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「今日公認になりましたけど!」


 勇矢は直ぐに反論した。


「さいですか……」


 正多は設立する時に許可取れよ、とツッコミを入れたいのは山々だったが、これ以上彼の話に乗ると余計に面倒くさい事になるのは伏見の例で予習済みな正多は一旦この話は置いておこうと手早く話を逸らす事にして、


「ペンダント探しは二人だけじゃ厳しかったから、協力してくれるのは嬉しいよ」


「うんうん! ありがとう!」


「いやぁ、ロッテ先輩のためなら当然の事で――」


「ちょっと勇矢、アンタ何サボってんの」


 ロッテに褒められて少し照れ臭そうにする勇矢の声を遮るようにして声が響いた。


「げっ、彩姉ェさいねぇ!」


 声の主、勇矢から彩姉と呼ばれた明るい茶髪の少女は正多やロッテと同じ二年生であり、サッカー部のマネージャーを務めている高野彩里だった。


「まったく、ロッテを手伝いたいって言いだしたのはアンタでしょ。……って、あれ? 正多じゃん」


 正多は彼女と始業式の日にロッテの部活を巡って少し話した事が有ったが、それ以降は特段関わりが無かったため彼女のフルネームを思い出せなかった。


「あーえっと、どうも、たかの……さん?」


 が、なんとか苗字だけは思い出した正多は苦し紛れだがそちらで呼ぶことに。


「あたしの事を苗字で呼ぶ奴に初めて会ったわ。それって私の名前を忘れたから? それとも親しくない相手の名前を呼ぶときは苗字で呼ぶようにしてるから?」


「両方……です……ハイ」


 どうやら彩里には誤魔化しがお見通しだったようで、正多はギクリと驚きながら小さい声で答えた。


「ふふっ、私のことは彩里でも彩ちゃんでも好きに呼んでいいよ。そういえばさ、ロッテと正多ってよく眼鏡をかけた奴と一緒に居るよね?」


 彩里は周囲をきょろきょろと見渡して史家メガネの奴を探すような動作を取りながら言った。


「あぁ、史家の事?」


「そそ、アイツは今日一緒じゃないの?」


「史家なら今頃シュミット先生と仲良くクッキーを焼いてると思うよ」


 なぜか史家について尋ねた彩里は正多に対してそっか、と素っ気ない態度で返す。


「って、先生とクッキー?」


「ちょっと、先輩方~!」


 聞き流していたが、さらっと意味不明な状況が流れてきて思わず聞き返す彩里。そんな会話を遠目で伺っていた勇矢が会話に割って入り、彩里に対して人にサボるなとか言っておいて談笑しようとしてるんだ、と言いたげに不満そうな声を上げる。


「ハイハイ、私もペンダント探しに戻りますよって」


「彩ちゃ……いや、彩里もロッテのファンクラブに入ってるの?」


「違うよ。というか、この状況を勇矢のせいで誤解してるんじゃないかな。今ペンダント探しに参加してるのは別にファンクラブの会員とかじゃないよ」


「えっ、違うの?」


「まあ、実際何人かはそうらしいけど、他は私含めてサッカー部員と校内にいた生徒が有志で参加してる感じ。勇矢がロッテの姿を見かけて、それで手伝おうってみんなに呼びかけたの」


 やっと事情を理解できた正多は彩里にそういう事だったのかと返す。すると、勇矢がいい加減ペンダント探しに戻ろうと彩里に言ってからロッテに、


「ペンダントは俺が絶対見つけますから! あと正多先輩も話してないで探してくださいね!」


 宣言すると彩里を引っ張るようにして正多とロッテの元から離れて行く。

 そんな様子を見ていた正多は、そもそも話しかけてきたの勇矢アイツじゃん……と心の中でツッコミを入れた。



「うーん、ここじゃないかなぁ」


「もう少しあっちの方を探してみよう」


 それから少し経って、正多とロッテは見落としが無いように二人並んで校庭の芝生と向き合いペンダントを探していた。


「あのペンダントさ……その……すごく大事な物なの……」


 そんな中、ふと深刻そうな面持ちをしたロッテが口を開く。

 大事な物である事は探し始めたときから正多は――そしてほかの生徒たちも――十分に予想がついていたが、それを改めて話をし出すと言う事はロッテが一向に見つからないペンダントにくじけそうになっているようにも思えて、その弱音に正多は一体どう反応していいのか悩み少し黙り込んだ。


「これと、あのペンダントはね、対になってるの」


 困惑した表情を見せない為に芝生に目をやっていた正多だったが、その言葉の意味が気になってふと顔を上げると、ロッテはいつもはシャツの中に入れているもう一つのペンダントを引っ張り出して正多の方に見せた。


「つい?」


 ペンダントには紐に結ばれた黒い鉄のような何かで出来たリングが結ばれている。その細く精巧な見た目はペンダントの飾り物というよりは結婚指輪に近く、とても印象的な物だったので初めて会ったときから今日まで正多はよく覚えていた。

