学園クエスト
落としたもの
「いやだああああ、補習に行きたくないよおおおおお!」
「諦めろ」
「シカ君がんばって!」
と、泣きつく史家を部室から追い出したのは一時間ほど前。
「うーん、うーん……」
部室にはデバイスを眺める正多と、部室の隅っこに立って室内を一望しつつ唸り声をあげるロッテの二人だけ。ミソラはロッテが声を掛けたようだが、どうやら仕事が入っていた様で早々に帰宅したらしい。
「さっきから何してるの?」
「家具の配置を考えてるの」
「配置?」
「だってほら、家具はもう買えない訳だし、せめてこう、配置をうまくしてさ、部室を賑やかにしたいなって」
「もうだいぶ賑やかな気もするけどね」
正多は部室の中を見渡しながら言った。配置と言ってもそもそも家具はイスと机ぐらいな物だし、新加入の本棚も置く場所と言えば壁沿い以外に無さそうだ。
「うーん、マネキネコちゃんがかわいそうかも」
「可哀そう?」
「だって、床に置かれてるんだよ? このままにして置いたらきっとバチが当たっちゃうよ」
「さっき床に置いたのはロッテだけどね」
「いやその、机でお勉強するときに丁度じゃまな大きさでして……」
史家が追い出される少し前、なんでも昼休みにシュミットから新しいラテン語の課題を出されたとかで、部室を使って勉強をしていたロッテだったが、ノートを開く時に長机の半分を占領する招き猫がどうしても腕に当たってしまい少しだけ……と、どかしたのだ。とは言え、部室にある唯一の机である長机を占領されるのは何かと厄介で、いずれどうにかしなければいけない問題ではあった。
「本棚の上に置けばいいんじゃない?」
正多は昨日は運び込まれた史家の本棚を指さす。
本棚は縦一段、横三段からなる物でそれが二つあって、その上は招き猫が置けそうなスペースが十分にあり「あ、そっか」とロッテは手のひらをポンと叩いて、床に置かれた招き猫を持ち上げようとしたのだが、
「ふーーーーんーーーー」
ロッテは必死に力を込めた声を出しているものの、招き猫は少し床から浮いた程度で、そのままではとても本棚の上に乗せられそうではない様子。そういえば机の上からどかしたのはロッテではなく史家だった。
「せ、セータ君手伝ってぇ~」
「もう、仕方ないなぁ」
正多は制服の袖をまくって、ロッテと共に招き猫を持つと――
「「無理そう」」
何度か二人で悪戦苦闘してみたものの結局、史家はおろかロッテよりもひ弱だった正多は何の役にも立たなかった。
「コイツ見た目より重いってか、これを史家は一人で学校まで運んでたんだよな」
「シカ君って力持ちなんだね……」
居ないときに分かる彼のありがたみに触れながら、とりあえず招き猫移動作戦は史家が補習から帰ってくるまで諦めるしかなかった。
それから数十分が経って、
「セータ君! 大変! ネコのバチが当たった!」
部室の扉を勢いよく開いたロッテは、スタスタと正多の前までやってくると彼に左手首を見せる。
「どうしたの、蚊に食われたとか?」
「じゃなくって、ほら私左手にペンダントを巻いてるでしょ?」
その言葉に正多はうーんと頭を捻らせ、そういえばいつも手に宝石のような物を付けていた事を思い出した。
「あぁ、あの黄色い宝石みたいな奴か」
「あの琥珀のペンダント、すっごく大事な物なんだけど……その……」
「もしかして、なくしちゃった?」
「うん……」
ロッテは落ち込んだようにしゅんとして正多の正面にあるイスモドキに座った。
「さっきね、トイレで手を洗おうとした時に無くしたことに気が付いて、色々探してみたんだけど全然見つからなくて……」
「ロッテはどこを探したの?」
「トイレに行くまでに歩いてきた廊下と教室。両方とも隅まで探したけど無かったんの。それでセータ君の力を借りようと思って」
「いつ頃まで付けてたとか、覚えてない?」
「朝学校に付けてきたのは覚えてる。その後は……覚えてない」
「招き猫を動かした時には着けてなかったと思うから、その前……うーん、今日は体育あったけど、その時に落としたりしてない?」
「えっと、確かジャージに着替えた時に外して……」
「それって更衣室に忘れたんじゃ?」
「あぁ!」
それを聞いたロッテはイスモドキから勢いよく立つと「探してくる!」と言って猛ダッシュで部室を出た。が、これで一件落着だと思っていた正多とは違って重い足取りで帰ってきたロッテの、その表情から更衣室に無かった事が分かる。
「無かったか」
「うん……」
