁ。焼いている間に手伝いをしようかと思って。それで調子はどうだい? 人手は足りているみたいだけど、見つかりそうかい?」
正多はそれが……と首を横に振ってこれだけの人数で頑張っても一向に目的の物が見つからない事を話した。
「これだけの人数で探しても見つからないなんて、一体どんな場所に落ちてるんだろうな」
史家は悩むように首を傾け、
「誰かが拾ってそのまま忘れて持って帰っちゃった、とか有りそうじゃないか?」
「それよりは盗まれたとか、そういう方が妥当な結論だと思うけど」
史家の楽観的な意見に対する現実的な意見を言うシュミットに対してロッテはそんな悪い人は居ないと思います、と首を横に振って否定した。
「ところで、そもそもキミたち何探してるんだ? 貴重品?」
「俺もそれ聞いてなかった」
「「え?」」
シュミットのとてつもなく根本的な質問に同意する対して、散々探し回っていた正多とロッテはあっけに取られるように一度驚き顔を向かい合わせて、二人の方に向き直って自分たちは琥珀のペンダントを探している、と伝える。
「琥珀のペンダント?」
「私が腕に巻いてるやつなんだけど」
「あっ、落とし物ってロッテちゃんのだったのか! それを早く言ってくれよ! 知ってたら飛んできたのに!」
てっきり他の誰かの落とし物を探している物だとばかり思っていた史家はロッテに遅くなって悪かったと謝りつつ、暗くなる前にさっそく探そうと意気込む。しかし、その横に立っていたシュミットの顔はなんだか気まずそうな顔を浮かべた。
ふとそんな様子に気が付いたロッテがどうかしたんですか? と尋ねるとシュミットはウィンドブレーカーのポケットをガサガサと漁って、
「いや、その……」
シュミットは気まずそうな顔をしたまま、ポケットの中から何かを取り出す。
「「えっ」」
その言葉の意味を理解するのに時間などはいらず、三人は文字通り唖然とする。
シュミットは焦げ茶色の革手袋を付けている右手をロッテの方に差し出し、その握りこぶしがゆっくりと開く。
するとそこには夕焼け空に照らされる黄金色に輝く琥珀とそれに括りつけられた紐が姿を見せ、それを見たロッテは「私のペンダント!!」と叫んだ。
夕暮れの中、ひとだすけ部の三人とシュミットは部室に戻ってきていた。
「もう! 持ってるなら早く言ってくださいよ! 毎度毎度おつかいは頼まれるし、私たち校内を沢山歩いたんですよ! ね、セータ君!」
「見つかったのは良かったですけど、まぁ、はい」
あの後、この四人はお騒がせしましたとサッカー部、ファンクラブ、校内を探してくれていた生徒と教師陣――主に教頭――に焼き立てのクッキーを配りながら謝りに行っていた。
「っていうか、なんで俺まで! 勉強してクッキー焼いてただけなのに!」
「史家は部長なんだから、連帯責任でしょ」
「一番謝らないといけない人が部活の顧問なんですけど!?」
「悪かったよ。渡そうと思ってたけど、なんだか忙しそうだったから」
「説明を怠った俺たちにも責任はありますね……」
(そもそも私が落としたのが問題なんだけど、それは黙っておこう……)
「「はぁ」」
一応、目的の品は見つかったので無事一件落着ではあったが、なんとも言えない結末に正多とロッテはどっと疲れが出てしまい、大きなため息をつきながらイスモドキに座って力なくもたれかかった。
「それで先生、ロッテのペンダントはどこで見つけたんですか?」
「僕の待機室だよ。落ちてたの見つけて保管しておいたから、手伝いのついでに渡そうと思ってポケットに入れていたんだけど。まさか探している落とし物がそのペンダントだったとは」
「待機室って、俺ら何にも関係ない場所探してたんだね……」
「あっれぇ?」
「今日の昼に待機室に来ただろう? その時に落としたんじゃないかな」
シュミットは紐の千切れたペンダントを見ながら、
「腕に巻くの止めたらどうだい。それじゃ紐を変えてもまた千切れてしまう。大切な物をまた失くしたら大変だろう」
シュミットはペンダントの紐を輪っか状に伸ばして千切れた端と端と結び、一本の紐へと戻してからロッテの首に掛けようとするが、彼女の首に別のペンダントが掛かっている事に気が付いた。
「これは」
「その、私ペンダントを二つ持っていて。それで、片方は腕に巻いていたんです。二重に首にかけるのはヘンかなって」
「……そう。だったら、そうだな、巻き方を変えてみようか」
シュミットはそれだけ言うと、ペンダントの紐を縦に伸ばしてからロッテの腕に緩やかに巻き付けて、それをさらに……とちょっと変わった巻き方をした。
「おぉ、私の結び方となんか違う! これどうやったんですか?」
腕にがっちりと結びついたペンダントを見て驚きながらロッテが言う。
「ちゃんと教えるから」
「あとあと、解き方も教えてくださいっ」
「わかったわかった」
仲睦まじく紐の結び方を教わっているロッテたちの様子に残りの二人は邪魔をする訳にも行かずに、俺たち完全に忘れられてるな……という表情を浮かべ会いながらもしばらく静かに見守っていた。
「一件落着だけどさ推理物語みたいな、実は裏で糸を引く真犯人が! とか、そういうどんでん返しとか、そんな感じのオチが特に無かったのは残念だなぁ」
「お前は落とし物に何を期待してたんだよ。まぁ、真犯人って意味では先生だけど」
「あっ、そうだ、いい事思いついたぞ」
史家が手をぽんと叩きながら声を上げる。
「新しい結び方とかけて、ペンダント落とし物事件の結末と解くと……」
「えっ何、急に」
「どちらも”オチ無い”ってな」
「「……」」
正多と史家の話を結び方の話をしながら聞いていたロッテとシュミットは余りにもくだらなすぎて固まっていた。
「あっ今のはな? 落ちとオチだけじゃなくてペンダントの結び方と話しの”結び”をかけた高度なギャグで……」
「お前のせいで全部台無しになったぞ」
「先生、シカ君の補習増やしておいてください」
「はぁ……ロクタチ、キミなぁ」
「えっ、何この空気!」
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