次から次へと
「あら、こんにちは~さっきもここを通ってたけど、何かあったの?」
二人が先ほどとは逆に道を進んでいると、保健室からちょうど出てきた奈菜と出くわした。
この前の史家よろしく聞かれるたびに一々説明していたら埒が明かない上に、このパターンだとまたおつかいを頼まれるに違い無い事を察した正多は、さっさとこの場を切り抜けるべく、
「ロッテ、こういう何度目かの説明の時は『かくかくしかじか』って言うんだ」
「ナナ先生! カクカクシカ君です!」
「色々間違ってるよロッテちゃん!」
「……まぁ、はい。そういう事で」
「あ、私で三回の説明なんだ。なんて言うか……ごめんね」
結局、三回目の説明を終えた正多はこの前の史家に比べればまだマシな方ですけどねと苦笑いで返す。
「そうだ。これから教頭先生のとこ行くんだったらさ、私もおつかい頼んでいい?」
「やっぱりっ」
「えぇ~また!?」
大事なペンダントを探している、と言ってるのにも関わらず次から次へと舞い込むおつかいに正多とロッテは呆れと驚きを合わせたような声をそれぞれ上げる。
「おつかいって言っても教頭先生から砂糖を貰ってきて欲しいだけだから、卵を届けるのとそう変わらないでしょ?」
「まぁ確かにそうですけど……」
「取りに行くって連絡はしてあるからさ、私の代わりに待機室に持って来てくれない?」
「なんで誰も自分で行かないんですか!」
「そうそう! そもそもナナ先生の待機室って三階ですよ! 一階の理事長室とは真反対なんですけど!」
「ペンダントを見つけ終わった後でいいからさ、お願いっ」
抗議の声を上げるロッテに奈菜はどうしても必要なの~と頼み込む。
それを聞いていた正多がロッテに確認するような目を向けると、確かに教頭先生の所でペンダントが見つかればそれ以降は暇になるし……と渋々だが承諾した。
歩いているだけでどんどんとおつかいが増えていく二人は同じ二階にある教頭室の前まで来た。正多が宗谷の時と同じようにパネルを操作して「呼び出し」のタブを押すとドアが開き八山が顔を出す。
「こんにちは、波木さんとブラウンさん。理事長から事情は聞いています」
八山はその顔に似合わぬ優しい声で物腰柔らかく語りかけると落とし物を入れている箱を室内から持ってきた。
四角い箱の中にはハンカチやペンなどの小物が幾つか入っているが、箱の大きさに対して落とし物の数は圧倒的に少なかったため、箱を一目見ただけで二人の探すペンダントがそこに無い事が分かった。
「……」
箱を眺めたまま落ち込むロッテに正多は慰めの言葉を掛けようとするが、それよりも先に八山が口を開く。
「無くしたのは今日ですか?」
「はい……」
「この学校は人に対してだいぶ広いですから、人目につかない場所にポツンと落ちているかもしれませんよ。私も落とし物探しに協力しましょう」
「本当ですか!」
肩を落としていたロッテがバッと顔を上げると八山は頷いた。
「私は学校を一通り探してみますから、二人は落としたと思う場所の当たりを再度探してみてくれませんか?」
八山の指示に正多とロッテは頷いて返事した。
「あ、あとナナ先生に砂糖を届けることになったんですけど」
ロッテは正直後回しでも良いかな、と思っていたが八山が校内でペンダントを探してくれるとなると、後々の合流が難しくなりそうだったので先におつかいを済ませる事にした。
「分かりました。少し待っていてください」
そう言って八山は一度室内に戻ると、箱の代わりに袋に入ったステックシュガーを持ってきてロッテに手渡した。
「落とした場所って言うと更衣室だっけ?」
教頭室を後にして二人は家庭科室を目指し、廊下を歩いている。
落とし物として届いていない以上、出来ることは地道にペンダントを探すだけなので、その前に理事長に頼まれていた醤油を回収して届けるためだ。