しょんぼりとした表情で部室のドアに力無く寄り掛かるロッテを見て、正多は立ち上がって俺も探すよ、と声をかける。
「ありがとう……でも、探せそうな場所は私が全部探しちゃったから」
「何処にも無いなら、落とし物として届いてたりしないかな」
「落とし物?」
「誰かが更衣室に落ちてたペンダントを見つけて先生に渡したとか。可能性はありそうだし、落とし物を管理してる先生に聞いてみれば……」
正多は黙り込んでチラリとロッテの方を見るが、その視線の意味を理解したロッテは首を横に振った。この部室に居る転校生二人は落とし物を誰が管理しているか知らないのだ。
仕方なく二人は教室を出て手当たり次第に聞いて回ることにした。
「待機室に居るのは宗谷先生だけ……か」
同じ四階にあるシュミットの待機室前パネルで確認した二人は一階まで降り、宗谷の待機室の前に設置されているパネルで中に宗谷が居ることを再度確認すると「呼び出し」と書かれたタブを押した。
「どうぞー」
とパネルから声がして横開きの自動ドアが開く。部屋の中には一人用の椅子に腰を掛けているTシャツにジャージ姿の大柄な男性、宗谷の姿が見えた。
彼の待機室の中に特質すべき点は無かったが、強いて言うならば体育の授業がある日には今日の様にジャージ姿の多い彼らしく、室内にロッカーがあるところや、机の上に緑色のベレー帽が飾られていることぐらいだろうか。しかし、それよりも気になるのは部屋の中から漂う生ごみのような臭いだ。二人が思わず顔を歪めると、
「あ、悪い。さっき少し事故があって臭いが残ってるんだ。窓を開けて消臭剤を撒いたんだが、全然取れなくて……」
ともあれ、二人は臭いを気にしていても仕方ないと耐えながら宗谷に要件を話す。
「ペンダントかぁ」
「心当たりありませんか?」
「うーん。俺のとこには届いてないな」
「そうですか……」
「落とし物は教頭が全部管理してるんだ。誰かが拾って届けてるかもしれないから、今聞いてみるよ」
宗谷はそう言うと携帯電話型のデバイスを取り出して教頭の八山に連絡を取るが、電話に出なかった。
「あの人、たまに電話かけても気が付かないことあるんだよなぁ。二人ともたらい回しにするようで悪いが二階にある教頭室まで行ってきてくれないか?」
「あの、さっきパネルを見たんですけど待機室に居るのは宗谷先生だけでした」
正多の言葉に宗谷は何か急用でも入ったのかなぁ、と首をかしげる。
「こうなったら理事長に頼んで教頭の待機室の鍵をもらってくるのが手っ取り早い」
「それってつまり、勝手に入るってことですか? それはまずいんじゃ……」
「別に気にしなくていい。教頭自身が『必要とあれば勝手に入っていい』って言ってたんだ」
「そうならいいですけど、理事長はいらっしゃるんですか?」
「あぁ。あの人はパネルには表示されてないんだ。わざわざ生徒が呼びに行く人でも無いからな」
「つまり次の目的地は理事長さんの部屋だね。セータ君どこにあるか知ってる?」
「それこそパネル見ればすぐ分かると思うよ」
そんな会話を交わして、待機室から出ようとする二人を宗谷が少し待ってくれと止める。
「探し物で忙しい所で言うのも何なんだが、理事長に届け物があるだ。その、ついでと言っては何だが、おつかいを頼んでもいいか?」
宗谷はリュックサックの中から三つ卵の入ったタッパーを取り出した。
「これを理事長のトコまで届けてほしいんだ」
「えっとぉ、タマゴ?」
「ゆで卵ですか?」
卵をまじまじと見つめるロッテと正多だが、宗谷は落ち込んだように話し始める。
「いやその、今日おやつにゆで卵を持ってきたつもりだったんけど生卵で……意気揚々と机で殻を割ったら……」
宗谷は窓に掛けられているジャージの上着と、その傍にポツンと置かれている雑巾の入ったゴミ箱を見ながら言った。
「この臭いは生卵だったんですね」
「それはもう大惨事だった。洗濯で臭い落ちるかなぁ」
「でも、なんでナマタマゴを理事長さんに?」
落ち込む宗谷を横目にロッテは新手の嫌がらせかな、と首を捻る。
「理事長室にはな、炊飯器と醤油が置いてあるんだ」
「……いまなんて?」
正多は宗谷の言葉の意味が分からずに聞き返す。
「理事長の好物なんだ、卵かけご飯」
「えっと、まぁ、行く場所は同じだし先生には本棚の恩もあるので」
「私たちひとだすけ部、お届けに行ってきます!」
ロッテがタッパーを受け取ると、二人は理事長室へ向かった。
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