すれちがい
最近修理が終わったばかりの生徒玄関で靴を履き替えると、ロッテは速足で校庭へと向かう。
桜鳥の校庭――野外運動場は大規模な改修を終えた直後だ。
つい先月まで未舗装のグラウンドが広がっていた場所は、人工芝の植えられたサッカーフィールドを青色に舗装された陸上競技のトラックがぐるりと囲む形へと改装され、その隣にあるテニスコートと野球場も設備更新が行われている。
やけに豪華だったので理事長の趣味ではないか? と噂が立つほどだった。
「どこから探そう?」
ロッテは校舎から出てすぐの場所にある校庭の芝生に一人立って、辺りをぐるりと見渡しながらつぶやいた。周辺に人影は少なく、認識できるのは少し先にあるサッカーフィールドで練習をしているサッカー部員たちぐらいなものだ。
「やっぱり一人で探すには広いかも……」
ロッテが立つ場所からは広い校庭を一望できた。
サッカー部員が駆けまわっている辺りにペンダントが転がっていれば使用している部員の誰かしらが気が付いてくれるかもしれないが、もし校庭の隅っことかにポツンを落ちていれば、ただでさえ人が居ないのだから偶然発見される確率はごく低いだろう。それはこの無駄に広い校庭が仇となったともいえる。
しかし弱音を吐いていても始まらない、とロッテは大きく深呼吸してからまず更衣室に向かい自分の足取りを辿ってみる事にした。
一方その頃、理事長室。
「このお醤油で大丈夫でしたか?」
机の上に醤油のボトルを置きながら訪ねると、
「えぇ、このお醤油が欲しかったの! ありがとう」
と荒川は嬉しそうに頷く。正多はもう一つの目的である、卵とバターを分けてもらえないかと尋ねた。
「あら。何に使うの?」
「シュミット先生がクッキーを焼くらしくて、その材料に」
その言葉を聞いて荒川は首を傾げる。
「その……ダメですか?」
そうじゃないけど、と相変わらず首を傾げたまま荒川の視線が机の方を上に向く。正多が同じ方向を見てみるとそこにあったのは机の上に置かれている生卵の入ったタッパーだ。先ほどおつかいで届けた時に入っていた卵の数は三つだったのだが、今見るとその数は一つになっている。
「あれ?」
「ついさっき録達くんが訪ねてきて」
「まさか」
数分後。
「おつかいをダブルブッキングするのやめてもらっていいですか?」
卵もバター既に史家によって届けられていて、そのことを知った正多は家庭科室の入り口で不満そうに言った。早くロッテの手伝いに行きたかったのだが、人手が必要な案件ゆえに史家の手を借りるべくわざわざ家庭科室に足を運んでいた。
「キミたち何だか忙しそうだったからさ、ロクタチに頼んだ方が早いかなぁって」
「余計に忙しくなったんですけど。てかなんで史家は電話に出てくれないのさ」
正多は理事長室を出た後、家庭科室に行くのは二度手間だと思い史家を校庭に呼びつけるために何度もコールしていた。しかし、彼がその連絡に気が付くことはなく、直接を呼びに行く羽目になっていたのだった。
「悪い悪い、試験中に鳴ったら困るから通知切ってたわ」
「ところでナミキ、君たち何をそんなに忙しく動き回ってるんだ?」
「落とし物を探してるんです。校庭を探したいんですけど人手不足で」
「なるほど、つまり猫の手ならぬシカの手も借りたいってことだな!」
正多は史家に何の反応もせず、すでにロッテが校庭に居ることを伝え、早く来るように言うと家庭科室を後にした。
正多が靴を履き替えて外に出た頃には既にロッテと二手に分かれたから十数分が経過していた。一人で見つけ出すのは流石に厳しいだろうと思っていたため、ロッテが見つからずに落ち込んでいないだろうかと心配していた正多は速足で生徒玄関を出て校庭の方を目指した。
しかし……グラウンドの方に出てきた正多が見たものは、そこらじゅうで何やら腰をかがめたり、しゃがんだりして芝生を見る生徒たちの姿だった。
「あ、セータ君!」
芝生の上で田植えでもしているのかというような謎の光景にあっけに取られ、一人佇んでいる正多の姿に気が付いたロッテが手を振りながら向かってくる。
「ロッテ……これはどういう状況?」
その姿から、彼ら彼女らがロッテのペンダント捜しに協力してくれているのであろうことは分かるのだが、果たしてこの生徒たちはどこから出てきたのだろうかと説明を求めた。
すると「あ!」と大きな声が響き、
「あなた、正多先輩ですよね!」
スポーツ刈りにジャージ姿の男子生徒が猛ダッシュで正多の下へ来て問いかけた。
「そうだけど君は?」
教室では見覚えの無いことから、スポーツ刈りの彼が一年生である事は分かる。正多は全く持って面識のない後輩に名前を呼ばれたので困惑するように尋ねた。
「俺は
その最後の一言で全てを理解した。つまるところこの謎めいた状況は一人でペンダントを探していたロッテを見かけたファンクラブ会員が全力でペンダントを探している、ということなのだろう。
正多はまさかファンクラブがここまでの規模で組織化されているとは思わなかったので、しばらくその言葉が耳を通ってどこかに抜け落ちてしまったような気がしたが何とか脳みそを働かせ、頷いて理解を勇矢とロッテに示した。
「私のね、ファンクラブが実在してたの! かぞくに自慢しなくっちゃ!」
「よかったね。て、それはともかく原君、君なんで俺の名を?」
「そりゃ、ファンクラブ内ではあなた達は有名ですよ」
正多からすれば、あなた達の”たち”が自分と史家を指しているのは自明と言う奴だが一体どんな風に有名なのだろうか、と心配になってくる。
そういえばロッテと一緒に登校してるし、放課後もかなりの頻度で一緒に居るのでファンクラブ会員から嫉妬や恨みを買っていてもおかしくない立場じゃないか、と気が付いた正多はなんだか怖くなってきて、
「有名ってのは、えっと、それはどういう風に……」
「ロッテ先輩の囲いAと囲いBです」
「RPGの敵か」
「ごほん、先輩たち、一緒に登校するし、放課後も一緒に居る姿が目撃されてますから有名ですよ、ファン界隈では」
「変な界隈を作るんじゃない。まぁ、一緒に居るのは確かにそうだけど、別に囲いって訳じゃ――」
「じゃあ先輩はロッテ先輩の何なんですかっ」
「同級生で同じ部活の部員だ」
「ロッテ先輩が怪しい部活の一員である事は噂になってます。きっとその部活はロッテ先輩を崇める部活か何かなんでしょう! やっぱり囲いじゃないですか!」
「どういう発想だよ! って言うか、人の事を怪しい呼ばわりする前に本人が存在を認知してないファンクラブの方がよっぽど怪しいだろ!」
正多はこの後輩がハイテンションな時の伏見と同じくらい厄介な相手である事を悟り、面倒くさい奴に絡まれてしまった事に遅ればせながら気が付いた。
この状況を一刻も早く何とかしたい正多は心の中で史家に早く来てコイツを何とかしてくれ、とSOSを送る――が、その頃、史家はシュミットと一緒にクッキー生地の型抜きをしていた。
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