「さっき探した感じ見当たらなかったから、もう少し探す場所を広げないとダメかも……」
更衣室は体育館の中にある。ロッテの記憶は少し曖昧で、ジャージに着替えた時に外したことは覚えていたが、もしかすると着替えた後にちゃんと付けていたのかもしれないと考え始めていた。
そうだった場合、今日の体育はグラウンドで行われたので、更衣室から校庭までどこに落ちていても不思議ではない。
「だったら二人じゃ厳しいかも、史家にも手伝ってもらう?」
「シカ君の補習、今日で終わるのかな……」
「確かに……」
二人は絶対無理そう、と思いながら廊下を歩いていると家庭科室にたどり着く。理事長の口ぶりからたぶん鍵は開いているだろうと、正多はドアを開くと、予想通り鍵はかかっておらずガラガラと音を立てて少し古びたドアが開いた。
しかし、二人の視界には家庭科室の戸棚に四つん這いになって顔を突っ込む怪しげな人影が飛び込んできた。
「「……」」
二人は状況が飲み込めずにドアの前で硬直している。顔を突っ込んでいる謎の人物は戸棚の中で何かを探している様で時折モゾモゾと動いていた。
(ロ、ロッテ、これって声をかけるべきか?)
(どうだろう……)
二人は小声で話していると何やら声が聞こえてくる。
「何も無いな……」
二人はその声に聞き覚えがあった。
「「シュミット先生!」」
謎の人、もといシュミットはその声に反応するように戸棚の中から顔を出すと、頭についた埃と払いながら二人の方に顔を向けた。
「どうした?」
扉が開いたことには気が付いていたようで、特段驚く素振りも見せずにシュミットは立ち上がる。
「先生ここで何してるんですか。今はてっきり史家の補習をしてるのかと」
「ロクタチなら今は試験中だ」
「なら教室に誰かしら居ないといけないのでは」
「それならカメラを置いてあるから大丈夫だ。電源は入ってないけど」
二人はシュミット先生の適当な感じにそれでいいのか、と思いながらも特段関係ない事は置いておいて、自分たちの目的の品である醤油を手に入れるためどこに調味料が置いてあるのかを聞いた。
「それなら――」
シュミットは醤油のボトルを取り出し何も持っていない正多に渡した。
「シャルロッテ、そういえば――」
「先生、私たち今すーっごく忙しいんです! 沢山のおつかいをこなさないといけないんです!」
「え? あぁそう?」
更なるおつかいの気配を感じたロッテは即座に話を切り上げようと割り込む様に言って、シュミットはそんな彼女に困惑するように返す。
「まぁいいや。ところでそれ、少し分けてくれないか?」
「お砂糖ですか? これはナナ先生からおつかいを頼まれた物で……」
ロッテはスティックシュガーの入った袋の口をシュミットの方に向ける。
「クッキーを焼こうと思って材料を探しに来たんだけど、思いのほか無くってね」
「何もないっていうのはそういう事だったんですね」
「あったのは薄力粉だけで困ってたんだ」
「でも薄力粉と砂糖だけじゃ、材料足りなくないですか?」
正多はなんとなくクッキーの材料を思い出してみるが、どう考えてもその二つだけじゃ作れなさそうだった。
「あぁ。牛乳は僕の部屋にあるから、足りないのは砂糖とバターと卵だけ。それを貰えるなら一つ手に入るからあと二つだ」
「バターと……」
「卵?」
その材料に正多もロッテもかなり心当たりがあった。
「冷蔵庫の中身は空っぽで、さすがに学校に落っこちてる物でもないし買いに行こうと思ってたんだが……」
その言葉に正多とロッテは顔を見合わせる。
「あの~、もしかしたら案外学校にあるかもしれません」
「え?」
「実は理事長さんの部屋に……」
二人はシュミットになぜ醤油が必要になったのかをできるだけ簡潔に話した。
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