たらいまわし

 ロッテは砂糖を、正多は両手でボトルに入った醤油を、それぞれ持って廊下を歩いていた。ステックシュガーの袋を持ったままロッテは不満げな顔で、


「なんでまたおつかいが増えるの……」


 時は少し戻り、二人が面倒臭くなってペンダントの話はせずにバターと卵が理事長室にある事だけを話した後。


「なるほど。これから理事長に行くんだったら、その二つを貰ってきてくれない?」


 シュミットの言葉を聞いても二人は「やっぱり」という感想しか出てこず、無言を貫いて家庭科室を出ようとした。

 しかしすぐに引き止められ、今から史家の様子を見に行くので自分では取りに行けない、と頼み込まれてしまい、仕方なくおつかいのおつかいのおつかいの……ともう何度目かも分からない依頼クエストを渋々受注したのだった。


「……ペンダントの事は忘れないでね」


「もちろんペンダントが最重要だよ。おつかいの方は一個ずつ順番に片付けて行って、優先順位は逆になっちゃうけど最後に史家と先生と連れて校庭でペンダントを探そう」


「そうだね。これだけ歩き回ってるんだからこっちだって、全員に助けて貰わないと割りに合わないよ!」


 その言葉を聞いて正多はひとだすけ部としてその考え方でいいのだろうか、と思いつつも実際ここまでたらい回しにされたのだから、力を借りるのも正当な報酬だろうと頷いて同意する。


 一方その頃、ペンダント探しへの協力が勝手に決まっていた史家は、


「へっくしょん!」


「英語が嫌い過ぎて僕のアレルギーでも発症したかい」


 史家の試験が行われている教室にやってきたシュミットは教室に入って早々に勢いよくクシャミをした史家の様子を見て言った。


 ほかの補習生たちは既に補習と復習用の課題、そして今史家が受けている確認試験を終わらせて皆既に帰宅していたが、史家は復習用の課題が一向に終わらなかった結果、最後まで残され一人ぼっちで試験を受けていたのだ。


「いやいや、きっと誰かが俺の噂してるんですよ」


「へぇ~」


「って言うかテストに集中させてくださいよ!」


「いや、キミがクシャミをしたタイミングで時間切れだ、回収するぞ」


「えぇ!?」


 シュミットは有無を言わせずに史家の半分ほどしか回答できていない用紙を回収し内容を確認する。その内容と言えばこの調子じゃもうしばらく補修は続きそうだな、とすぐに分かる程の散々たる内容だが、テストである以上は悪かろうと採点はしないといけないため、すべての回答を確認した後に赤いペンで解答用紙に大きく「2」と書き込む。


「……いや、あの、なんだ。その、がんばろうな」


 この試験の満点は100点だった。



「ナナ先生、お砂糖持ってきました」


「ん~。少しまって~」


 二人は三階にある奈菜の待機室に向かった。

 予め鍵に鍵は掛けていないと教えられていたのでロッテは躊躇なくドアを開くと、そこには椅子に座った奈菜の姿があった。

 いつにもなく真面目な顔の奈菜が座る椅子の前に置かれているデスクには一切タバコの匂いがしない彼女の待機室には似合わない灰皿が置かれており、火のついた手紙が灰皿の上でゆっくりと黒く焦げ、丸まっていく。


「ありがとね~」


 手紙が燃え尽きて灰色の燃えカスになった後、奈菜はいつも通りの明るい表情を浮かべて正多とロッテの方へと振り返って言った。


「ナナ先生、お砂糖の事なんですけど」


 ロッテはその手紙が気になったが、今はそんなことを話している場合ではないと焦るようにシュミットとクッキーの件を話す。

 それを聞いた奈菜はこの砂糖は自分がシュミットのところに持っていくので二人はペンダントを探しておいで、とロッテを気に掛ける様に言うが正多はシュミットが必要な量をもう取った後である事を説明した。


「そもそもナナ先生がおつかいを頼まなければこんな事には……」


「私、砂糖が無いとコーヒーが飲めなくてさぁ。ペンダント探しは私も協力するから、ロッテちゃん怒らないで~」


 ロッテは奈菜に別に怒ってないですけど、と呆れたように言ってから正多を連れて待機室を出る。


「ロッテは先にペンダントを探してきた方がいいんじゃない?」


 正多は八山の待機室に行くまであったはずのロッテの余裕が――ここまで目的とは無関係な所でたらい回しにされては当然だが――無くなっていることに気が付き、先ほどの奈菜との会話でそれを確信したため醤油を届けるのは一人でできるから、と二手に分かれることを提案する。


「確かにそっちの方がいいかも。あ、何ならバターと卵もナナ先生みたいに理事長さんに届けて貰うっていうのはどうかな」


 正多は確かにあの理事長なら頼めば持っていってくれそうだな、とダメもとで頼んでみるとロッテに言って、一階に降りた後にそれぞれの目的地に向けて二手に分かれた。

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