 一方、腕に巻いていたペンダントは琥珀色の宝石のような物――あるいは琥珀そのもの――が同じように紐に付いている物なのだが、両者を簡単に思い出してみてもそのデザインはとても対になっているような物では無かった。


「この指輪はね、お父さんの形見なの」


 正多はその言葉ですぐに「対」の意味が分かった。


「琥珀のペンダントはお母さんの」


「うん」


「そっか……」


 少し黙った後、どうして教えてくれたの? と正多は問いかけた。

 大戦の傷跡は深く、世界中どこを見ても戦災孤児などさして珍しいことではない。しかし、だからと言ってやたらめったらと話すような話題でもなかった。


「どうして? うーん、セータ君には話しても良いかなって思ったの。あっ、ほら、秘密を共有すると仲良くなれるって漫画でもやってたし――」


 その直後、ロッテは何かに気が付いたようにふと「みっちゃん……」と呟く。


「まぁ、たしかにそういうこともあるのかな?」


 正多にはその言葉は聞こえておらず、返事をしつつも考え事をしていた——そう言えば史家もこんな感じの事を言ってたな。

 あの時は掘り下げ回だのなんだのと言っていたが、その実、史家もロッテと同じように仲良くなりたがっていたのだろうか? ふと考えてみたものの、それは正多が思う史家のイメージとはずいぶん違ったので首を横に振った。


 と、そんな正多の何かを考えていようは顔を見て、ロッテは彼がこういう話を嫌がっているのではないかと思い、


「その……こういう話は迷惑だった?」


「え? ぜんぜん。迷惑じゃないよ。ただ……いや、なんでもない」


「ならいいんだけど……あ、そうだ、今度は何かセータ君の事を教えてほしいな。そうすれば共有でしょ?」


「それは共有と言うか交換?」


「と、とにかくお互いに色んな事を知り合えばさ、さらに仲良しになれる気がするんだっ!」


 確かにそうだね。と同意したはいいものの、いざそう言われるとなぁと正多は困り果てる。


 正多の両親は生きている。家も別に金持ちではないが困窮している訳でもない。一言で言えば「普通」な家庭だ。彼自身の事でも、漫画のキャラクターの様に何か重苦しい過去とか、実はすごい力を持っているとか、あるいはどこかの誰かさんみたいに親と喧嘩をして家出した、とか面白そうなことなど何も無い。


「うーん」


「私、セータ君の意外な一面とか知りたいな~」


 ロッテは再度視線を足元に落とし、芝生を見つめペンダントを探しながらも正多の意外な一面を知りたくて楽しそうに笑みを浮かべて問いかける。


「そうだな……意外な一面とかじゃないけど、子供の頃兄弟が欲しかったとか」


 照れくさそうに言う正多に対してロッテは首をかしげた。


「えーっと、兄弟って言うとお姉さんとか、お兄さん? それとも弟とか妹?」


「特に考えてなかった。親が共働きでさ、家ではよく一人ぼっちだったから遊び相手が欲しかったんだ。だから別に年上でも年下でも何でも良かったんだけど」


 それを聞いたロッテは彼の一面を知ることができて満足そうに、ニマニマと笑みを浮かべながら「へぇ~」と頷き、


「セータ君はなんて言うか、兄さんと似た雰囲気を感じるなぁ~。主にツッコミ役な所とか」


 そして、あ、そうだ! いいこと思いついたよ! と声を上げる。


「セータ君のことお兄ちゃんって呼んでみる? それとも私のことをお姉ちゃんって呼んでみる?」


「わっ、ちょ、それどっちも多方面に敵を作りそうだから勘弁して!」


 聞かれただけで勇矢やその他諸々にリンチに合いそうなことをロッテがサラリと言ってのけたので、正多は周囲に聞こえていないことを願いつつ焦るように言った。


「ってあれ、ロッテって従妹のお姉さんが居たんじゃなかった? お兄さんもいるの?」


「うん! 姉さんの双子の弟なの、今度紹介するよ~。双子なんだけど全然っ似てなくてね~。でも時々すっごく兄弟だなっ、って感じる時もあって――」


 ロッテの「姉さん」と「兄さん」についての話を聞きながら、正多はそういえば前にロッテの姉の話を聞いた時に「法律上の従姉」と言っていた事を思い出した。

 正多はその言葉の言い回しに違和感を感じていたのだが、今やっと理解できた。「姉さん」と「兄さん」はロッテの養親の姪っ子と甥っ子なのだろうと。


「でねでね? 二人ね、最近この近くで喫茶店をオープンしたんだ~」


「それはすごい」


「うん! 今度セータ君とシカ君とみっちゃんと、みんなで行きたいなって考えているんだけど、どうかな」


「いいね、行ってみたい」


 正多は話し込んでいる内に内容が脱線している事に気が付いていたが、あえてその事を口には出さなかった。


 ゆっくりと、しかし確実に太陽は地平に迫り、空を茜色に染めようとしていることをロッテよりも先に気が付いていたから。

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